微糖の紅茶でティータイム、対面にはあなた ※フェリオがランティスより年上設定。 荒れ果てた地には何も無い。力も気配すらも感じられなかった。 導師や王子は直接尋ねて来なかったけれど、自分が探しているものが(柱への道)であることは薄々感づいてはいたのだろう。 けれど、その目的は(導師や王子)が考えている事とは違う。 ランティスは注意深く手綱を操りながら、セフィーロの地を巡った。此処の何処かにある(道)を破壊したいと願っていると知られれば、セフィーロの人々は仰天するに違いない。 エメロードを、(柱)を監禁したと思われている兄の、同じ血の者だと罵られることだろう。 柱で生命を紡ぐ国で、柱への道を壊すということはそれ程に罪深いものだ。今、魔法で辛うじて残っている場所以外が無と成り果てている状態を見れば一目瞭然。柱なくして、国自体が成り立たない。 それでも、苦しみ抜いただろう兄と姫、そして周囲の人間の苦悩を思う時、ランティスは安穏な平和など手にしたいとは思わなかった。 俺は優しくなど無い。 王子が告げてくれた言葉をランティスは否定する。俺はただ己の願いを叶える為だけに動いているにすぎない。それを思えば国の人々を守っている導師や王子達の方が、余程優しいはずだ。 そして、俺はその(優しい人々)を見事なまでに裏切っている。 「魔法騎士は、まだ年若い少女達だった。」 ポツリと呟くフェリオの声は、ふいにランティスの思考を鮮明にした。 「急に何の話だ。」 「魔法騎士の話…お前も聞きたいんじゃないかと思ってさ。」 ふたりだけで城外へ出る意味。ランティスは、ふっと息を吐いた。 どうも彼に頭が上がらないのはこういう所だろう。 城内でも孤立し、敢えて導師との接触を避けていた自分にとって(柱の交替)についての情報は乏しかった。親衛隊長としての知識は、あくまで知識で事実とは違うだはずだ。王子の好意に、今は甘えようとランティスは問いを返す。 「女だったのか?」 「女じゃない、まだほんの子供だろう。」 苦笑混じりのフェリオの声がふと深くなる。 「しかし姉上もずっと幼い子供の姿をしていたし、俺は伝説は聞いていても実際に(魔法騎士)に逢ったことなどない。 だから、魔法騎士達も弱そうなのは外見だけで、本当は俺達を超越した何者かだと信じてた。柱を消滅させられる力の持ち主だ、それ位の想像は普通だろう?」 「でも、それは思い違いだった。彼女達は最初は弱くて、でも悩み苦しみながら、それでも姉上を救ってくれた。 なぁ、ランティス。俺達は、この国は、何度そんな事を繰り返したんだろう。何度(魔法騎士)達にそれを強いて来たんだろう。」 セフィーロという国の有り様に、俺は本当に無力だ。 先程の呟きがランティスの耳に甦る。見れば、モコナが目を一文字に細めてフェリオを凝視していた。額についたオーブが鈍く色を移ろわせていく。 「何故お前が悩み相談員の顔をしている。」 自分とフェリオの間にいるモコナの後頭部をむんずと掴み、視線を合わせると焦った様子で小さな四肢を振り回し、拘束から逃れようとした。 「お前何して…!?」 フェリオが止める間もなく、それはポロリとランティスの手から零れ落ち、ぷぷぷー!!!!!と叫びながら、落下していく。 うねる大地は、落ちてくる獲物を狙うように、すかさず鎌首を持ち上げた。 「雷衝撃…「莫迦!アイツを黒焦げにする気か!」」 魔物を退治すべく剣を翳して詠唱をしだすランティスの右手を、フェリオは身を以て留めると、まま宙へ身を躍らせた。取り出した剣で魔物を蹴散らし、モコナを腕に抱え込めば、アトラクションだと勘違いしているらしい精獣は大はしゃぎだった。 「…このまま落ちれば死ぬんだぞ…?」 流石に呆れたフェリオの声にもぷうと笑う。