恋歌謡々


※フェリオ×風


 手には宝石箱。
言わずとも知れた、彼女への誕生日の贈り物。
 ギュッと握り込むと、拳の中に隠れてしまう。そんなに大きなものじゃあない。それを胸元に忍ばせて、フェリオはそっと城を出た。
 身ひとつで、軽々と窓枠を飛び越え、城を覆う木々をつたい城外へと抜ける。いつもなら、目ざとく自分を見つける衛兵達も、少しばかり浮き足だっているのか見逃してくれた。
 
 今、城は賑わっている。
 何故なら、異世界の彼女が今日生まれたからだ。
生誕の祝いをする為の準備が、着々と行われ、後は異世界の少女達が訪れるのを待つばかりとなっている事だろう。
 アスコットやクレフ、そして『あの』ランティスでさえ、プレセアやカルディナに駆り出されて、部屋の装飾に余念がなかった。
 綺麗に飾られた花達。豪華な料理と飲物。そして、皆の心遣いに微笑む風の笑顔は、きっとどんな装飾よりも綺麗に違いない。
 容易に思い描ける姿に、フェリオは微苦笑を洩らす。

 この祝宴を何よりも喜んでいるのは自分だと皆思っているはず。そうフェリオは考え、では、何故、自分がそれを目前に城を抜け出したのだと頭を捻るのではないかと笑った。

 その答えは余りにも単純で、だからこそ、わかりにくいものなのかも知れない。

 城から少しばかり離れた丘。
 空に向かって大きく腕を伸ばし、葉を茂らせている大木に腰掛けて、フェリオは後頭に腕を組み、背を幹に預けると目を閉じた。
 傾きかけている夕日は赤みを増し、フェリオの横顔を朱に染めていく。幾ばくかの時が過ぎた頃に、さくりと落ち葉を踏む音が耳に入る。

「こちらへいらっしゃったんですね。」

 横髪を払い、微笑む風の姿が夕日に浮かぶ。微笑む彼女の姿は、思い描いたとおりに綺麗だ。閉じていた瞼を上げて、フェリオは口元を緩める。
「ああ。」
「部屋へ呼びに行かれたアスコットさんが、フェリオがいらっしゃないものですから、血相を変えて広間にとって帰っていらっしゃったんですよ?」
 悪戯好きですわね。と、風の瞳が機知の色を浮かべた。
「なんで、こんなところへ…と聞かないんだな。」
 此処を訪れた時と同じように、身軽に幹から飛び降りる。クスリと風が微笑むのが見えた。
「なんとなく、わかりましたもの。」
「なんだ、わかっちまったか。ああ、だから一人で来てくれたんだな。」
 風は、もう一度口元に手をあててクスクスと笑う。
「皆さんは、フェリオが私の誕生日を祝いたくないのかとおっしゃってましたけれど?」
 肩を抱き寄せられ、風は上目遣いにフェリオを見つめた。
 そんなことあるはずがないだろう。小さく呟くと、フェリオは胸元から宝石箱を取り出して彼女の手に握らせる。そうして、胸元に抱き込んだ。
「お前とふたりきりでお祝いしたかっただけだ、ずっとは無理でも、幾ばくかの時間だけでも…。」
「まぁ、貴方が、いらっしゃらないので騒ぎになってしまって、言葉さえ誰にもいただいてはおりませんわ。
 本当に悪戯者ですわね。皆さんを困らせてはいけませんわ、フェリオ。」
 呆れたように窘められて、それでもフェリオは笑った。『そいつは、いい。』とくくっと声を出した。

『生まれてきてありがとう、フウ。』

 この世界で最初の祝福を、恋歌の如く君に聞かせる。


〜fin



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