ツバサother2


「あ、始まっちゃったんだ。」
 サクラの言葉に小狼は?と彼女の顔を見つめた。彼女はわらうと小狼の手を引く。
「小狼君きっと、ビックリするわ。こっちなの!」



 ゴシゴシと目を擦ってから、瞬きをする。何度擦ってみても、現実は変わらなかった。
「いったれ〜モコナ〜!よそもんに負けたらあかんで〜〜!!」
 いや、自分達もよそもんだろうというツッコミを頭で考えてから、小狼はタータを見る。
 姉とは違って闊達なイメージを持つ、しかし姉に勝るとも劣らない美貌とプロポーションの持ち主は、興奮のあまり大阪弁へと言語形態を変えていた。
「頑張って〜モコちゃん!!!ファイト!!」
 サクラ姫もまけじと隣で応援している。
 地酒の飲み比べと書かれた垂れ幕が掲げられた広場で、並み居る男どもを圧倒し優勝を争っているのは、 片方はモコナ。飲んでいるのか吸い込んでいるのか見当がつかないが、清酒泡盛と書かれた瓶の中身が次々と消えている。
(あれは、全部侑子さんのところに行くのだろうか…。)
 小狼は、密かに汗を流した。そうして、もう一方は明らかに子供だった。
 大きな帽子を被った子供は、明らかに自分よりも年下に見えた。
 落ち着き払った様子で味わうように盃を口に運んでいく。
 美味しくてしょうがない。表情はそんな感じに見えた。それでも、積み上げられた瓶の数は他を圧倒していた。
 しかし、タータの言っていたとおり、この地の衣裳ではなくぶかぶかのズボンと手袋、すこし汚れたシャツにゴーグル。
 自分の格好に似ているかとも小狼は思った。そして、彼のカンがこう告げた。(なにかの調査隊員なのかもしれない…。)



「こりゃ、おもしろそうなことしてるじゃねえか。」
 低い声が響くと、にゃははという笑い声も聞こえた。
「真っ昼間から酒盛りなんていいなぁ〜。黒たんもの飲みたいんでしょう〜。」
 黒鋼がファイを威嚇する。
「テメェはにゃーにゃー喧しいから飲むんじゃねぞ。」
「だっから、それは誤解だって〜〜。」
「黒鋼さん、ファイさん!」
「あ、小狼く〜ん!」
人混みを威圧して、道を開けさせると黒鋼とファイそしてタトラが近づいて来た。
「何やってんだ。あの白饅頭は…。」
 黒鋼はちらりと会場を見るとはき捨てるように言う。呆れはてたような顔に小狼も苦笑いを浮かべる。
しかし、サクラはその言葉に目を輝かせた。
「モコちゃん凄いんですよ。今決勝戦なんです!」
「そうなんだ〜凄いね〜!」
「そうなんですよ♪」
 お互いの両手を前で繋いで、ぴょんぴょんと飛んでいるファイとサクラを見てから、黒鋼は再度小狼の方を向く。額には三本の深い皺が寄っていた。 「…こいつらも酔ってんのか。」
「…違うと思います…。」
(酔っているなら生まれた時から)そんなフレーズが小狼の頭に浮かぶ。