平気平気と告げてくるようにも聞こえて、苦笑が浮かんだ。 確かに、俺も慌ててない。 酷く聡い精獣。一体何者なのだろうかと、ふいに疑問が湧いた。 姉が側近に可愛がっていた精獣を贈るのは珍しい事ではない。ザガートに贈られたイノーバは確かにふたりの中を深めてくれた。 ならば、モコナはどうだ。 魔法騎士達の案内役として、導師に手渡された精獣。決してザガートの手に渡せないとした姉の真意はなんだったのだろう。そもそも、魔法騎士を導くというのなら、この精獣自身も伝説の、もの…? ほえほえした外見の生き物からはまるで感じる事の出来ない底の知れ無さに、フェリオは両腕で抱き留めている精獣を見つめた。 額の宝石が鈍く輝く。思わず伸ばそうとした腕は、ガクンと停止した身体で目標から大きく外れた。 「莫迦はどっちだ。」 深く眉間に皺を寄せたランティスが、フェリオの片腕を掴んでいた。 普通なら脱臼しそうなものだが、魔法で緩和してくれたようだ。 「死ぬぞ。」 「来ると思ってた。な、モコナ。」 反対にランティスの二の腕を掴み返して、フェリオは器用に宙を反転し精獣の背に跨る。モコナも当然のように、ランティスの胸元に納まっていた。 酷く怒ったような、困った表情のランティスに、フェリオはくくっと笑う。 「お前にそんな顔をさせるなんて、まだまだ俺も捨てたもんじゃないな。」 「馬鹿な事を、貴方はこの国にとって大事な人間だ。」 しかし、フェリオはふるりと首を横に振る。 「俺がいなくても、導師がいらっしゃるし、お前もいる。ラファーガ達だっているし、国を支えるべき人材は多い。 そもそも俺は柱じゃない。ひとりで背負っているはずがないだろう。」 ちっちっと指を振る王子に、ランティスの眉間は深さを増した皺が刻まれていく。 「だからと言って、王子が捨て身で良いはずがなかろう。」 「なら、お前は捨て身でいいというのか?」 ふいに低まった声に、ランティスは息を飲む。 「兄も死んだ。両親もいない。この世界で俺を必要としている人間など…「ふざけるな!」」 普段穏やかなフェリオだが、それ故に感情を露わにした時は迫力が増す。琥珀の瞳が見据えてくる様子に、反論の言葉が喉で止まった。 「誰かの犠牲を以て存在する世界なんか、もう沢山だ…、そうだろう!?」 言葉を飲んだままのランティスを見据えて、けれどフェリオは表情を緩くした。 「俺はお前を大事だと想ってる。導師だってそうだ。ランティスという男を誰よりも大切に想っている人だっているだろう?」 いるのだろうか、ランティスはふとイーグルを想う。 長く伸びた他国からの道。そのひとつ、オートザムから道を繋げているだろう友人。彼の真意を自分は知らない。 己は確かに彼を信頼していた、だが、今の状況を鑑みればそれはどうだったのだろうか。 「…関係ない。」 絞り出した声は確かに鈍いものとなった。 酷く繊細な部分を付かれ、思考は止まる。けれど、ランティスはフェリオの両耳に付けられたリングに反撃の糸口を見いだした。 「王子だとて、そのリングを誰にも渡してはいないではないか…。」 へ?と唇が形をつくり、思わず手は耳に当てられる。フェリオの両耳のリングは(弟が大切な人に渡して欲しい)とエメロード姫が与えたものだと聞き及んでいた。「渡したぞ。」 あっけなく返された答えに、今度はランティスの口が開いた。 「けど、返って来ちまっただけだ。コイツはさ。」 (誰に)とは聞きづらく、流石のランティスも沈黙する。リングを差し戻されたとすれば、拒絶されたという事だろう。王子を振る人間がセフィーロに存在するとは驚きだという思いもあった。 そんな様子に、お前も遠慮とかする人間だったんだなと、フェリオは笑う。 「コイツが戻って来て、俺は確信した。 