ツバサother2


「似てへん!!」
「まぁ、タータったら。」
 にっこり笑ったタトラに、小狼にぶら下がったままのファイが声を掛けた。
「ね〜ね〜。銅像ってあれの事?」
 小狼の首に回したままで、右手を広場の角の像に向ける。視線を移した三人の動きは止まった。  奇妙な髪型の二体の銅像が向かい合わせに飾られたいた。片方は両手を前で組み、もう片方は頭上に高々と掲げている。そしてそのどちらも上半身は裸でベストを羽織り、民衆が着ているダブダブのズボンを履いている。顔つきは、魚を正面から見たものに似ているだろうか、双方とも、ムキムキの筋肉が異様さを放っていた。
「…好きなんだ…?」
 遠慮がちに聞いたサクラに、タータはフウと溜息をつく。
「あれは、海の女神様を守る騎士の像なんだ。だから、憧れてただけだ」
「…うん。でも、さっきの人、確かに体格良かったものね。」
 納得したようにサクラは頷き、自分の二の腕に力こぶをつくってみせる。華奢な少女の腕には何も出来はしなかったのだが。
「こうした時に、あの像ぐらいぼこってしてた。」
 自分の腕に納得できなかったのか、サクラは小狼の腕に両手を絡めて折り曲げてみる。「ひ、姫!?」
「小狼君も出るんだ。凄い!」
 華奢にみえても、彼は男。綺麗な筋を浮かび上がらせている二の腕にサクラは感心したように目を見開いた。
「小狼君、実は鍛えてるもんねぇ。ねえ黒様〜♪」
「ねぇねぇサクラちゃん。いい加減離してあげないと小狼君沸騰しちゃうよ。」
 絡めた腕はそのままに、見上げた視線の先には真っ赤になって、口元と鼻を抑えた小狼。サクラは、ハッと手を離した。
「ご、ごめんなさい。」
「いいえ。」
 無邪気で可愛らしいサクラの様子は、羽を失う前に見せたそれで小狼は目を細めた。
(彼女は、羽を取り戻して確実に元のサクラに戻りつつあるのだ。)その事実だけが嬉しくて、小狼は微笑んだ。
「盛り上がってるとこ悪いんだが。」
 ふいに声がして、振り返るとそこにはジェオが立っている。
 手には猫をつかむように背中を摘まれたモコナ。プラプラと揺れている。
「これ、お前らのものだろう?」
「ええ?」
 会場に置いてきたのだろうか?訝しがる小狼の横からサクラが手を出し、ジェオはそこにモコナをのせた。
「おい、こいつなんか目が変じゃねえか?」
 黒鋼が、眉間に皺を寄せてモコナを覗き込む。それを待っていたかのようにモコナは一気に口を開けると、黒鋼の顔目掛けて何かを吐き出した。
 勢いよく黒鋼の額に当たったそれは、跳ね返ってファイの手に落ちる。痛みに額を抱えた黒鋼を横目にグシャグシャと丸めた紙屑を広げたファイ達の動きが止まる。
『打ち止め』
「なんでしょう?」
 へへ〜と笑ってファイが答える。「次元の魔女さんとこでお酒の始末に困ってたりして〜。」
 黒モコナが噴出す酒を慌てて受け止めている四月一日の姿を思い浮かべて小狼の目も点になる。肝心のモコナはサクラの掌で横でなったまま動かない。
「それ、壊れたのか?」
ジェオの問いかけに小狼は慌てて首を振った。「え…いや、そういうわけじゃなくて。モコナは、機械じゃないんです。」
「…まさか、冗談だろ?」目をぱちくりさせてジェオ。少し困った顔の小狼。
「いえ、本当に。」

