戻りたいけど戻れない ※フェリオ×風 「到着なさいました。」 術者が恭しく一礼した後そう告げた。 フェリオは、素知らぬふりを心掛けながら、『威厳』とやらが出るように声は出さずに頷いてみせる。もっとも、自分がそれを備えているのか、甚だ疑問なところではあったのだが。 確認と署名を繰り返していた机の上のインク壺にペンを放り投げると、弾む心が行動に直結しないようこれまた気を付けて座り心地の良い椅子の肘掛けに腕を置いて、回転させた。 只の事務処理には全く不向きな(というか、これを着用して作業をすると鍛錬になるかもしれないと思ったりもする)白くて重い纏と飾りを羽織って部屋を出る。 廊下を歩きはじめると、慌てた顔をしてラファーガが飛んで来た。 「一人でお歩きにならないようお願いしております。」 「いいじゃないか、城の中くらい。フウ達が来てるのはお前も知っているだろう?」 そういうと、生真面目な顔をして咳をひとつ。 「存じておりますが、王子に従者がつくのが決まり、守っていただかなければ困ります。それに、私も彼女達に会うのは楽しみにしております。誘っていただいてもよろしいのではないでしょうか?」 クスリと笑って、フェリオは肩を竦めてみせた。ラファーガも笑みを見せて、一礼すると客間へと続く廊下へ腕を指し示した。さあどうぞという促し。 「そりゃあ、気が効かなくて済まなかったな。」 言葉を残して歩き出すと、直ぐ後ろをラファーガが付き従う。従者を伴い、城の主としてその中を歩く。 少し前までは、考えられなかった暮らし。 疎ましいと思わないでも無く、自由奔放な頃に戻りたいと考えないわけでもない。 けれど、それは遠い昔には知っていた気持ちだ。 それに比べて…。 フェリオは、純白の手袋で口元を覆うと苦い笑いを噛み殺した。 近付くにつれて、早くなる鼓動が告げる痛み。それは、知らなかった気持ちだ。 その柔らかな巻き毛が、優しいけれどその奥に知性と強さを兼ね備えた翡翠の瞳が、すんなりと細い指先が、しなやかで細いその肢体が。 そして、なによりもその名に相応しい包み込み風のような優しい笑みが。 彼女の待つ客室に向かう廊下を、一歩づつ踏みしめる度に、浮かんでくる形に、鼓動は動悸は早くなる。 不安なのだろうかとも思う。 彼女の心は自分の元にあるのだろうかと常に想う自分はこんなにも弱い。そして、愛しいという事実を思い知らされる。苦しみにも似た、甘い疼き。 こんなに胸を締め付ける想いなら、いっそ、戻ってしまいたい。 『君を知らなかったあの頃に』 けれど、それは敵わない願い。 戻りたいけど戻れない いいや、戻ることなど出来はしない。君という存在を失う事など、考えられない。 「フェリオ。」 想い描いた以上の笑顔を自分に向ける彼女を、腕の中に引き寄せて細い肩と柔らかな頬の間に、顔を埋める。 フウの香り。香水ではなく、きっと彼女の中に内包されているもの…だ。 「くすぐったいですわ。」 そういう彼女の吐息も甘くてくすぐったい。ふれる唇の柔らかさ。肌に触れる髪。 「ああ、俺もだ。」 そういうと、離れる指先を自分のものに絡め取る。じゃれあうように、お互いの甘さを分け合って。 そして、そっと吐息を重ねた。 〜fin
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