※TV版ランティス&フェリオ 1章と2章の間-初対面の設定です。
 

 避難する場所はそこしかなかった。
 自分の立場とか、責任とか、考えないではなかったが、行く場所はそこしかなかったのだ。そして、一歩足を踏み入れた場所で自分を待っていたものは想像を遙かに超えていた。



螺旋階段のその先に


 セフィーロの異常を聞き、この地に戻っていた黒衣の剣士は、城にいた殆どに人物と交友を結ぶつもりは無いようだった。
 師匠である導師クレフにのみに若干の意志を伝えはするものの、全てを語ろうとはせず、城を管理する術者達の指示に従う素振りは全く見せなかった。
 帰国までオートザムに滞在していたという事実で、一部の人間から疑惑の目で見られていた事もあって、彼はずっと孤立している。
しかし、本人はそれを気にする様子もなく、好き勝手に城の外に出たり城内を歩き回っている。勿論時間など考えてもいないようだった。



   城に設えられた庭園の噴水の縁に腰掛け、フェリオはふっと溜息を付く。自分を取り巻いていた従者達の目を逃れて、こっそりとここへ逃げ込んでいた。
 人が多く集まる此処も、深夜である今は誰もいない。
 私室にいても落ち着かないのだ。自分自身に何の想い出もない部屋は、少し豪華な宿部屋と感覚的には変わらなかった。
 このセフィーロという城の中での自分の記憶は幼い頃で止まっている。けれど、それは自分だけのこと、相対する様にこの城の者達は自分の事を良く知っていた。
雲の上の人間だと思っていた導師や創師、剣士達が自分に傅く様は、感動や興奮などという感情を飛び越えて畏怖の念を抱かせた。

   『お戻りいただきなによりでした。お待ちしておりました。』

 誰だ…?俺はお前達なんて知らない。

 心はそう訴えていたけれど、持ち前の要領の良さも手伝ってなんとか体裁は繕ってきた。
 ただ、もうこれ以上は自信が無い。
姉を失い崩壊していくセフィーロの姿が、風に手渡したはずなのに手元に戻ってきたオーブが、負なる心に拍車を掛ける。
 両手で顔を覆い蹲っていると、視線を感じた。一人で生きてきた時に培ったそういう感覚はなかなか廃るものではないのだ。
 フェリオは顔を上げ、遠目から黒衣の剣士が自分をみている事に気づいた。
彼はゆっくりとこちらに近付いてきて、正面で足を止める。黙ったまま突っ立つ剣士に、声を掛けたのはフェリオの方だった。
「…すまない。俺は、お前を記憶していない。」
「俺は初対面だ。」
 無愛想な黒衣の剣士にそう言われて、フェリオは初めてまともに相手の顔を見る。
「あ、ああそうなんだ。俺はフェリオだ。」
「お前がフェリオ王子…か。」
 王子という肩書きに、少年の顔が強ばる。
 恐怖に似た表情を浮かべる少年に、ランティスは訝しむように眉を歪めた。
しかし、それは一瞬で無理矢理口の端を上げて笑顔を作ると少年はこう返した。
「…そうだ。よろしく頼む。ところで、お前は?」
「ランティス。」
 その名にフェリオは驚きの表情を隠せなかった。術者達が噂していた男。神官ザガートの弟で、この国唯一の魔法剣士でありながら政には無関心だと嘆いていた。
 何故この男は自分に声など掛けたのだろうか?そう問い掛けようとしたフェリオの言葉を遮るように、低い男の声がした。
「王子が一人、深夜こんな場所で何をしている?」
「え…その…。」
 得意の舌が回らなかった。この男にうわべだけの嘘をついても見破られると本能が告げている。ふうともう一度溜息を付いた。
「…王子では無い自分に帰りたかった。……本当の俺は、違うから…。」
「本当もなにも、そこにいるお前が己なのではないか?」
サラリと返され、フェリオは言葉に詰まった。ランティスはその表情を無言で見つめる。
「邪魔したな…。」
 お前は何をしにきたんだと言いいたくなる程、ランティスはあっさりと背中を向けて歩き出した。フェリオは、横においていた剣を掴みその後を追う。
 人気のない廊下に、二つの足音だけが響いた。
「お前こそ、何をしているんだ?」
 ランティスに追いつき、そう問い掛けたフェリオに彼は沈黙を保った。ふと、ランティスの目がフェリオの剣を捕らえる。
「それは、王子の剣か?」
 コクリと少年は頷いた。
「…お前は剣士…では無かったな。」
立て続けに問われ、不思議そうな顔で再度頷く。剣士の表情は怪訝なものだった。
「お前の剣は逸品だ。ただの町民が持つような物ではない。それに、お前の体格でそれを薦める創師の考えがわからん。…使えているのか?」
 最後に問われた言葉に、フェリオは大きく目を見開いたがにやりと笑う。
「試してみるか?」
 少年の挑発的な言葉に、ランティスは無言で鞘から剣を抜き放った。



  結果からいけば、ランティスがフェリオの剣を打ち据えて「まいった」と言わせた事に変わりは無いが、少年の身丈ほどもあるそれを自在に操るフェリオには一目置いたというのが真実だった。
 何度か受けた剣撃は、手に若干の痺れを残した事もまたランティスを驚かせる。
負けたにも関わらず何処かすっきりした顔をしたフェリオは、また手合わせをしてくれよ。とランティスに強請った。
 その実力に文句も無く、他に相手もいないランティスは頷く。やったと呟き、先程までの意気消沈していた少年とは思えないほど、フェリオは笑う。
「お前の剣は、技は荒いが身を守る為の剣では無い。何故ここまで?」
「記憶はなかったが、エメロード姫を、姉上を守ろうと思って腕を磨いていた。けど、今は…。」
 フェリオは困った顔に表情を変えた。少しだけ悲しそうで、しかし表情は柔らかい。
「今は…なんだ?」
 ランティスの問いにフェリオは、再びにかっと笑う。片目を軽く閉じた。
「内緒だ!」
 悪戯な…と評するのが相応しい笑顔は、この少年らしいものだろう。ランティスはふと口元に笑みを浮かべる。無表情な剣士が、笑みを浮かべた事に満足したように フェリオも満面の笑顔をみせた。
そして、フェリオは真剣な顔に戻る。
「お前は何を企んでる?」
 フェリオの問いにランティスも表情を変える。
 本来は誰にも伝えるつもりはなかったが、「柱制度」により自分と同じく肉親を失ったこの少年には、伝えてもいいと思えた。
「譲れない願いを叶える為に動いている。」



 天井まで届く大きな窓から、魔法剣士が精獣を操り遠ざかっていくのが見えた。
ゆっくりと、円を描くようにして上昇していく姿は、螺旋階段を上って行くようにも見える。何かを探していると思わせる動きに、フェリオは自分を重ねた。
 未だに、結果は見えない。
 その先に何があるのか、ランティスでさえわかってはいないのだろうと思う。けれど、決意はなされた、後は進むだけ。
たとえその先に、どんなものが待っていようとも。

「王子!」
 術師の呼ぶ声に、フェリオは振り向いた。
驚くほど冷静に、その呼び方を受け入れている自分に気付くと苦笑いが浮かぶ。
此処にいる自分が、確かに己。剣士の言葉が蘇る。
「導師クレフがお呼びです。他国に動きがあったと…。」
「わかった。直ぐ行くとお伝えしてくれ。」
 戸惑う事なく返事を返し、フェリオは足早に庭園を後にした。



〜fin



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