約束は守られた ※「嘘つきが語る本音」の続きです。 乱暴に扉が開かれ、ズカズカとフェリオが入り込んで来る。 「ランティスはどこだ?」 応接室で談笑をしていたらしいカルディナとラファーガが顔を上げる。返事の言葉を口にしたのはカルディナの方だった。 「さっき、脇目もふらずにどっか歩いていきよったで。王子はんも、そないに血相変えてどないしたんですか?」 「それは、あいつが…。」 そこまで言いかけて、フェリオは手で口を塞いで黙り込んでしまう。 「王子?」ラファーガも怪訝な顔で聞き返した。 「…いや、いい、自分で探す。」 フェリオは純白の纏をクルリと翻し、別の通路に向かった。 それを見送り、カルディナは顎を乗せた指先を唇に当てる。ツンツンと艶のある仕草でラファーガの視線を向けつつ、なんやろね。と言葉にした。 「この頃どないしたん?あのふたり。」 「私もよく知らないが…。」 ラファーガも言葉に迷うのか、手元のカップを引き寄せて一口飲み込んだ。そうして、答えを待つカルディナに溜息と共にこう伝えた。 「王子は彼に聞きたい事があるらしい。」 此処までムキになる必要はない。わかってるさそんなこと。 あーもーと両手で頭を掻きむしるものの、フェリオの脚は先に進んでいる。 「何やってんだ、俺は〜。」 意地になってしまっているのは承知の上だ。 あの図体で逃げ回るのだから、余計に酌に障る。その上、此処まで言いたくないかと思えば腹も立つから、納まらない。 「…今日こそは捕まえてやる。」 今一度決心を固め、放り出して来た執務の事もついでに頭から追い出すと、鼻息も荒く次ぎの場所へと急いだ。 ランティスの私室も見た。何個かある昼寝場所も覗いた。密やかに剣の稽古をしているらしい場所にもいないが、城から外へ出た形跡もない。さっき擦れ違ったプリメーラもランティスは城内で見失ったと言っていたから、間違いない。 応接室はさっき見たから、後はイーグルの部屋だろう。 イーグルの部屋は中庭に面した場所にある。昔のセフィーロ城で言えば、ランティスがよく昼寝をしていた場所の辺り。日当たりが良くて風通しも良い此処は、建て変わった後でも気持ちの良い日溜まりを提供してくれる。 幼い頃、ランティスを探しに此処まで来たなと思い出し、フェリオは懐かしいような複雑な気分になった。やっている事が、幼い時からなんら変わっていないと思えたからだ。 ただ、幼い自分にとって、柱である(姉)や彼女に尽ききりの(神官)(導師)よりも遥にランティスの方が親しみやすかったのは記憶している。 随分狭い選択肢なのは、知り合いが城にいなかったからだろう。姉が柱になった際に、天涯孤独の身になるはずだった自分がどうして城に迎えられ王子になったのか記憶が薄いので断定は出来ない。 部屋の扉が見えてくるにつれ、喧騒も近付く。 イーグルは眠っていて、側へ行かないと思考が見えないからこの状態では一方的にランティスが怒鳴っているように聞こえた。 いい加減にしろ、と吐き出した後に呻るように声を低める。顰められた声はまるで哀れみの言葉のように耳に届く。 「…そうだ。王子はお前とは違う。」 最悪のタイミングだった。肩幅に開いていた扉をそれ以上開ける事が出来ず、フェリオはその場で動けなくなる。 扉に向いたベッドに眠っていたイーグルは気配を察して、ランティスに何事が告げたのだろう。ゆっくりと彼の顔が扉に向けられた。 無表情に向けられた顔を見た途端、此処までの経緯もあって一瞬で頭が沸騰する。 「ああ、どうせ俺は柱候補とは違うだろよ…、邪魔したな!」 ピシャリと言い放ち、フェリオは扉を叩き付けた。 立ち止まり、ふうとタメ息をついた。チラリと振り返る。 後ろから付いてくるのを感じてはいたが敢えて無視を決め込んでいた。ところが、ふいに近づいて来た気配が背後に迫る。 「なんのつもりだ…ランティス。」 フェリオは不機嫌そうに言放つ。 「お前は何か勘違いをしている。」 「勘違いをする要素がどこにある。俺はイーグルとは違う、そうだよな。」 こんな当たり前の事を何度も言わせるな。と腹の中で毒付く。 自分にもっと強さがあったなら、それこそ柱を担えるほどの強さがあれば、苦しめずに済んだものが多くあるのではないかと、心は常に問いかけてくる。 姉の事も、フウの事も。そして、今積を負わねばならないセフィーロの民達の事も。 「もう、追わない。煩くしてすまなかったな。」 強く言い切ったフェリオに、ランティスは顔を歪めた。 