泣かないための努力なんていらない ※フェリオ×風 毎年家族で過ごしていたクリスマスイブ。 「それは、仕方ありませんから。」 玄関で、靴をはいていた空が、風を振り返ると『ごめんなさい。』を繰り返した。風は、微笑んで言葉を返す。 「お父様やお母様に急に仕事が入ったのはお姉様のせいではありませんし…。」 それでも、と空の顔は晴れない。 「ねぇ。風さん、一緒に行かない?」 「それでは、お姉様のご同級の方々に気を使わせてしまいますわ。私は大丈夫です。」 にこにこと笑顔を崩さない風に、空はますます眉を顰める。 こういう時の妹は、梃でも動かない。空はそのことをよく知ってた。 けれど、一人家に残されて寂しくないはずがない。玄関でもなかなか動こうとしない姉に困った表情で風が言う。 「ほら、もう遅くなりますわよ。お待たせしてはいけませんわ。」 風は空の背中を押すと、にっこり笑って扉を閉めた。 空は何度か振り返りながら、家を後にする。風は、出窓からその様子を見つめていた。 姉の後ろ姿が見えなくなると初めて、小さく溜め息をついた。 「今年は光さんや海さんと行けば良かったですわ。」 そして、苦笑い。 セフィーロへ行くようになっても、クリスマスイブの夜は家族と過ごす為に、彼女達と向かった事はなかった。その代わり、その次の日には足を運ぶようにしている。そして、プレゼント交換をしていたのだ。 今年もそのつもりだったのだが、奇妙な偶然が重なってしまって、家で一人ぼっちになってしまった。 「仕方ありませんわね。」 風は自分に言い聞かせてようにもう一度呟くと、ダイニングのテーブルにのったケーキを一人分だけ切り分ける。どんな美味しい料理も、喉に詰まるような簡素なものと感じた。 食べ終わると付けたテレビもクリスマスの特別番組を放映している。大いに笑って映っているタレント達の言葉も何処か白々しかった。しばらくの間眺めていても、所作は無い。 しんと静まりかえった外の様子も心寂しい。 「勉強でもしましょうか…。」 今は、それが一番心を紛らわせる事柄に思えた。 寂しいのは、今夜だけ。 明日になれば、セフィーロに出掛けて、あの方にも会えるのだから。 でも、今日が特別な日であることが風の心を塞がせた。 普段なら、すぐに移す行動が億劫で立ち竦んでいると、玄関の呼び鈴がなった。 「風ちゃん!メリークリスマス!」 「おめでとう風!」 ひょこりと玄関を覗いたのは、光と海。可愛らしいワンピースが良く似合っている二人はセフィーロでのパーティの帰りなのだろう。 「どうしたのですか?お二人とも。」 目を丸くして二人を見た風に「うふふ。」と意味深に笑って、海が小さな包みを風の手に握らせる。 「預かってきたのよ。これ。」 「フェリオからだよ。」 にこにこと笑う光と包みを交互に見てから、風は頬を染めた。 「…あの、でも、プレセント交換は明日…。」 「私達がアスコット達と交換してたら、待てなくなったんじゃない?帰る際に、風に渡してくれてって。」 「明日は楽しみにしてるって言ってた。」 「お二人ともわざわざありがとうございました。お茶でも如何ですか?」 「ううん。いいわ、ほら。」 海が空を指差す。天から舞い降りる粉雪。帰れなくなっちゃうわと二人は軽く手を振り、帰路に着いた。 風はそれを見送ってから、自分の手に目を移す。 小さな包みには、これもまた小さなカードがついていた。 『たのしい夜をすごせるように』 こちらの国の言葉は難しいと言っていた彼だ。なんとか頑張って書いてくれたのだろう。 幼い子供が書くようなたどたどしい字は、風の笑みを誘う。 包みを解くと、見た事のある花を形どったブローチだった。 「これは…。」 二人の思い出にもなったガラス細工のような花も、元々生花。枯れてしまって自分が随分がっかりした事を彼は覚えていてくれたのだ。 いつしか、それが、霞んで見えなくなる。 涙が溢れてきたのだと思った時には、幾つもの小さな染みが包みとカードを濡らす。 降りしきる雪のように、風の瞳からぽろぽろと零れた。 しかし、風はそれを拭おうとはしなかった。 泣かないための努力なんていらない…風はそう思う。 だってこれは、喜びの涙だから。 ずっと、心に居座っていた寂しさが、この涙で溶けていることを感じた。手の平に落ちる雪も自分の手の暖かさですっと水にかわっていく。 明日を思う心が、温かさだけを感じさせてくれる。 こんな事をしてくださった事、今までありませんのに…。 風は、クスリと笑う。 まるで、私が寂しがっているのをご存知のようですわね。…と一人語つ。 本当は、海が言っていたように、この花のブローチを早く自分に見せたかったのだとは思ったが、ぴたりと合致した偶然に通じ合う心を感じてしまう。 風が、佇んでいる間にも、雪は辺りを白く変えていく。明日は酷く冷え込むとニュースでも言っていた。 でも、平気です。 向かうセフィーロは、いつも暖かいのだから。 まるで貴方の心のように。 〜fin
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