確かに、大事な人が出来たら差し上げなさいとおっしゃって下さったけれど、俺にはそんな人間は現れないと思っていた。 姉上の心を知る者の責務としても、個人の幸せなど望むべくもない…。」 何も知らない子供の姿を装う事で人としての心から忘れたいと願っていたのではないか、それはランティスの推測でしかなかったが、ザガートを失ったエメロード姫が大人の女性になったのだと聞き及びあながち間違っていた訳でもないのだろう。 フェリオの姿もいつからか、時を刻まない。 姉と同じように、王子も心を止めようとしているのだとランティスは気が付いた。 「姫はそんな事を望んではいない。だからこそ、貴方にリングを贈ったのではないのか?」 けれど、フェリオはふるりと首を横に振る。 「だから忘れて、新しい柱を選び甦ったセフィーロで何事も無かったかのように幸せに暮らせと? それが無理な相談であることも、お前にはよくわかるはずだ。 いいんだ。コイツを渡したいと思えた相手に出会えただけでも、良かった。」 ギュッと何かを包むように拳を握り込み、フェリオは瞼を落とす。幼い面影を以てはいても、それはランティスが見たことのない男の表情だった。 「さて、いい加減返ろうぜ。導師のお小言が頭に響いてきやしないか?」 ツンツンと頭をつついてみせるフェリオの顔はいつの間にか普段の表情に戻っている。それがランティスには酷く残酷な事に思えた。 苦い願い心に隠し、人には笑みだけを贈る。それではまるで(柱)だ。 「王子にだけだ。」 憤りを胸に、ランティスは手綱を城へと戻した。 ◆ ◆ ◆ 新生セフィーロの庭園に、爽やかな香りが漂う。 それはテーブルに置かれた、カップがもたらした香りだった。 誘われるようにランティスが口を付ければ、甘みが口腔に染みわたる。思わず顰めた眉に気付いたらしい風はクスリと笑った。 「それは、光さんのですわ。」 そうして聡いだけではない悪戯な笑みを浮かべて立ち上がる。 「お口に合わないでしょうから、ランティスさんの分も入れてきて差し上げますわね。間接キスになってしまうことは、光さんには内緒にしておきましょう。」 優雅な仕草で背中を向け、風は扉の向こうに消えた。 間接キスとは…なんと素晴らしい悪戯だろうかとランティスが感嘆の想いを噛みしめていると、フェリオがふいに腰を上げた。 「なぁ、なぁ。」 ランティスに耳打ちをして声を低める。 「俺、背が伸びたんだぜ。」 フェリオの言わんとすることを理解して、ランティスは目を瞬かせてから微笑んだ。得意気に、フェリオは片目を眇めてみせる。 「お前なんて、すぐに追い越してやるからな。」 「それは楽しみだ。」 澄ました顔で告げてやれば、ムッとした表情になる王子が可笑しかった。 「どうなさったんですか、とても楽しそうに。」 「楽しそうなのはランティスだろ? 俺は少々ご機嫌斜めだ。風が俺の側を離れるから。」 丁寧な仕草でカップを降ろす風に軽口を叩いて彼女を赤面させる。 口にした茶は、先程とは違って甘さはなく飲みやすい。何を言わずとも風はそうするのだろう。 そんな彼女の心遣いや優しさが王子の心を解かしたに違いなかった。 (俺の幸せは、お前が運んで来てくれた)と、フェリオは風に告げているの垣間見た事があった。 光が柱という呪縛からセフィーロを解き放ってくれたように、風は王子の心を(幸せを求めてはならない)という檻から連れ出してくれたのだろう。 ランティスは、風の指そしてフェリオの耳元で輝くリングに想いを馳せて、美味しい紅茶を飲み干した。 もうじき戻ってくる、愛しい少女を待ちながら 〜Fin
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