貴方の願いが叶う時


「出会いは必然なの。」
 水鏡に写った黒髪の女性はそう言った。そしてこう続ける。
「貴方の望みは何かしら?叶えてあげるわ。」

俺の望み?そんな事決まってる。

『もう一度彼女に会う事。』

「でも、願いを叶えるには対価が必要…貴方は払うことが出来るかしら?」
 何でもする…即座にそう口にする事は出来なかった。
やらなければならない仕事がある。望まれている事もあった。
 戸惑う自分を見つめて女性はその白い肌に浮き出る程赤い唇の口角を微かに上げた。その唇でゆっくりと語り出す。
「…貴方の対価は…。」

一時ののち、俺は頷く。
願いは…叶うのだろうか?



TV版〜短編〜
貴方の願いが叶う時[リク]


 
 人はそれを偶然と呼ぶのだろう。
普段通る道からは完全に外れていた。ひょっとしたらバスの路線を間違えてしまったのかもしれないが、それにしたところで自分にとっては、かなり珍しい事だ。
そう風が思った時、先を歩いていた海があっと声を上げた。
「何かしら此処?」
 海が指差したものを見て光も目を見開いていた。
ビルの隙間に取り残された様に建っている洋館は、奇妙で場違いではあったが、不快な感覚を三人に起こさせる物ではない。
「不思議な建物ですわね。」
 風も小首を傾げながら、建物の周りに巡らせてあった塀に手を触れた。途端、身体が意識と切り離されたように歩き出す。
「ちょっ、風入るの?」
「え?あの…?」
 すっと海や光を追い越すと、門をくぐる。しかし、それは誰か別の人間が自分の身体を動かしているような感覚でしかない。その誰かは、風の身体が家の玄関に到達した途端彼女を解放した。
「どうしたの?風。」
「風ちゃん?知ってる家?」
 少女達の問いかけに、風は困惑の表情を浮かべたまま首を横に振った。
「いいえ。どうしてか、足が勝手に…。」
 そして、風の言葉を待っていたように玄関の扉は開いた。しかし、この家の住人らしき人影は見えない。しかし、中から話し声がした。
「だから、どうして俺はこんなところにいるんだよ。」
 風は、その声に聞き覚えがあった。忘れたくても忘れられない。異世界で出会った彼の声にそれはよく似ている。
今度は、誰も風の身体を操りはしなかった。彼女は自分の意思で玄関に靴を脱ぐと、丁寧に揃える。
「お邪魔致します。」
 言葉も短くそのまま声のする方に小走りに急いだ。
後ろから、海や光が追ってくる気配はしたものの風は足を止めない。廊下を付き抜け、声のする部屋の襖を開けた。
「あら。」
 部屋にいた女性〜長椅子にその姿態を横たえた長い黒髪の女性は、風を見るとにやりと嗤った。振袖を着崩した姿はどこか妖艶で、裾から覗く細い足が見る者をドキリとさせる。
「待ってたわ。」
 紅をひいた唇を少しだけ開き彼女はそう言った。
 しかし、彼女の声は風の耳には届いていたが、聞こえてはいない。
風の目は、自分に背中を向けている白く長い纏を背に垂らした翠色の髪の青年に向けられていた。
「あんた、俺の話を聞いているのか?え?誰を待っていたって?」
 彼は、そう言うと身体ごと風へ向かって振り返る。
訝しげに細められた琥珀の瞳。鼻と頬についた傷。不機嫌そうにへの字に曲げられた口。全てが懐かしく、恋しかった。
「何!?フェリオ!?」
背中で、海が声を上げるのが聞こえた。途端フェリオは、目を丸くして声を上げる。
「海!光!?なんで、ここに…まさかここってお前達の国なのか?」
 信じられないという様に大きく目を見開いたまま、フェリオは問いかける。
風の横に並んだ光は、そのお下げが大きく揺れる位に頭を縦に振った。
「そうだ、東京。でも、どうしてフェリオがここにいるの?」
「それが…。」
 酷く顔を歪めると、右手で頭を掻きながら斜め後ろの女性に目をやった。
「気がついたら、ここにいたんだ。」
 フェリオの視線に黒髪の美女はにやりと笑みで答える。途端フェリオは尚更ムッとした表情を隠そうとはしなかった。
「それで、此処の主だっていうこの女に…。」
「壱原侑子。」
 キセルの煙草を吸うと思い切りよくフェリオの顔を吹きつけこう続けた。
「偽名だけどね。」
「だったら、名乗る意味が何処にあるんだよ!?」
 咽ながら怒鳴り返したフェリオを見ながら、光と海は苦笑する。
「あのフェリオが弄ばれてるわよ。」
「うん。凄いねあの人。」
 まるで、サザエさんかちびまるこちゃん並みの会話が続けられる中、風はこの場にある違和感に気がついた。そして、その事実に血の気が引く思いがした。
けらけらと笑っていた海が、風の様子に気付く。
「どうしたの風。真っ青よ?」
「え、ええ。」
「そう言えば、折角フェリオと再会出来たのにどうしてお話しないの?」
 光の言葉に、風の身体が大きく震えた。
「風…ちゃん?」

 彼はさっきから自分と視線を合わせなかった。
照れているとか、拗ねている…そんな様子ではない。まるで、そうまるで、

自分の事を知らない様に。
「ここは、願いをかなえる店。」
 仮名[壱原侑子]は、ゆっくり、言い聞かせる様にフェリオに告げる。
「貴方は『対価』を払って此処にいるの。」
「俺が!?何で?」
 心底不審な表情でフェリオは侑子に喰ってかかる。
「今もセフィーロは復興に向けて大事な時期なんだぞ。何で俺が光達の世界に行かなきゃいけないんだ!?」
 侑子は答えない。
「風…ちゃんに会いに来たんじゃないの?」
 風の袖を捕まえて、光がフェリオに問いかけた。しかし、彼は首を傾げた。
「風?」
 フェリオから目を逸らし、風は俯く。おそらく彼の口から告げられるであろう言葉を聞きたくなかった。そのことが瞬時にわかってしまう自分が恨めしくもある。
 せめて何も知らずに、彼との再会を喜べる時間があったなら…少しは救いになったかも知れないのに。
 ゆっくりとフェリオの唇が動くのを感じて、風は耳を塞ぎたい衝動に駆られる。しかし、それは出来ないまま、彼は言葉を告げた。
「それは誰だ?」


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