嘘つきが語る本音


 フェリオ&イーグル(&ランティス?)※連載中の長編設定になってます。


 この星の誰よりも強い心の持ち主。光とのやりとりを見てそう感じた。
今では友好国となったオートザムの総司令官。そして、ランティスの親友。



    セフィーロ城の中庭。白い纏を靡かせて、ゆっくりと歩を進めるのはこの国の王子。碧の髪が、吹きわたる風に揺れた。
 何かに呼ばれたように空を見上げた琥珀の瞳に、同じ彩を持った太陽が輝いていた。眩しさに目を細める。


『フェリオ王子』


 今度は、本当に名を呼ばれ、返事と共にそちらを振り返る。
実際には「声」を掛けられたのでは無く、心に呼び掛けてきていることは知っていたが、つい言葉で返事をかえしてしまう。
 呼び掛けてきた相手がクスリと笑う。いや、笑った気がした。…が正しい。
その相手は、未だに眠り続けているのだから。
 穏やかな陽ざしの中で、長椅子にその身体を横たえ綺麗に整った貌だけを日陰に隠している人物。銀色の髪は、自分のものと同じように風に踊っていた。両手を胸の前で組み、睫毛を閉ざした聖者のように清々しい姿。
 フェリオは苦笑して、その側に近付いた。
側にあったテーブルに手を置いて、彼ーイーグルーの顔を覗き込んで苦笑した。

「王子はやめてください。司令官殿。」
 フェリオの言葉を受けて、彼はまたクスリと笑う。
『でもね、貴方を王子と呼ばないとランティスが怒るんですよ。』
 一瞬酷く顔を歪めたフェリオは、周りを見回した。黒髪の魔法剣士の姿は見当たらなかった。眠り続ける病に冒された彼を日光浴に連れ出したのは紛れも無く彼だろうが。
『ああ、それにひとつ訂正させて下さい。今は司令官の権限は放棄していますから、それこそイーグルが相応しい呼び方です。』
「なら、俺もフェリオで…「お前はこの国の王子だ。」」
 げっと顔を向けると、顰めっ面した剣士が自分を見下ろしている。いつの間に近付いて来たのか、足音をましてや気配すら感じられなかった。
 セフィーロで最強の剣士として知られる彼の事、それくらいは朝飯前なのかもしれないが、同じ剣を持つ身としてフェリオが面白いはずは無い、意図せずに表情が強ばる。  おまけに、見下ろしてくる顔は剣呑そのもの。
 始終そんな表情で、にこやかな笑み彼の恋する異世界の少女にのみ向けられると言ってもいい彼だが、今は余計に不機嫌に見えた。
 このセフィーロの空の如く澄んだ蒼い瞳は、自国の王子を睨み付けていた。反論の言葉を口にしようとしたフェリオよりも早く、ランティスは口を開く。

「貴方は王子です。」

 きっぱりとランティスに言われ、面食らったようにフェリオは言葉を詰まらせた。くくっとイーグルが笑う気配がした。
『ね、怒るでしょ?』
 イーグルの問い掛けにフェリオは答えず、不貞腐れた顔で頭を掻いた。
「それは…姉上が柱だったからで…。」
 ジロリと、殺気でも帯びているのではないかと思われるほどの鋭い眼差しは再度フェリオに向けられる。ああ、もうとフェリオは口を閉じた。
 そして、この話はお仕舞いだとでも言うように、イーグルに話し掛けた。
「イーグルは、よくこんな男と親友をやってるよな。」
『ええ、そうですね。』
「イーグル。」
 今度は、矛先は眠っている彼に向いたが、イーグルは気にする気配は無い。
『でも、僕の方が結構嘘つきなんで、振り回されているのはランティスの方でしょうねぇ。』
 もしも、彼が眠っているのでなければ笑い出すのではないかと思われるような楽しげな声色。フェリオは、瞬きを繰り返すと笑った。
「そりゃ、ご教授願いたいくらいだな。俺なんて、いっつもこいつに勝てやしない。」
 両手を前で組み、見上げた相手は素知らぬ顔。しかし、イーグルの声に慌てて視線を戻した。
『そうですか。ランティスはオートザムでも貴方の話をしていましたがねぇ。』

『ええ、確かに兄上と姫君の恋の話も、柱制度の話も充分に伺いましたが、その次に話していたのは、貴方の事ですね。
 随分、色々と聞かせられましたよ。ですから、初めて貴方にお目に掛かった際に、声をお掛けしたのは、聞いていた話と寸分狂わない様子だったので直ぐわかったんですよ。』

