永遠なる想いを ※フェリオ×風(結婚設定) 『華やかで、けれど神聖な雰囲気の良い式でした。』 クレフにそう告げられ、フェリオは深く頭を下げた。普段の数倍重い衣裳は、何だか修業をしているよりも大変で、そうやって頭を下げると、再び持ち上げるのに苦労する。 けれど、自分と風に式に協力してくれた方々に感謝の気持ちを表現するには、それが最も適した動作だった。 「導師や皆様方の御助力のお陰です。」 そう言って、もう一度深く礼をすると、クレフは微笑む。 「今日の主役である貴方がそう何度も頭を下げるものではありませんよ。…そう言えば、フウは?」 清楚な白いドレスを身に纏って、誰よりもこの場の主役と呼ぶのに相応しい花嫁の姿は、傍らに無かった。 フェリオはふっと溜息を付く。 「アスカ殿とずっと話をしていましたから、彼女に浚われてしまったのかもしれませんね。」 困った表情を浮かべたフェリオに話掛けるクレフの声は、まるで諭すようだった。 「これからは、お二人は共にいらっしゃるのですから、焦った事はありませんよ。」 「そうですね。」 相槌を打って、その場を離れる。風を探しに行こうかとも考えたが、取りあえず部屋へ戻ってみた方が賢明なように思えた。 やっと招待客も帰り、人影もまばらになってきた廊下を歩いているとアスコットが大きな荷物を持って通り過ぎていく。 「手伝おうか?」 フェリオがそう声を掛けると、訝しい顔をして『何言ってるの』と返された。 そして、フェリオの顔を凝視してから笑う。 「そう言えば、王子、ずーっとフウの方を見てるんだもん。僕吹きだしちゃうかと思ったよ。ずっと、見惚れてた?」 「………悪かったな…。」 そう言って、フェリオは目を閉じて、後ろ頭を掻いた。 身に覚えは十分あった。 控え室に佇む彼女の綺麗な姿にまず見惚れ、式の最中も盗み見するように視線を走らせてしまった。その事を思い出し、頬を赤くする。 「…ところで王子、何処へ行くつもりだったの?」 「何処って…部屋へ…あっ。」 それは長年の習慣というべきか、浮き足だっているというべきか、自分が帰ろうとしていたのは、昔の部屋。一人で使っていた頃の部屋だ。 「…何やってんだろうな…俺は。」 再び赤面して、顔を手で覆ったフェリオに、アスコットは笑う。 「幸せボケっていう奴じゃないの?」 「…否定できない自分が悲しいな…。」 ははと笑うと、手をひらひらと振った。 「やっぱり、いないのか…。」 部屋を覗くと人影は無い。少しだけがっかりして、少しだけほっとする。 『ほっとする?』 二人で過ごす初めての夜に、随分緊張しているのだと気付くと、苦笑いが浮かんだ。そして、少しだけ冷静さを取り戻した頭が、彼女が儀式に出席してくれた光や海とお礼方々お茶をするような事を言っていた事を思い出させてくれた。 ああ、そうだったとまた、苦笑い。 導師の言う通り、これからの殆どの時間を彼女と過ごしていくのだから、今、風がいないからと言ってがっかりする事は無い。 なんとなく消沈する気持ちにはそう言い訳をして、新居となる部屋を見回した。 殺風景だった自分の部屋と比べると、家具が増え随分華やかだ。一番目を引くのは、隣室に設えられたベッド。今まで自分が使っていたものより遙かに大きい。 人間二人で寝る事になるのだから、当然といえば当然か…。 そこまで考えて、頬は赤く染まった。 ここで、風と共に…。 今までだって、彼女の巻き毛に触れたり、唇を重ねたりしたことに対して、咎められたわけじゃない。なのに、改めて、それが生活の一部となり、自然にそうしてくのだと考えただけで、奇妙に胸の鼓動が早くなる。 「あ〜もう、莫迦みたいだ。」 マントを椅子に放り投げ、乱暴に靴を脱ぐと、ベッドに身を投げ出した。 新品のシーツは、緊張してる自分と同じようにすこしだけ硬い。それでも、サラサラした手触りは肌に心地良かった。 誘われるように目を閉じる。 こうしていると、身体が疲労を訴えていることを切に感じた。 重い衣裳はもちろんだが、やらなければならない儀式と、待ったなしの仕事。他国の客人への対応。思い返してみると随分と目まぐるしい日々だった気がする。 そして、始まる風との新しい生活。 それに対しての期待と不安。 ああ、そうだ。そんな話を彼女としたいと思っていた。 酷く忙しくて此処のところ形式的な会話ばかりを交わしていたような気がしていたから。 彼女が帰ってきたら話をしよう…。そして、改めて彼女に感謝と、愛しい気持ちを告げたい。 しかし、吸い込まれるような眠気が思考を妨げていく。 「…フウ…。」 微かに、フェリオの唇が愛しい人の名前をかたちどる。しかし、その後に聞こえたのは、規則正しい寝息だけだった。 そっと、扉が開かれ、白いドレス姿の風が部屋へ入って来る。 「フェリオ?」 今日から、共に暮らす人の名を呼びながら、ドレスに合わせた白い髪飾りを外し、鏡台の上に置いた。 既に日が落ちている部屋には明かりもついていない。一瞬彼の姿は此処にないのかと思った風だったが、月明かりに照らされたベッドで眠っているフェリオの姿を見つけた。 「まぁ…。」 子供のような無防備な寝顔。先程までの式で見せていた凛とした彼の姿はここには無かった。 辺りをみると、服や靴が乱雑に脱ぎ捨てられている。クスリと笑うと、風はそれを綺麗にたたみ、手際よく片付けた。 そして、ベッドの横に腰掛ける。 いつも人の気配に敏感なフェリオが目を開けようとはしない。 「随分、お疲れなんですね…。」 風のたおやかな指が、そっとフェリオの髪を撫でた。 「ん…。」 少しだけ身じろいだが、やはり起きる事なくそのまま寝息をたてている。警戒心の無い本当の寝顔を見たのは、実際初めてだったのかもしれない…ふいに風はそう感じた。 それは、彼が自分の全てを受け入れ共に過ごす事を望んでいる証のように思えた。 こうやって、自分の知らなかった彼の姿を何度も繰り返し見ていく事になるのだろう。 いずれ一国を支えていく彼が、どれほどの重責を背負っていくことになるのか、今の風には想像はつかなかった。 それでも、きっとこの想いは変わる事は無い。 風は彼の前髪を何度も掻き上げると、安らかに眠っている唇にそっと自分のものを重ねた。 「愛していますわ。」 この永遠なる想いを貴方に。 〜Fin
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