言葉だけでは伝えきれない


※奇跡を呼ぶ人の続きです。


 椅子に座ると出てくるのが、香りも喉ごしも爽やかなミントティ。
紅色の中に浮かぶ、緑の葉がゆらゆらと揺れているのを、少しばかりの間眺めて見たりする。鼻孔を擽る良い香りはそれでも甘いものではなく、朝の緩やかな頭に鮮明さを即してくれた。
 両手でカップを持ったまま、笑みを浮かべるフェリオの前に据えられた机から声がした。クスクスという笑い声と共に。

「冷めてしまいますわよ?」

 目をやると既に自分のものは飲み終わったらしい風が、トレーを手に立ち上がったところだった。薄い緑色のドレスは、胸元にレースの装飾が施してあるだけでいたってシンプル。七分袖のラインも、邪魔にならない細身に仕立ててあるし、その丈はワンピースと言ってもおかしくはない。
「夢のようだ…なんて思ってさ。」
 フェリオは、ようやく一口飲み込むと、にこりと笑う。
「執務の前にこんな穏やかな時間がとれるなんて。」
「そう言っていただけると、嬉しいですわ。」
 風も微笑みを返した。

 風が執務を担当するようになって、半年。未だに奇蹟は続いていた。
如何に賢い風であっても、公式なセフィーロの言葉を全て網羅するには及んでいないが、その助力は充分過ぎるものがあり、デスクワーク以外の視察等の公務にも積極的に顔出す事による効果も侮れない。
 美しく聡明なセフィーロの王妃の存在はそれだけでも華となるというところか。

「そう言えば、導師に俺が行くよりも、お前が行った方が評判がいいですね。何て言われたぞ?」
 クスクスと笑い、フェリオが告げると風はまぁと口元を抑えて、何かを思い出したようにクスクスと笑った。
「貴方が、時々視察先で逃亡なさるからですわ。
 この間お伺いした村の子供達が、『いっぱい遊んでくれるお兄ちゃん』はこないのかとせがまれて困りましたもの。」
 風の言葉に目を丸くしてから、フェリオは顔を赤くした。
「…ちぇ…あいつら…。内緒だぞって約束したのに…。」
 正式に王となっても変わることのないフェリオの性格がなによりも風には好ましかった。そして、それを自分も守っていける。見守るだけではなく、こうしてこんなに近くで。
「そう言えば、今日伺う場所は同じところでしたけれど、何かお伝えする事がありますでしょうか?」
「次は遊んでやるから、勘弁な…と公言しておいてくれ。」
 偉そうに声を低めてから、片目を閉じる。
「ということは、俺はこの書類を捌くのに専念出来るという事だよな。」
「はい。後で、クレフさんがいらして、手伝ってくださるそうですから、頑張って下さいね。」
 風は、飲み終わって机の端に置かれたフェリオのカップをトレーに乗せてようと手を伸ばす。その細い指先を、フェリオの手が包む。
 彼はそのまま立ち上がった。悪戯な笑みがその端正な顔に浮かんでいる。
「見張り付きか?本当に完璧だよな、フウは。」
「でも、その方がきっと早く終わりますわ。お昼をご一緒したいのですもの、いけませんか?」
 聡明な彼女の小さな願いが余りにも可愛らしい。フェリオは片手で細い腰を抱き寄せて、金の髪をそっと撫でる。
 腕の中で、風は頬を染めた。「フェリオ…術者の方がいらしたら、困ってしまわれます。」
「だって、なあ…フウ。」
 少しだけ歪めた形良い眉を眺めて、目尻を染め上げた白い肌に顔を落とした。重なる唇と閉じられる長い睫毛。
 

 お前に伝えたい気持ちは、言葉だけでは伝えきれないんだ…。

〜Fin



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