ツバサother2


「こんな美人に質問されて、答えられないのは心苦しいんだが、俺も上司が怖い。すまん。」
 多分それは本気なのだろう。適当に誤魔化すことをしない男の言動に小狼はクスリと笑う。ファイもそうらしく、それ以上の追求をやめる。
「なんだ、残念。僕たちも探し物をしてるから是非とも協力したかったんだけどな。」
「探し物?あの海域に何か落としちまったのか?」
「うん。」ファイはにっこり笑うと小狼を見た。
「彼が何よりも大切にしているものなんだよね。」
 そう振られて、小狼はコクリと頷いた。真っ直ぐな小狼の瞳にジェオも本気だと思ったのだろう、同じように頷いた。
「そうか。探査は明日から開始するつもりなんだが、もしも見つけることが出来たら渡してやるよ。どんなものなんだ。」
 小狼は両手で大きさを示してから『羽根』だとジェオに告げた。
「羽根?そんなもの海落っこちちまったら一溜まりもないんじゃないのか?」
「普通の羽根ではないんです。羽根のかたちをしたものって言い方の方がいいのかも知れません。その…詳しく言う事は出来ませんが、海中にあるからといって、消えてしまようなものではないんです。」
 ふ〜んと言って頭を掻きながら、ジェオは笑った。
「内緒はお互い様だからな。いいぜ、承っておこう。わかったなザズ。」
 ザズは親指を立ててOKの意を示す。
「ありがとう。」
 側で見ていたサクラにそう言って微笑まれ、ザズはますます頬を赤くする。
「サクラ、俺絶対見つけてあげるからね。」
 それに答えるようにサクラもにっこりと笑った。
 さりげに呼び捨てになっているのに驚いた顔をした小狼に、黒鋼から容赦ない一言が降ってきた。
「ほぉ、あっちの小僧は呼び捨てだな。特別に親しい呼び方じゃなかったのか?」
 小狼は目をまん丸にして黒鋼を見る。「…黒鋼さん、どうしてそれ知ってるんですか?」
「姫さんから聞いた。」
「…(はう)。」
 ニヤリと笑った黒鋼に、返す言葉もなく汗を流している小狼のシャツをサクラが引っ張った。小狼は慌てて振り返る。両手でしっかりとモコナを抱き締めている。
「…どうしたんですか姫?」
「小狼君。モコちゃんがほんとに動かないの。」
 彼女の言葉に全員がサクラの腕を覗き込む。
 目を閉じて動かないモコナに小狼の顔が曇った。
「あ〜これは困ったねぇ。」
 にこにこと笑いながら言ったファイに、どのあたりで困っているんだろうとジェオが顔を歪ませる。うむうむと隣でザズも頷く。
「あんなとこまで、イーグルに似てるんだあの人。」



