奇跡を呼ぶ人


※フェリオ×風(結婚設定)

 そうなのだろうか?
普段なら、額面通りに受け取る彼女の言葉に疑問を抱く。

 後になって考えれば、睡眠不足だったし、疲労も相当あったはずで実際に顔色は悪かったのだろうと思う。
だいたいそんな事を考えること事態普通ではなかったはずだ。

「フウ…。」
 呟くような声になった。
「はい?」
 聞き返す様に彼女の返事は語尾が上がる。
「俺は…お前に寂しい思いをさせているか?」
 驚いた顔で、自分を見つめる風の瞳を、フェリオは直視出来なかった。彼女の細い肩越しに、窓の外の風景に視線を逸らす。
「フェリオ。」
 しっかりとした声で名を呼ばれても、フェリオは視線を戻せなかった。
「フェリオ、私を見ては頂けませんか?」
 再度の問いかけ。うっかりと口に出してしまったものは、もう一度腹の中に仕舞えるものじゃない。
 そして彼女は誤魔化してしまえる相手などでは無い。
「お前をひとりにして、寂しい想いをさせているんじゃないかと…そう思うんだ。だから…」
 自分の口から出ているとは思えないほどに、歯切れの悪い言葉。こぼれ落ちるとでも表現した方がいいような単語の羅列。
それは、風の発した声で途切れる。
「フェリオ!」
 彼女の凛とした声が、何度目が自分の名を呼びフェリオの視線はやっと、風の方に向けられた。
穏やかな表情を見せながらも、風は微かな怒りを纏っているようにフェリオには感じられた。
「それは、私が遠い東京から嫁いで参ったからですか?」
 風の言葉にただ頷く。
「こうやって、夜ひとりで貴方のお帰りを待っているからでしょうか?友人や家族と直ぐに会うことも出来ないからでしょうか?」
 重ねられる問いかけに、フェリオは事務的に頷く。
「それで、貴方は私に負い目を感じていらっしゃると言うことなのでしょうか?」
「…ああ。不甲斐ないと思ってる。」
「何が不甲斐ないと言うのです!」
 堪えきれないとでも言うように、風の口から発せられた言葉は、震えていた。
 両手で口元を押さえながら、フェリオを見ている風の瞳は潤んで、目に涙の粒が浮かんでいる。
「私は、貴方の側にいたくてこちらへ参りました。その事で、貴方が負い目をお感じになるとおっしゃるのでしたら、私が悪いのですわ…。」
「何言って…誰もそんな事思ってない!」
 自分を責める言葉が出てくると覚悟していたフェリオは、風の言葉に声を荒ららかにする。
「お前は悪くなんかないだろ!どうしてそんな風に…。俺は…!」
「違いますわ!」
 風は、瞳に動揺を隠せないフェリオの顔を見つめて、細い腕を青年の首に巻きつけ、抱き付いた。想いの全てを知ってもらいたいと願う彼女の心にように。
「貴方は、ご立派です。セフィーロの為に力を尽くそうとしていらっしゃいます。私は…だからこそ、貴方の側にいたいと思ったのです。」
 おずおずと、フェリオの手が風の腰を抱く。
「貴方のお力になりたいんです。フェリオを支えて差し上げたいんです。こんな無理をなさっているのに…。」
 フェリオは、自分の肩口で震える風の頬に自分のものをそっと寄せた。
   「フウが側にいてくれるだけで、俺は幸せなんだ。だから…なおさら俺はフウに笑っていて欲しい…。」
「貴方の辛そうな顔を見て、私が笑う事など出来ませんわ。貴方の笑顔がなければ、私は唯悲しいだけです。」

 お互いに笑顔が見たくて、悲しくなるんて、馬鹿みたいだな…。
 フェリオは、そう告げようとして、風の顔を見下ろした。
 途端、ぐにゃりと彼女の顔が歪んだ。
「…あ…?」
「フェリオ!?」
 平行感覚を喪失して、身体を保てなくなったところまでは記憶している。そして、風の悲鳴。けれど、その後はすべて闇に消えていた。



 幾度目かの目覚めは、眩しい光の中だった。その光に包まれるように風が優しく微笑んでいる。
「ご気分は如何ですか?」
「ああ、だいぶ楽に…しまった、会議…と視察…!。」
 起きあがろうとしたフェリオを手で制して、風は首を横に振った。
「それは、昨日の事ですわ。丸一日眠っていたんですよ。」
 フェリオは、額に手を当てて唸る。
「そんなに…。」
「お倒れになるほど忙しかったのかと、皆様反省しきりでいらっしゃって、暫く延期するそうですわ。」
 クスクスと笑うと、風はこう続けた。
「私も少しお手伝いをすることに致しました。簡易な書類決裁は、私のサインでも通して下さることになりました。」
「…それは、でも、フウはまだ字が…。」
「そのうちに覚えます。自分の国の文字が読めない…では、貴方の補佐など出来ませんもの。」
 そう告げる風の姿は、たおやかなだけではなく、凛とした様子で、フェリオはその姿に目を細める。
「ああ、でも今は無理ですので、術者の方に読んで頂いて…でも、ご自分でお読みになられたら、内容をもっと要約してお持ちするとおっしゃて下さいました。」
 ふふっと笑う彼女は、策士としての表情も見え隠れする。
「全く、フウには敵わないな。」
 そう小さく呟いて、フェリオは風の腕を引いて身体ごと引き寄せた。風の身体が、フェリオの胸にもたれ掛かるように近付いて、二人は口付けを交わす。
「…で?俺は、これからどうしたらいい?」
 頬を赤く染め上げて、風は柔らかく微笑んだ。
「今日一日はごゆっくりお休み下さい。私もお手伝いを終えましたらすぐに戻りますから…二人だけで過ごせます。」
「そうか、奇蹟みたいだな…。」
 フェリオの言葉に、風はまあと声を上げた。


 
 久しぶりに向かった執務室からは、積まれていた書類の半分が姿を消している。  見通しの良くなった部屋を見つめていた術者達が、ゆっくりとフェリオの方を向いた。ぽかんとした顔は、確かに見物だ。
「奇蹟です。」
 そう呟いた術師の言葉を聞いて、フェリオは思わず吹き出しそうになって慌てて口元を抑える。
 確かにいつだって、彼女は『奇蹟を呼ぶ人』に違いない。

〜Fin



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