微糖の紅茶でティータイム、対面にはあなた


※フェリオがランティスより年上設定。


 人影の無い廊下を歩いていけば、女の叫び声が響いていた。それなのに、やはり人影は見えず、しかし彼女は(ランティス)を呼んでいるようだった。
「私はランティスのところに行くの!!ランティス!!ランティス!!」
「おい、何か連呼してるぞ?」
 ちらと横目で見上げたフェリオは、一瞬ランティスの視線が廊下に落ちるのを見てその先を追った。
 白くてふわふわした生き物がいる。辛うじて見える両足で左右に身体を振り、ピョンピョンと飛び跳ねている。
「モコナ…?でも、アイツの言葉は俺達とは違うよな…?」
 首を傾げて覗き込むと、白い体毛の間から小さな足が見えた。フェリオはぷぷうと鳴く毛玉を両手で持ち上げる。すると、モコナの下から腹這いになった妖精が現れる。彼女は、軽くなった体に気付くと徐に羽根を羽ばたかせ宙を舞った。
 そうして、フェリオの腕に掴まれご機嫌で足を揺らすモコナに指先を突きつける。怒り心頭の表情は可愛い顔には不似合いだ。
「何するのよ!! アンタ一体何者!?あああ!!!!」
 彼女の叫びが大きくなったのは、モコナがフェリオの腕からぼよんと飛び出して、ランティスの胸に飛び込んだ直後だった。
「私のランティスに何するのよ!!!!!」
「私のランティス…?」
 きょとんとした表情のフェリオが腹を抱えて笑い出す頃には、ランティスは胸板に擦り寄るモコナの背中を掴み、ベリッと引き剥がした。
 放り投げようとしたランティスの腕から飛び出し、モコナはフェリオの肩から腕に滑り降りる。スリスリと身体を擦ってくる甘えた仕草に、フェリオはクスクスと笑った。

「…何だ、この生き物は。」

 怪訝な表情のランティスと妖精がフェリオの顔を覗き込んだ。
「コイツはモコナだよ、魔法騎士達が連れていたがクレフが姉上から預かった精獣らしい。」
「魔法騎士?」
 コクリと頷くフェリオに、ランティスは眉を顰めた。
「王子は魔法騎士に逢ったのか?」
「偶然かな、沈黙の森でな。モコナともあそこで逢ったよな。」
 そうそう、と相槌を打つように、モコナは長い耳を揺らしてぷうと鳴いた。愛嬌たっぷりの精獣を見ているのに、妖精の表情は険しい。腕組みなどして、不満たっぷりに頬を膨らませている。
 フェリオは小首を傾げて彼女に声を掛けた。
「俺はフェリオだ、お前はなんで怒ってるんだ?」
 ひらと身を翻し、妖精はフェリオの鼻先に跳ぶ。じいっと見つめてから、(プリメーラ)だと名乗った。ランティスに命を助けられて、一緒にいるのだと説明している間中、モコナはランティスとフェリオの間を跳ね回り、プリメーラの怒りを買う。
「勝手にランティスに懐かないで頂戴!!!」
 それならお前に懐くと言わんばかりに、プリメーラに飛びついたモコナは再び廊下に彼女を押し潰した。
 金切り声が、深夜の廊下に響く。
「やれやれ。」
 結局、通りがかった時の状態に戻った事に呆れ、しかしフェリオはもう一度モコナに向かって腕を伸ばす。しかし、その手を阻んだのはランティスだった。
「おい?」
 怒りの表情を隠さないランティスに、フェリオは目を瞬かせる。彼が不機嫌な様子に理由が見当たらなかったせいだ。
「お前、何怒って…。」
「何故、魔法騎士などに会ったのだ。彼等を導くのは導師クレフの役目。貴方がわざわざ逢う者達ではなかろうに。」

 姉を殺す相手に何故逢ったのだ。傷付くのは王子自身だろうに。

 全ての言葉を口にする事なく、しかし、フェリオにはわかった気がした。ランティスも表情を緩め、掴んでいた手を離し歩き出す。
 置いてきぼりになったフェリオは、モコナと顔を見合わせた。どうしたのだと小首を傾げるモコナに、フェリオは苦笑する。

「ランティスは、誰よりも優しいんだよ。」
 誰に聞かせるとでもなく呟いた言葉に、ぷうとモコナが鳴く。頷いてくれた気がして、再び苦笑した。
「おい!俺を追いてく気か!」
 そうして、慌てて後を追ったフェリオの肩に、再びモコナがしがみついた。
 
 ◆ ◆ ◆

「王子を連れ出すと、導師が五月蠅い。」
 エントランスで追いついたフェリオに、ランティスは嫌だという表情を隠そうともしない。けれど、フェリオは彼の不平不満など元より相手をする気はない。
「だからお前を護衛に連れていくんだろ。ほら、行くぞ。」
 さっさと乗り物を出せとせっつかれ、ランティスは渋々精獣を召喚する。
 エントランスに現れた黒馬の姿に似た生き物は、フェリオを見て一度だけ前脚を上げ嘶いた。手綱をたぐり寄せるランティスに、フェリオは首を傾げる。
「え?一頭?俺のは?」
「俺は護衛なのだろう、王子をひとりには出来ない。」
 相乗りが嫌な訳ではないが、自分でも操れる以上何となく不服に思ってしまう。フェリオはちぇっと舌を打つ。
「ラファーガの時は二頭で出るのに…。」
「だったら、奴と一緒に行け。」
 プイと横を向くランティスに、フェリオは肩を竦めた。
 ラファーガがランティスを意識しているのは知っていた。ランティスはオートザムから帰国した人間であり、ラファーガが任に就く前の親衛隊長でもあることから、意識するなというのが無理な話だ。
 けれど、ランティスが彼を意識しているとは聞き及んではいなかった。単に比べられるたのが嫌だったからかもしれないが。
「わかった、わかった。」
 既に精獣に跨っているランティスの、今すぐにでも飛び立ちそうな様子にフェリオは折れる事にした。何が楽しいのか、モコナは既に精獣の首で跳ね回っている。
 鞍に手を掛け、ランティスの後ろに跨りながら、つい愚痴が出る。
「昔は凄く可愛かったのに…。お前、図体がでかくなるにつれ、態度もドンドンでかくなるな。
 ザガートはあんなに…。」
 ハッと口を塞ぎ、フェリオはすまんと詫びる。それに対しての、ランティスの反応は無かった。無言で手綱を手繰り、精獣の脇腹に脚を入れと、苦もなく宙に舞い上がる。
「邪魔だ。」
 無愛想な声と共に、モコナが振ってくる。フェリオは慌てて片手で受けとめ、速度を速めた精獣の背から振り落とされそうになった。
「うわ…!」
 大きく仰け反り、ランティスの纏にしがみつく。平気だとわかった時には、少しばかり冷や汗が出ていた。けれど、モコナはそれすら楽しい様子でぷぷぷと騒ぐのに余念がない。
「お前、わざとだな。」
「しっかり掴まっていないと危ないということだ。」
 したり顔で告げるランティスにフェリオは大いに表情を歪めた。
 幼い頃には辛うじてあった(愛想)が、成長するにつれ擦り切れていく様子に、導師も苦笑いを禁じ得なかった。それと同時に、増していく力は師の誇りでもあったのだけれど。
 フェリオはフンと鼻を鳴らして宣言する。
「やっぱり、お前は可愛くない。」
 呻るような声にランティスはニヤリと、悪戯が成功した子供のように嗤った。





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