過ぎ去ったあの日 ※フェリオ&ランティス[TV版] 「探しちゃったよ。」 そう言うと、フェリオはランティスに向かって振り返る。ランティスは難しい顔をしたまま返事を返した。 「前のセフィーロ城は崩壊している。痕跡はないだろう。」 崩壊したセフィーロの地。術師達の魔力で再構築された城の外に二人は立っていた。 城の周りにはまだ僅かながら緑が残っている。 「わかってる。ないだろうなって事も。あれだけが、唯一城に置いてきた思い出だったんだけど。…ま、いいや。ランティスには会えたから。」 クスクスと笑いながらフェリオはランティスの顔を仰ぎ見た。 城の庭園。暖かい光に包まれた穏やかな空間。明るい日差しの中、ある意味相応しくない黒尽くめの男が難しい顔で真っ直ぐに歩いていく。 彼が向かう先に何があるのか、は本人しか知らない事ではあっただろうが。 元々愛想が良いとはいいかねる顔が、一層険しくなっているのが彼にとっての不快な事実がその行く手に待っていることを推察させた。 しかし、彼−ランティス−は、ふと足を止めた。 自分の腰の辺りで綺麗に切り揃えられた庭木の間から、その木々よりも鮮やかな碧色の髪の見え隠れしていた。 普通なら気に止めることもなく立ち去るランティスだったが、今日は違った。 その髪の持ち主、この国の柱「エメロード姫」の弟フェリオ王子は、病で臥せっていると兄が言っていたのを思い出したからだ。 いつも、庭や城内を元気に走り回っている子供の姿が見えないことは、元々他人に無関心なランティスでさえ少々気になったので、神官である兄に問うとそう答えが返ってきたのだ。 「病は魔法では治せない。姫もご心配な事だろう。」 ランティスは、向かう方向を変えて子供の姿を追った。 元々体格の差は歴然としている。ランティスはすぐに子供の後姿を見つける事が出来た。 子供は城の中では比較的大きめの樹の回りで、何かを探すように歩きまわっている。 頭を下げたり、つま先立ちをしてから、目当てのものを見つけたらしく立ち止まった。 それから、小さな手で樹の幹を何度も撫でている。 何をしているのか、ランティスには想像もつかなくて子供に声を掛けた。 「病はもういいのか?」 上から振ってきた低い声に、フェリオは一瞬ビクッと身体を震わせてからランティスを見上げて目を見開いた。そして、コクリと頷く。 「何をしてる?」 続けざまに問われた事には答えずに、フェリオは自分の剣を見つめていた。 そして、ランティスは再度王子が振り返った樹の幹に、子供の手ほどの疵が下から順番についているのに気が付いた。 「ねぇ。ランティス、僕が此処に立つから痕付けて。」 フェリオはそう言うと、樹の幹に背中を預けて頭の上に手を当てた。自分の背の高さに、剣で傷をつけろと言っている事に気付くと、ランティスは溜め息を付いた。 「早く!」 やはり視てみぬフリをすれば良かったと思ったが、声を掛けてしまったのだから仕方ない。焦れた様に頬を膨らませた子供に、ランティスは言われたとおりに痕を付ける。 「これでいいか?」 そう尋ねると、小さく頷いた。 少しずつ高くなっている疵痕は、この子供の成長の記録なのだと理解出来た。 とにかくこれで気が済んだだろうと、ランティスは剣を収めこの場を立ち去ろうとした。しかし、フェリオが動く気配がなく振り返ると、まだ樹の横で立っていた。 先程と同じように、小さな手で樹の幹を何度も撫でている。 「何をしている。」 「お別れ。」 まるで少女の様な顔立ちの子供が、その端整な顔を僅かに曇らせる。 けれど、それは苦渋に満ちたものでは無く、強い意志を感じさせた。 お別れ? 「僕、お城を出ようって決めたんだ。」 自分が口にしている意味を本当に理解しているのかと、疑いたくなる程フェリオ王子は幼い。だからこそ、その子供の言葉は、ランティスに衝撃を与えた。 「どうしてそんな事を…?」 フェリオはその言葉に空を仰いだ。ランティスもつられるように見上げる。 雲ひとつ無い青空が二人の頭上に広がっていた。 「姉上は『柱』だから。僕が病気だった間、姉上が心配そうな顔をしていて、ずっと天気も悪かったんだって…。」 そう言われれば、昼寝をしていた時に雲が多いかとは思ったが、気になる程でも無い。そんな事を、子供に告げる奴がいるのかとランティスは顔を歪めた。 「だからと言って、お前に責任があるわけでも無いだろう。」 ふるふるっとフェリオは首を横に振った。 「僕、姉上が大好きなんだ。」 そして、頭の中で一生懸命言葉を捜しているように暫く考えてからだったが、笑顔を見せて言葉を発した。 「あのね、『柱』になる前からずっと大好きなの。だから、僕は姉上を助けてあげたい。 え〜と?『柱であるじゅうせき』って導師が言ってたけど、僕の心配を姉上がしなくなったら減ると思うんだ。」 「…弟を心配しない人間などいない。」 コクリと子供は頷いた。 「だから、僕の記憶も消して頂いて、姉上にも忘れてもらおうって。」 それは、幼い純粋な願いのみを持つ子供らしい真っ直ぐで、そして残酷な願いにランティスは思えた。 確かに、大切なものを持たなければその心配をする必要は無い。 心が痛む事は無いだろうけれど、それは何かが間違っている。 まるで…。 ランティスは、歯痒い思いを噛み締めるように、ぐっと顔を顰めた。 まるで、この世界の『柱制度』の様に。 「ちょっとだけ、泣きそうになるかもしれないけど大丈夫って決めたから。僕が泣いたら、また姉上が心配なさる。」 自分の纏をギュっと握っている小さな手が震えていた。泣きそう…ではなくもう、子供の瞳には涙が溢れている。 ランティスは、膝を折り子供の頭に手をやると軽く叩く。 無理をするなと言ってやるつもりだった。 「…王子…。」 「ランティスみたいに強かったら、僕も泣かないで頑張れるのかな?」 しかし、自分を見つめる琥珀の瞳に、揺るがない強さを感じてランティスは息を飲む。 幼いながら、彼はもう決めているのだ。 おそらくこの決意は、エメロード姫でも崩す事は出来ないのだろう。 それに比べて、自分はどうなのだ。 「…俺は強くない。ずっと迷っている事がある…。」 「迷っていること?」 大きな瞳を潤ませて、フェリオはランティスを見つめた。ランティスもそれを見つめて言葉を続けた。 「…だが、もう決めた。捜す…。」 「じゃあ、頑張ろうランティス。僕も頑張るから。」 フェリオはランティスの纏から手を放し、両手で目を擦り顔を上げると笑顔を見せた。 そう言って別れた時と同じように笑みを浮かべる少年が目の前にいた。 お互いに、どんな月日を過ごしてきたかは語らない。 「印はなくなったけどさ。」 フェリオはおどけた言い方で、自分の頭に手を翳しランティスの胸元にずらす。 「ほら、少しは伸びただろ?」 少々得意げにも見える少年の様子に苦笑いを浮かべ、ランティスはフェリオの頭の上に手を置くと何度か軽く叩いた。 「…ランティスは見つかった?」 フェリオの問いにランティスは首を横に振った。 「まだだ…。」 そう、フェリオは呟いて荒野と化したセフィーロの大地に目をやった。 「…これから、だね。」 何かを思いキュッと唇を噛み締めた少年に、ランティスも小さく頷いた。 そう…物語はまだ、終焉を見せない。 〜Fin
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