そうして、自分を無視して廊下を進むフェリオを見遣ってから、早足でもう一度フェリオに近付く。 「何を…うぁっ!?」 腰を捕まれたと思うと、そのまま肩に担ぎ上げられる。 成人男子であるイーグルを軽々と横抱きして歩く男だ。彼の胸元までしか身長のない自分などそりゃあ、軽いはず。まるで子供扱いだ。 思わず絶句したフェリオの耳にランティスの声が響く。 「…頭を冷やせ。」 「ふざけるな!降ろせ!!」 こんな恥ずかしい真似をされて、頭が冷える訳がないだろう!!!って言うか、お前が頭を冷やせ!!! ジタバタと両手両足で暴れてみるが、顔にかかるフェリオの纏を横手で払った以外はまるで気にする様子がない。此処まで相手の都合を考えないのは、ランティス自身も相当に怒っている証拠だ。 それでも、怒りと羞恥に勝る感情はフェリオには無い。 「いい加減にしろ…!!!お前、どういう…「嫌なら切れ。」」 低く呻られ絶句する。 「どうしても嫌ならそうしろ。」 「…、っ、出来る訳ないだろ!!!」 なら大人しくしていろと言わんばかりに口端を引き上げられ、フェリオは一計を案じる。 スウと息を吸い、ランティスの耳元にも係わらず容赦なく怒鳴った。 「プリメーラ!!!!!ランティスは…こ、!」 「どこ!?ランティスはどこ…!!」 けれど、鬼の形相で飛んで来た妖精が見たのは転移の術が残した気配だけだった。 『おやおや。』 クスクスと嗤う声が耳障りだ。抗議をしようにもランティスの掌で口を塞がれて声が出せない。フェリオは、ベッドで眠っているイーグルを睨み付けた。 『まんま、誘拐犯みたいですよ。』 「違う。」 むっと顔を歪め、ランティスはイーグルの横にフェリオを下ろす。ドスンと落とされ、ベッドとイーグルの身体が上下に跳ねる。 「逃げようとするから、捕まえただけだ。」 「俺は逃げてない!俺から逃げ回ってたのは、ランティスじゃないか!」 開放された口を手の甲で拭い、フェリオはそう言い放つ。 『ええ、それはフェリオが正しいですね。』 「そらみろ、お前が悪い。」 『でも、一方的に怒ってランティスに捨て台詞を吐いたのはフェリオでしょ?』 「だから、誤解していると言った。」 『お互いに否があるんだから、仲直りしてはいかがですか?』 一呼吸置いて、フェリオは怒鳴った。 「嫌だ!あんな恥ずかしい真似されて、黙ってられるか!フウにでも知られたらどうしてくれるんだ!」 子供っぽい仕草で、腕組みをしてぷいと横を向く。しかし、ランティスは溜息を吐く以外には、特に行動は見られなかった。それは、フェリオに対し無関心なのではなく、寛容なのだとイーグルは知っている。 幼い頃から知っている王子に対し、ランティスは甘いのだ。(ちなみに光に対しては甘いではなく、盲目。) 『ねぇフェリオ、貴方は人に対しては気を使う方なのに、ランティスには我が侭を言うんですね。』 え?と声を上げる。 自覚は無かったが、考えて見ればそうかもしれない。思わず赤面し、伺うようにイーグルに顔を向ける。 『自覚がありませんでしたか?』 「…ああ。でも、そう…かな?」 『そう見えますよ。』 クスクスとイーグルが笑う。余計な事をと言わんばかりに、ランティスは眉間に皺を寄せた。 他人を気遣う王子の性格は、決して悪いものではない。 自分よりも人を優先する心の優しさと強さは、ランティス自身が苦手としている分野でもあり、フェリオを認めている部分のひとつに間違い無かった。 けれど、その行為を、こと自分自身に関してはさせたくないのだ。たとえ、それがイーグルの言う(甘い)という行為だと揶揄されたとしても。 「…俺はお前に甘えているか?」 怖ず怖ずと言った様子で問うフェリオに、ランティスは首を横に振った。 「俺は王子を甘やかしているつもりはない。」 『そうそう、約束を守っているだけですからね。』 「イーグル!」 本当にこの親友は余計な事を言う奴だと、ランティスは叱咤した。コイツはわかっていてやっているのだ。 そこが、随分と小憎らしい。 「約、束…。」 イーグル!の口から出た(約束)の言葉は、フェリオの記憶をざわつかせた。 何か心当たりはあるのだが、相当に古い想い出なのかすぐに表面へと浮かび上がって来ない。 「ランティスとの、約束…?」 再度ランティスを仰ぎ見て、フェリオは微かに眉を寄せた。 何も聞かず何も言わず、ただジッと自分を見下ろしている大きな男。 「…ひとりにしない、約束…。」 口にした途端、それが呪文だったように想い出は甦った。 content/ next |