 風が吹き抜けた気がした。効果音にしたら、ひゅるり〜といった具合。
心地よいと感じる間が何故だか虚しい。
 フェリオは大きな琥珀を真ん丸に見開く。そうすると、琥珀は一層に輝き太陽の如く煌めいた。緩慢な動作で指先がランティスを差し、そして自分の顔を指し示す。
「こいつが、俺の?」
『ええ。』
「城でも、ろくすっぽ会話なんて交わした覚えもなかったこいつが?
 纏わりついてた俺を(軽く)あしらってたこいつが?」
『そうですよ。』

 再度訪れる沈黙の空間。
ああ、今日も空は青く、吹き渡る風は清く、小鳥の鳴き声は耳に心地よい。
 姉上、皆の心で支えているセフィーロを貴方にも見せて差し上げたかった。そして、ザガート。お前の弟はやっぱり理解の範囲を超えている。それも、結構良い感じにだ。
 随分間抜けな貌をしているんだろう…と自覚してフェリオは自分を指さしていた腕を降ろした。此処に、愛しい彼女がいなくて本当に良かったと心の底から思う。
こんな間抜け面を見せてしまったら、百年の恋だって醒めるにきまってる。

 少々混乱気味の頭が、唯一の可能性を見つけ出す。ああ、とフェリオを思った。
「それって、悪口「…言う必要などないだろう。」」
 冷ややかな声が、言葉を遮った。威圧的な態度はなおさらだ。引き下がるのも酌に障って、フェリオも腕組をして相手を見上げた。
「何だよ、そりゃあ。一方的すぎるんじゃないのか?」
「唯の昔話をしただけだ、イーグル部屋へ帰るぞ。」
 軽々と男一人を横抱きにして歩き出すランティスを、フェリオは不満な表情を崩す事なく見送った。



『貴方の態度にびっくりしてましたよ。フェリオ。』
 途端ランティスがイーグルを睨む。
『そんなに彼を名前で呼ばれたくないんですか?』  クスクスと笑いながら、憮然とした顔を見る。『彼が王子と呼ばれるのを嫌がるのは、自分に資格が無いと思っているからでしょう?』
「…資格が無い者を王子などとは呼ぶはずがなかろう。」
『それは、わかっています。貴方が彼を認めているということも含めて。』
「イーグル…。」
いい加減にしろとその目は言っていたが、イーグルは意に解さない。
『言わないんですか?大事な王子様に。』
「…。」
それ以上ランティスはイーグルに話し掛けようとはしない。
『完全に怒らせしまったようですねえ。』そう言うイーグルに悪びれた様子はなく、声色は心底楽しそうなものだった。



 取りつく島もないとはこのことだ。
問い詰めようと思ったわけでは無いが、自分の噂話をしていたと聞けば内容を知りたくなるのが人の心を言うものではないだろうか。
 しかし、イーグルはその日を境に眠りに入ってしまったようだし、あの無頓着・無表情・無遠慮と三拍子揃ったランティスが愛想よく言葉を交わしてくれるはずもない。
 たった今、一瞥されて逃げられた。
 
 ちぇ…。

 中庭にある噴水に、どっかと腰掛けて、フェリオは小さく溜息をつく。
 セフィーロ唯一の魔法剣士ランティスは昔から強い男だ。何百年前、自分が幼かった頃から、その強さは揺るぎなく、一種の憧れを抱いていた。
 その男が、親友にした自分の話…気にならないはずがない。
『どうせ悪口だろうなぁ』と思っていながら、それなら聞きたくないなぁなどと考えながらも…やっぱり気になる。
 
