お願い、こっちみて? ランティス×光 日課と言ってしまえば聞こえもいいが、魔法剣士は、セフィーロ城の中でも一番寝心地のいい場所でいつも昼寝をしていた。公務の手伝いをしない時間は、ほぼ其処にいると師匠に言われる程、彼はその場所を気に入っている。 最もたまには先客がいて渋々諦めなければならない時もあるのだけれど…。 パタパタッと子犬が駆け寄るような足音に、碧の髪の少年が顔を上げる。 木の下の人影に気付くと声を掛けた。 「ヒカル、来てたのか?」 光はその声に立ち止まったが、長い三つ編みは名残惜しそうに左右に揺れた。一瞬吃驚した顔をしてから、元気よく跳ね上がった眉毛が微かに潜められる。 「フェリオ?」 酷くがっかりしたような声に、フェリオは身体を起こした。 「ランティスなら、見てないな。今日は執務室にも顔を出していない。」 「そう。」 何か問い掛けたそうな少年の顔に、首を横に振った。 「ごめんね。フェリオ、今日は私だけなんだ。」 フェリオは目をまん丸にして、走り去っていく光を見つめていた。 会いたいという気持ちに理由がいらないと気が付いたのは、いつからだったのだろうか…。 セフィーロで、最も心が強いとして選ばれた自分ではあったが、今は完全に疑問にしかならない。いや寧ろ…。 『強くなんかない。』それを切に感じた。 それとも、強い故。その心が偽ることがない故に、自分の気持ちに歯止めが利かないのだろうか。 自分が手に掛け、その想いを成就させた事になっているこの地の姫君の様に。 そうして、その姫君をのみ守ろうとした、彼の兄の様に。 セフィーロ城の中をあちこちに目を配りながら歩き回っていたが、光は中庭の一角で足を止めた。俯く。 此処へ来てから、どれほどの時間が経ったのだろう。部屋にも、執務室にも、広間にも、勿論お気に入りの昼寝の樹にもその姿を見つける事が出来なかった。 普段は強い力を感じさせる紅玉が揺れる。 ランティスがいないだけで、何もかも曖昧に思えた。もう一度自分の気持ちを確認してみる。ただ、会いたい。 しかし、それは意識した途端に、手の間から零れ落ちていく砂のように頼りない。自分が本当は何を望んでいるのか、それすらも消失してしまいそうな感覚だった。 胸が詰まる感覚に、涙が出そうになって顔を上げた。視線の先に、ランティスの姿があった。あっと口を付いて溜め息のような声が出た。 しかし、ふいに横顔を見せたランティスが、柔らかな笑みを浮かべているのが見えた。 誰に微笑んでるの? 光の動きが強ばる。 私はここにいるのに、ずっと探していたのに、 お願いこっちを…。 そう光の心が呼んだ時、白い毛の固まりが自分の足元にまとわりついた。そのまま、それはふいに立ち上がる。 「い、犬?」 毛足の長い大きな犬が自分の肩に手を置くようにして向かい合っている、少しだけ鼻をひくつかせてから、顔を舐め始めた。 「やっ…くすぐったいって…。」 自分の背丈ほどある大きな犬を簡単に振り払う事も出来ずに、反対に押し倒されそうになって光は慌てた。 しかし、横から伸びてきた腕がひょいと光を抱き上げる。 「ランティス!?」 ランティスの腕の中に横抱きされた光が名を呼ぶと、ランティスは光の顔を見て微笑んだ。 そして、白い犬に視線を戻す。軽く睨んで、短く言い放った。 「これは、俺のものだ。」 光の顔はその言葉に真っ赤に染まった。 「あ、あのランティス…この犬は…。」 「これは兄上が飼っていたものだ。イノーバ、行くぞ。」 大きな長い尻尾をバサバサと振り、犬は楽しげに先を走って行く。ランティスは、それを追うようにゆっくりと歩き出した。 「久しぶりに散歩してやっていた。」 「ねえ、それって、フェリオに昼寝場所をとられたから?」 光の疑問にランティスは沈黙で答える。彼女はそれを肯定と受け取った。 「そうなんだ。でも、あのランティスこのまま行くの?」 彼の腕の中で、未だ紅い頬をしたままの光が問う。 「大丈夫だ。ヒカルは軽い。」 そういう問題ではないんだけど…光は心の中で小さく呟いて、しかし、自分の腕をそっとランティスの首に回した。 広い胸板に頭を埋めると、心が落ち着いて行く。顔を上げると、優しい笑顔と目が会った。 今度は恥ずかしくて頭を隠す。 それでも、彼が自分を見つめている視線を感じる。 『これは、俺のものだ。』私の事を、ランティスはそう言っていた。 なら、この瞳は私だけのものだと、そう言ってしまってもいいのだろうか…。 自分で考えて、思わず心臓が鳴る。 そして、望んでいるもの…さっきまで不確かだった存在を感じた。それは、頭の中に描く彼ではなく今自分を見ていてくれる、彼なのだという事。 「あの…ね。ランティス。少しだけ遠回りして帰ろう?」 頬を染めて囁かれた光の言葉に、ランティスは、柔らかく微笑んだ。 〜Fin
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