「…可愛いなあ。」
 ジェオの隣にいたザズが赤い顔で言葉を漏らす。
「え?」
 その視線はモコナを手にしたサクラに向けられていた。
 なんの事だかわからないサクラ。ザズは、モコナを持ったままのサクラの手を自分の手で覆った。
「こ、これ、もしも壊れたのなら俺が修理するよ。」
「ありがとう。」
 にっこりと微笑むサクラ。笑顔のサクラに見つめられザズは赤くなった。
「でも、モコちゃんは機械じゃないの。」
「へ?へぇ〜?」
 ザズは半信半疑。しかし、サクラの顔から視線を逸らさない。
「なぁなぁ、名前は?」
「サクラ。」
「サクラかぁ。」
 ザズは頬を赤らめてボソリと一言。「…名前も可愛いなぁ。」
「なに?」
 サクラは聞き取れなかったらしく小首を傾げる。
 その仕草にザズはぼーっとサクラを見つめる。
「お前、自分の名前も名乗らずなにやってんだよ。」
 ジェオがザズの頭をぐりぐりっと小突くと、ザズはそれに翻弄されて心底嫌そうに叫ぶ。
「背がでかいからってやめろよ!」
「睨まれてるぞ。」
 ジェオの一言で冷静になったザズは周りを見回す。胡散臭そうに見ているタータ。笑顔のタトラとファイ。あっけに取られて目が点になっているのは小狼。明らかに睨んでいるのは黒鋼。
 しかし、どれも全て自分に注がれていた。痛い視線に、とりあえずサクラから手を放す。
「貴方の名前は?」
「ザズ!ザズ・トルク!よろしく!此処には遺跡調査で来てるんだ。俺はメカニックなんだぜ。あ、遺跡って言っても海の中にあってさ、機械の力を借りないと見れないんだ。」
 サクラに名を問われて、どきどきのザズは聞かれてもいない事をべらべらと喋る。
「ストップ。」ジェオの大きな手が再びザズの頭に乗せられた。
「俺はジェオ・メトロ。こいつの上司だ。」
 首にぶら下がっているファイが微笑んだ。黒鋼は一瞥するとまだまだと言う。
 本来ならば、厳しい師匠の言葉に苦笑いのひとつでもするであろう小狼は、真っ赤になって視線をさまよさせていた。
 サクラが腕にしがみついているので、彼女の胸をまともに上から見せられた上に、細い首筋だの綺麗な肩だのが顔のすぐ横。あげくに先程の香りが容赦なく彼を取り巻いていた。
「ねぇねぇジェオさん。」
 にこにこと笑いながらファイが問い掛けた。
 ジェオはその笑顔を見ると、一瞬顔を強ばらせる。
「あれ?俺の事嫌い?」
「いや…本国の上官を思いだして…ちょっとな…。」
 ジェオのその様子を見てとると、ファイはますます笑顔になった。
 小狼と黒鋼は顔を見合わせる。切れ者ファイがなにやら企んだ事がわかったからだ。笑顔のファイがじりじりとジェオに迫って、ファイが進んだ分だけジェオが後ずさる。
「どうしたの?」
 不思議そうな顔でサクラがザズに問いかける。
「…あの人、イーグルに似てるんだよね。」
 頭を掻きながらザズは答える。えっ?とサクラに見つめられると、ザズは再び聞かれもしない事を喋り始める。身振り手振りを添えて懸命に話す仕草は、健気ですらある。
「今本国にいるんだけどね。俺達の、あ、ジェオの上の指揮官なんだけど、あのファイって人によく似ててさ、いっつも笑顔でぽわ〜っとしてるように見えてても策士でさ。俺達いっつも振り回されてるんだよ。ほら、何考えてるのかわからないところもあってさ…。」
「ファイさんはやさしいのよ?」
 少しだけ困った顔でサクラが言うと、ザズも困った顔になる。
「イーグルも優しいよ。でもね…。」
 言葉を続けようとしたザズの声にかぶるようにジェオの叫びが聞こえた。
「一緒に調査したい!?」
「そうそう。海の遺跡って見てみたいんだよね。」
 あくまでも笑顔のファイ。引きつるジェオ。
「しかし、俺らは国の調査隊で〜。」
「でも、昔からあった遺跡にどうして急に調査に来たの〜?」
 ぎくりとジェオの顔がひきつった。それを受けて笑顔のファイがジェオを見上げる。
 目を迷わせるジェオにファイは畳み掛ける。
「なんで〜?」
「そ…それはだな…。」
「そうですわよね。お伺いしたいわ。」
 黙って話を聞いていたタトラは両手を合わせて微笑む。
「調査をするなんて話、私達もほとんど聞いてない。」
 腕組みをしてジェオを睨みながらタータも言う。美人姉妹に睨まれて、ジェオも困ったように頭を掻いた。


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