「ちょっとどいてくれ。」
 そんな声とともに、小狼の肩を押す手があった。
 見上げると、黒鋼と大差ない背丈と体格の男が自分の肩を押していた。短めの髪の下の瞳は、黒鋼のような排他的な色は全く無く、むしろ優しい色を宿していた。
「すまん、ちょっとどいてくれ。」
 片手をあげて顔面に立てると、すまんのポーズをとる。小狼は頷くと横によけた。
 男はにかっと笑顔を見せた。そして小狼にお礼を言い前に進み出る。
 そして、飲み比べをしている場所を凝視すると男に口から溜息のような呟きが聞こえた。
「たぁ〜。」
 片手を額に当て、もう片方の手を腰に置く。「やっぱり、ここか〜。」
 男の目は、垂れ幕の下の少年を見つめていた。
「お知り合いですか?」
 遠慮がちに聞いた小狼に、額に当てた手をずるりと口元まで下ろし、天を仰ぎ見てから「ああ」と答える。続けてこう呟いた。
「ったく、何してやがるんだザズ。」
 ふうと溜息を付くと、一段だけ高くなった祭場に男は足を踏み出した。
 いい調子で盃を傾けていた少年−ザズ−は、ぎょっと目を見開いた。
「ジェ、ジェ、ジェ、ジェオ!」
「買い出しに行かせてみりゃあ、なかなか帰って来やしねえ、どこで油を売ってるかと思えば…。」
 ジェオはそう言うと、少年が大事そうに抱えていた酒瓶を取り上げた。「未成年が酒飲んでんじゃねぇよ!」
「そう堅いこと言うなよ〜遺跡は逃げるわけじゃないし〜。」
「調査許可期日は逃げるんだ!!」
 ひぃぃ〜!と頭を抱えた少年の隣で、同じように飲んでいたモコナは、ラッパ飲みをしていた瓶を降ろして、プハーと息を吐いた。ジェオの目は一瞬点になって、まじまじとモコナを見つめる。
「…ロボット…?かよく出来てるなあ…。」
 民衆や小狼達もあっけに取られる展開のなか、タータが威勢の良い啖呵を切る。
「ちょっと待ちな、兄ちゃん!これは遊びとちゃうで!神聖な海の女神様の儀式や、邪魔してもろても困るんや!!」
 細い腰に片手を当てて、ビシリとジェオの顔に人差し指を向ける。
 ニヤリっとジェオは笑った。
「お嬢さん、人に指を差しちゃいけねえって、習わなかったかい?」
 ジェオは、手にしていた瓶を降ろすと、やんわりと彼女の手を握る。タータは真っ赤になってその手を振り払った。
「何すんねん!このドあほ!」
「もう、タータったら言葉使い。」
 いつの間に忍び寄ったのか、タータの背中からタトラが呼びかける。タータははっと口元を抑えた。タトラはそれを見やって、民衆の方を向くとにっこりと笑い掛けた。
「とっても素敵な戦いでしたわ。双方優勝にいたしましょう!」
 彼女の言葉に納得がいったように、集まった群衆から拍手が巻き起こる。モコナは得意そうに手(?)を振り、ザズと呼ばれた少年はジェオに連れられて舞台から下ろされる。
 それでも、陽気に手を振る少年を見ていた小狼にがばりとファイが背中から飛びついた。
「ねぇねぇ、小狼君。彼遺跡って言ってたね。」
「はい。…あの海中の遺跡の事でしょうか?」
(海の女神様)とこの国の人々が言う神殿は、海の中にある。そしてモコナが力を感じると四人に伝えた場所もその海だった。
 小狼は真剣な表情で黙り込む。海水が澄んでいるせいで直ぐ近くにあるように見えた海中の遺跡が思ったより深い海域にある事に気付いたのはつい先程の事。
「俺達だけで、海中に潜るのは限界があるからね。これは、サクラちゃんが引き寄せた幸運って奴かもしれないね。」
 にんまりと笑ったファイに、笑顔を返すと、隣のサクラ姫がきょとんとした顔で小狼を見る。途端、さっきまで意識しなかった彼女の香りが鼻をくすぐり小狼の頬はまた赤く染まった。
「不思議だよね。」ポツリとファイが呟いた。
「何がですか?」
「何でもないところが…だよ。」
 意味深に笑うファイの横で、黒鋼が顔をしかめた。いつの間にか会場からくすねてきた酒瓶で肩を何度も叩いている。
「…てめえの思わせぶりなところは、気にいらねえな。」
 くすくすっとファイが笑う。「やっだなぁ黒様。怖い顔〜〜!」
「ファイさん…。甘い香りがしますね。」
 ふいに、サクラは不思議そうな顔でファイを見る。
「あ…オイルですか?」
 小狼は自分でそう言ってから、黒鋼がファイの背中にオイルを塗っている姿を創造して目が点になった。
「言っとくが、俺は塗ってねえぞ。」
 小狼の怪しい想像がわかったのか、黒鋼が釘を刺す。
「タトラさんに塗ってもらたんだぁ〜彼女の柔らかな手が滑るようにって〜サクラちゃんは塗ったの?」
 サクラは両手で握り拳を造ってガッツポーズ。(古っ)
「私は、砂漠の国生まれですから、大丈夫ですよ。」
「なんだ〜小狼君にでも、塗ってもらったのかと思った〜。」
 途端に小狼とサクラは耳まで赤く染まった。



「なんや、あのおっさんムカツクなぁ。」
胸元で腕を組みながら歩いてきたタータの後ろをくすくす笑いながらタトラが付いてくる。
「あら、でもタータが好きな銅像に似ていたわ。」


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