Sweet


 ※イーグルは、まだセフィーロで治療中ということにしてください。でないと、彼はしょっちゅう仕事をサボっている最高司令官(=無能大佐)になってしまうので(汗)


 廊下を歩いていたランティスは見慣れた頭が通り過ぎたのを見て足を止めた。パタパタと早足に通り過ぎた小さな影は、しかし大きな気配を感じて顔を上げる。
 一瞬きょとんとした表情をした光は、ランティスを見ると満開の笑顔を見せた。
彼女は、短めのスカートを隠す程度の長さの白いエプロンをつけて、両手に大きな丸い入れ物を持っていた。(サラダボールの事です。)中に入っているものはよく見えないが、固形物のようだ。
 そして、少女の可愛らしい頬には白い泡のようなものがついている。
『何だろう?』
 ランティスは、あまり見ない少女の姿とその頬についたものに興味を引かれる。
 じっと見つめていると光が不思議そうな顔をしてから、またパタパタと近付いてきた。
「ランティス?」
「それは…何だ?」
 指で光が持っていたボールを示す。
「これ?氷だよ。ほら」
 彼女は両手をうんと伸ばしてランティスの方にボールを示す。
 顔に掛かる冷気で、ランティスも氷であることを納得する。けれど、何に使うものなのかはランティスにはわからない。
「お菓子を作るんだよ。」
「お菓子?」
「そう、海ちゃんがねセフィーロの果物でシャーベットを作るんだって。それでね、今クレフに頼んで氷を出してもらったところだ。」
 少し得意げに氷を見せる光に、きっとその話をされた導師は戸惑った顔を見せたことだろうとランティスは微笑んだ。そして思う。
「…魔法騎士も氷魔法が使えたのでは無いのか?」
「海ちゃん?一度やったんだけど、この中に入るどころか天井から降り注いじゃって、厨房がメチャクチャになったんだ。料理師さんに怒られちゃった。」
 ぺろりと舌を出した光にそうかと声を掛けながら、ランティスは小さな彼女と視線を合わせるように膝を折る。そうしてゆっくりと手を伸ばした。
 頬についた白い泡を指先にとるつもりではあったが、柔らかな肌の感覚を指に感じてランティスは鼓動が早くなるのを感じた。気付くと少女の頬も赤く染まっている。大きな瞳が少し潤んで見えた。
「…あの…どうしたの?」
「いや、これが…。」
 光と自分の顔の間に指を示して、白い泡を見せる。光は大きな瞳をさらに見開いた。
「生クリーム…いつの間についてたんだろう。」
「食べ物なのか?」
 コクリと頷く光を見て、指を口に運ぶ。甘さが口中に広がった途端思わず眉をしかめる。
「甘いの苦手なんだよね。」
 クスクスと笑う光は、あっと声を上げた。「氷溶けちゃう!!」
 慌てて走り出した光は、長いみつあみをクルリと翻してランティスの名を呼びこう声を掛けた。
「私も作ってるんだ、ランティスも食べに来て!」



 部屋の中は甘い匂いに満ちていた。
 大きなテーブルの上には、ガラス細工のこれまた大きな器にしかれた氷の上に色とりどりのシャーベットが置かれている。
 それ以外にも、ランティスなら、何個かまとめて口にいれても大丈夫に見える小さなケーキの類や少し楕円になっているロールケーキなどもあった。
 …がランティスはその固有名詞はわからず、ただお菓子がいっぱいあるとしか認識できない。そして、お茶会は既に始まっており、導師や王子などは魔法騎士達と談笑しながらそれを口に運んでいた。

 もう一つランティスの胸を悪くしたのは、座っているイーグルの横で光が楽しそうに話をしているのが見えたからだ。
 時々、目の前のお菓子を指差し頷いたり赤くなったりする光はとても可愛らしく、それを見ていると、部屋の中に充満している甘さともあいまって胸がむかついてくる。
『此処にはいたくない。』
 …が、他の男と楽しそうにしている光をそのままにして出て行くのはもっと気分を害しそうなことと、彼 女に誘われて約束を破るのは性格上出来ないランティスは二人の側に近付いた。
「ランティス、来てくれたんだ。」
 嬉しそうに笑う光には微笑み返して、イーグルの隣に座る。
「遅かったですね。…ああ、貴方は甘いものと人混みは苦手ですからね。」
 笑顔のイーグルには、憮然とした顔を向けて言う。
「…もうそんなに食べたのか…?」
 イーグルの側にある皿の数を数えて、ランティスは眉間の皺を増やした。その上にまだ、彼の周りには様々な甘味類が彼の食する順番を待っていた。
「こんな美味しいものが食べられないのはホント残念ですね。」
「光に呼ばれたから来ただけだ。」
 その言葉に光は頬をそめて、ランティスを見つめる。そうして、はっと気がついたように彼の前の空いている皿を手に取った。
「甘いのは苦手なんだよね。シャーベットとかは甘くないのがあるから、取ってあげるよ。」
 そういうと、琥珀色をした丸いお菓子を皿にのせて、ランティスの前に差し出した。
「これは、お酒で作ってあるから甘くないと思うよ。」
 ランティスは目の前に置かれた皿をジッと見つめてから、光の方を向いた。
「光が作ったのはこれなのか?」
 ランティスにそう聞かれ、光は首を横に振った。
「ううん。私、お料理下手だから、一つだけしかつくれなかったんだ。それも、なんだか変な形になっちゃって…。後のお菓子はみんな海ちゃんや風ちゃんが…。」
 しょんぼりした光に、ロールケーキのかけらをフォークにさしながらイーグルが声を掛ける。
「そんな事ないですよ。とても美味しいですよ、これ。ランティス、光が作ったのは、このロールケーキだけです。」
 イーグルはそう言うと残りを口に放り込んだ。ランティスの痛いほどの視線を浴びても顔色一つ変えない。飲み込んでから、言葉を続ける。
「僕はもう食べちゃいました。あ、でも、最後の一切れはフェリオのところにあるようですね。」
 その言葉を聞くと、ランティスは無言で立ち上がる。イーグルは最初から彼の行動がわかっていたようにこにこと笑顔でランティスを見ていた。
 光は大きな瞳をなおも見開いてランティスを見つめる。
 ランティスはフェリオのところまで行くと、当然のように彼の横にあった皿を手に取った。
「何だ?」
 怪訝そうな顔で自分を見たフェリオに一言「貰うぞ。」とだけ言う。
ランティスの顔を見て、その皿の形崩れしたケーキを見たフェリオは事情を察した。そして呆れた顔をする。
「お前に食べられるのか?甘いぞ。」
「これを食べに来たんだ。」
 ランティスの言葉に光は耳まで赤くなった。

 完食して、気分が悪くなったランティスを光が看病したかどうか…はまた別のお話。



〜fin



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