 そういや、この間イーグルは何て言ってたっけ…。

 両手で頬を包み込むようにして膝の上に乗せ、フェリオはイーグルの言葉を思い出していた。  確か初めて会った時に…。

 
『フェリオ…王子ですね。』

 イーグルと初めてまともに会話を交わしたのは、セフィーロが再生を果たした後の事。それまでは、導師クレフに任せきりで自分は内政の構築を最優先させていた。ようやく人々の生活が安定して初めて、自分は彼に会いに行ったのだ。
 導師は面白い人物だと言ってはいたが、正直気持ちは複雑だった。
 セフィーロを侵略しようとした相手だからでも、フウ達を苦しめた相手だからでも無く、この星の誰よりも強い心を持ち得る人間に対する憧れと、及ばない自分への卑下の心のせい。 
 部屋に姿を見せたフェリオに、なんの紹介もないはずのイーグルは躊躇いもなく名前を呼んだ。
 何故わかったのかと少々疑問を感じながら、ベッドに横たわり、瞼を閉じた相手に胸に手を当て深く頭を下げる正式な挨拶を送る。
 病のせいで眠っているだけで、心のエネルギーが戻れば眼を覚ますのだと、クレフから説明は聞いていた。心を通じて、話しをすることも可能だと。
「はい。フェリオと言います。ご挨拶が送れてしまって申し訳ありませんでした。イーグル司令官。」
『堅苦しい挨拶なんて…僕の方こそお世話になっている身ですよ。それに、先だっての争いでは、あなた方に大変迷惑を掛けています。謝るのは僕の方かもしれませんよ?』
 柔らかな雰囲気の声。目の前にいる男に相応しい穏やかなものだった。
『ああ、それに、貴方に会えて嬉しいですよ。』
「俺の事をご存じのようですが…王子という肩書は柱であった姉上あってのもの。お気遣いは無用です。どうぞ、フェリオとお呼び下さい。
俺も、その方が気が楽です。」
 微苦笑をしてみせたフェリオに、驚いたような気が脳裏を掠めて、その不思議さを問い掛けてみる。
「あの…何か…?」
『いえ、何でもありませんよ。』
 けれど、会話を交わすうちに、彼−イーグル−が相当に切れ者で優男の外見などやはり当てにならない強者だとわかった。
「…あの時俺を特定出来たのが、ランティスの話って事だよな。」
 やっぱ、知りたいよなぁ…。ボソリとそう呟いた。



「…ここで座ってても、埒があかない…か。」

 憂い顔を緩めて、フェリオは剣を片手に立ち上がる。
『手合わせを理由に、ランティスにもう一度合いに行こう。』
 一度眠ってしまえば、何時目覚めるか検討がつかないイーグルを待つよりも、積極的にアプローチと洒落る方が自分らしい。
 それにランティスと、『強い相手』と剣を交えるという事は考えただけでも胸が高鳴る。何故だかはわからないが、あの無愛想なランティスも、剣の相手だけは面倒がらずにしてくれる。勝敗については、あまり公言したくはないのだが。
 いつか、イーグルが本当の意味で目覚める時には、彼とも手合わせをしてみたいなどとも思う。あのランティスが認める相手だ。強い事は疑いようも無い。

『よしよし、何だか楽しくなって来たぞ。』

 舌をペロリと舐め上げる悪戯な顔を見せて、フェリオはランティスの姿を庭園に探す事にした。



 それは、光に教わった事なのかもしれない。

 どんなに強い心を持っていても、どんなに秘めたる望みが強くても。
 声に出し、相手と向かい合って心をみせる事をしなければ、所詮ただの独りよがりなのだという事を。

   思って、イーグルはクスリと笑った。

 あれ以来、部屋へ日参するフェリオに対しイーグルはいつも狸寝入り(実際眠っているのだけれど)。さっきも、此処を訪れた彼に返事をしなかった。酷くガッカリした様子は、余程気になっているのだろう。
 意地が悪いとイーグルは思う。
 思わせぶりな事を言われてしまえば、気にならない方がおかしい。
 勿論、ランティスに代わって伝えてやる事は出来た。教えてやれば、フェリオは複雑な表情を見せるかもしれないが納得するだろうし、ランティスも自国の王子に無愛想な家臣にはならずに済むはずだ。
 こう言ってはなんだが、口ベタのランティスが話すよりもいっそスムーズに話は進むのかもしれない。

 けれど、是非ともあの親友の口で言わせたい。いわば、一種の褒め言葉だ。どんな顔をしてそれを言い、どんな顔をして言い終えるのか。それを聞いた王子は、どんなリアクションを見せてくれるのか。
 当人同士でなければ、成り立たない小劇場。
 その楽しみの為に、寝たふりをするなど朝飯前。大事な親友のコミュニケーション能力の向上を願いつつ、じっくり観察するのも、また一興。

『どちらが先に根負けするか、見物ですね。』

 そうとは知らない、二人が暫く追いかけっこをしたのはまた別のお話で。

〜Fin



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