空を自由に飛ぶ鳥のように


※フェリオ&ランティス TV版

 
 その日はセフィーロでは珍しく土砂降りの雨が降っていた。
滝の様に流れる雨は、物事に躊躇の無いランティスでさえ辟易する程の量で、仕方なく精獣を戻し、雨宿りの場所を探した。
 沈黙の森に近い場所だったこともあり、民家は見当たらない。
木の陰に隠れようにも体格が邪魔をした上に、その程度で雨宿りが出来る天候でも無かった。
 無表情にも見える顔に疲れの色が浮かんできた頃、その人物はふいにランティスの前に現れた。
「…こんな雨の中何やってんだ?」
 長い纏を頭から被り顔を見ることは出来なかったが、まだ子供のようだった。
呆れたような声から察するに、ずぶ濡れで歩き回っているランティスを見かねて声を掛けてきたようだ。
「……雨宿りの場所を探してる。」
「じゃあ、こいよ。火もあるから。けど、狭いぞ。」
 クルリと踵を返して、水溜まりを踏みながら走りはじめる。ランティスは無言で、軽快に走り続ける子供の後を追った。

 小さな洞穴の中で、暖かそうな火が燃えていた。
思わず安堵の溜息が出たのを聞いて、纏の中でクスリと笑う声が聞こえる。ただ、少年の言う通り狭いので二人で座るとかなり窮屈そうだった。
「適当に座れよ。その…水を吸って重そうな防具は脱いじゃってさ。」
 そう言って纏を外して、動物のようにぶるぶるっと頭を振り、自分を見つめたその顔にランティスは息を飲んだ。

 癖のある碧の髪・大きな琥珀の瞳・耳に付いたリング。

 屈託無く自分を見る顔は、見覚のある子供のものだった。
 勿論年月が、彼を幼い子供から青年期へと向かう少年へと姿を変えさせてはいたが、面影ははっきりと残っている。
 驚きで言葉に詰まるランティスの様子を、しかし少年は気にしなかった。先程から愛想が良いとはいえない態度をとっていたのだから、饒舌ではないからと言って、さして気にもならないのだろう。
 さっさと自分は火の側に座って、なにやら飲み物を注いでいる。そして、突っ立ったままのランティスを見上げて笑った。
「なんだよ?座らないのか?」
「…。」
飼い犬の様にランティスが大人しく腰を降ろすと、それを差し出してきた。
暖かな薬湯。冷え切った身体には有り難かった。
 
「俺はフェリオだ。あんたは?」

 告げられた名前に、この少年がメロード姫の弟「フェリオ王子」なのだと確信が出来た。しかし、やはり驚きに声が出ない。随分間を置いて返事をする。
「ランティス。」
 初めて少年の顔がギョッとしたものに変わる。
「エメロード姫の親衛隊の…ランティス?」
 コクリと頷くと、珍しい物を見るように濡れネズミな剣士を凝視しした。
「へぇ〜これが…ねぇ?」
 無遠慮な視線にも、悪意は無い。
「…俺さ、剣の修行をしてて、あんたにも少し憧れてたんだけど考え直すわ。」
 ははっと軽快に笑う。人懐こい感じは少し損なわれていない。懐かしい…ふいにそんな想いが浮かぶ。まじまじと顔を見ると、鼻高に大きな傷がついていた。
 何があったのだろうかとも思う。城を出てからの王子の人生とはどんなものだったのだろうか。

 無遠慮に見つめてしまったせいだろうか、フェリオが微かに頬を染めてそっぽを向いた。警戒されたのかもしれない。そう感じた時、少年からポツリと話し掛けてきた。
「…そんな事あるはずないとは思うんだが、俺は何処かであんたに会った事があるんだろうか?」
「…ある…。」
 ランティスの言葉にフェリオの瞳が大きく見開かれる。
「…かもしれない。俺もそう思った。」
「城を遠目から拝謁したときにでも見たんだろうな、きっと。
 変な事聞いて悪かったな。俺さ小さい頃に、名前しか思い出せない状態で保護されたんだって、だから、ちょっと聞いてみたんだ。」
 何となく納得している少年の横顔は穏やかで自分の記憶というものに無理に執着している様子も伺えない。

記憶をなくし、たった一人。彼は幸せなのだろうか?

「…今は何を…?」
「ん〜。旅芸人しながら剣の修行って感じかな?宮仕えでもしない限り、剣では食えないしな。」
「…。」
「なぁ…。」
 訪れる沈黙に少年は小さく溜息を付いた。
「…で、あんたは自分の事は話さないのか?」



 雨が止むまで(結局夜明かしをすることになったのだが)洞穴で話をしながら過ごした。もっとも話をしていたのはフェリオで、ランティスに問いかけても『ああ』とか『そうだな』しか返事が戻らず、最後には「あんた友達少ないだろう?」と呆れられた。
 外から漏れる光と鳥達のさえずる声で、雨が上がった事を知った二人は早々に洞窟を後にした。節々が痛く成る程狭かったのだ。
 心地よい風に向かい伸びをしていたフェリオに、ランティスは一夜の礼を告げ、こう問いかける。

「それで、お前は幸せなのか?」

「どうだろうな。」
 そう言って、口元に笑みを浮かべた。琥珀の瞳が深い色に染まる。言葉にならない、様々な思いがそこにはあるのだろう。
 しかし、少年は空を見上げるとこう答えた。
「…でも、心は自由だ。」

この空を飛ぶ鳥達の様に。

それならば…とランティスは思う。
 あの城にいるもの達は皆、『柱』という鳥籠のなかにいるようなものだと。
きっと、自分も含めて…だ。

「じゃあ、俺はこっちへ行くから。」
 別れ道で大きく手を振り笑う少年に、ランティスも笑い掛けた。
「縁があったら、また会おう!」

   そして、再会にはまた数年の年月を必要とする。


〜Fin



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