 タータとタトラの家でモコナを真ん中の座布団に置いたまま、四人が膝をつき合わせている。
「モコちゃん飲みすぎなんでしょうか?」
 ん〜とファイがモコナを覗き込む。「違うんじゃないかなぁ〜良くわかんないけど…。」
 魔術師であるファイにはモコナに普通の生物ではない何かを感じ取れるのだろう。 「あ、これ魔法使ってないからね〜」
「そんな事誰も聞いてねえ。」
 ジロリと睨んだ黒鋼にへへっとファイ笑う。一瞥して黒鋼が声を出す。
「白饅頭がこれじゃあ、あの糞魔女にも連絡が取れないんじゃねえのか?」
「ええ、姫の羽根が見つけられないのも困りますが、このままでは見つかったとしても次の世界に移れるかどうか…。」
 小狼の顔は真剣そのもの。問題はそこまで深刻だった。
「俺は、ずっとこのままこの国に住むつもりわねぇ。」
「そうだね〜俺も長くいるのはまずいなぁ〜。」
「あのっ!」
 サクラの声に三人は顔を上げる。「私が看病します!絶対ぜったい直します。」
「姫?」
 その自信はどこから出てくるものなのだろうか?小狼は目を丸くしてサクラを見た。
 鼻息も荒く、サクラは両手で拳を握る。
「だって、私がついててモコちゃんが具合悪くなったんだもの。あの人にも協力して貰って頑張って治します。」
 あの人…。小狼の顔が一瞬強張る。
「ザズさんが協力してくださるって。」
 そう言ってサクラはにっこりと笑った。
 それから数日後、ジェオ達のキャンプに三人の姿があった。
「こいつをお前らのところで使え!」
 命令口調の上に、これ呼ばわりされた相手をみるとあの生真面目少年。ジェオは目をシバシバさせて男達を見る。
「あのね。ジェオさん。」
 にっこり笑ってファイはあっちむいてホイの要領でジェオの顔を別方向に向ける。
 その視線の先には、モコナをタオルに包んで抱き締めているサクラとそれを覗き込んであれこれと話し掛けているザズの姿だった。
「ああ、あれか…こっちも仕事にならなくて困ってるとこだよ。…いや、あのお嬢さんが悪いわけじゃないんだが。」
 苦笑いを浮かべるジェオの鼻先に黒鋼が顔を近づけた。
「だから使え!」
「は!?」
背の高さも問題なく、口付けすんでのポジションにジェオの額に汗が滲む。
「こっちも使い物にならねぇ。てめえのところで引き取ってくれ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。黒鋼さん、急にここまで引っ張ってきて一体何が…。」
「てめぇは黙ってろ!」
 エクソシストのようにクルリと顔を小狼に向けて一喝すると、再び顔を戻す。
「わかったな。」
「え?ええ??」
 都合を何ひとつ聞いてもらえず、小狼の背中をつまんでポイと投げられる。そのまま、黒鋼はスタスタもと来た道を帰っていった。ジェオは自分の存在意義について深い思考に陥りそうになるが、隣で笑うファイに気付いた。
「ごめんね〜。小狼君もサクラちゃんとモコナの事が気になるみたいでさ、ま、青春のひとコマだと思って しばらく置いてやってくんない?」
ジェオはもう一度、サクラとザズの方と小狼を交互に見ると無言で頷く。
「え?え?。」
 真っ赤な顔で汗をかいている小狼にファイは微笑みかけた。
「じゃあ。手伝っておいでね。」
「え…?…あ!」
 小狼は笑顔のファイにペコリと頭を下げた。ヒラとファイが手を振ると黒鋼の側に駆け寄った。チラとそっちを見た黒鋼は目を細める。
「うまくいったみたいだな。」
「うん。ジェオさんいい人で助かったね。」
 にこにこと笑うファイに、黒鋼は一瞥をくれる。
「てめえみたいな、腹ン中で何考えてるかわかりゃしねぇにこちゃんとは違ってな。」
「あ、黒さまひっど〜い。」

結局のところ進展は無かった。

 深く潜ることが出来ない以上確認することも出来ない上に、モコナを釣り竿の先にぶら下げてそのまま海に放り込んで(企画黒鋼)は不可能。
(それは、モコナにとっては幸運な事だったのだろうが)
 つまり、彼らは打つ手無しの状態だったのだ。

 その上サクラ姫は、調査隊に入り浸りで、黒鋼の言う程に酷い状態ではなかったものの、小狼の心がそこに無かったことは言うまでもない。
 今の状態を頑張る…というのが、小狼の心情ではあったが。それもやはり限界があった。

 黒鋼とファイが小狼を調査隊に託したのはそういう理由もあった。
 二人とも無限に時間を持て余してはいない。早くサクラの羽根を見つけだし、別の世界に渡らなければならない身の上だ。
「後は小狼君にお・ま・か・せ・だね。」
「…小僧におまかせして、てめぇは何するつまりだよ。」
「日光浴」
 ファイは、にっこりと笑った「今度こそ、黒りんがオイルを塗ってくれるんでしょう?」

「小狼くんどうしたの?」  少年の姿に気がついたサクラは、モコナを抱き締めたまま小狼の顔を覗き込む。
「あの、ファイさんや黒鋼さんにこちらをお手伝いしてくるように言われて…。」
 躊躇いがちに答えて、後ろ頭をかく。「無能ってことか?」
すかさずつっこむザズ。しかし、後ろ頭をジェオにしたたか殴られた。


content/ next