幸せの定義


「見て見て王子!」
 執務室に飛び込んできたアスコットが両手で大事そうに持ってきたのは小さな箱。
「何だ?」
 今日は魔法騎士達が来ている日。
 そうなるとそれが何だか見当はついていたが、フェリオは素直に返事をする。えへへという笑顔とともに返される答えに、海の名前が付いていないはずが無い。
「ウミが作ってくれたんだ。クッキーだって。」
「焼き菓子って奴だな。」
 アスコットは、箱を広げてフェリオに見せる。
「ね、ね。王子食べてみてよ。」
 一瞬きょとんとした顔をしてからフェリオは、箱の中のなるべく小さなクッキーを手に取った。無頓着に大きいものを取ると、アスコットの視線が痛い事を彼は良く知っている。
 一口囓るまで、アスコットは食い入るようにフェリオを見つめる。そして、彼から出てくる一言を待っているのだ。
「旨いな。」
「でしょ?でしょ?ウミってホントにお菓子を作るのが上手いよね!ウミはさ、強くて優しくてお菓子作りも上手で…。」
「口も立つ」
 しれっと言ってのけるフェリオをアスコットは軽く睨んだ。クスリとフェリオは笑う。そうして、最後に聞かされる台詞はいつも変わりない。
「ウミは、ホントに素敵な女の子だよね〜。」
 そう言って、しばらくの間手の中の小箱を眺めていたが、思いついたようにフェリオに問い掛けた。
「…そう言えば、フウはフェリオにお菓子を作ってくれないの?」
「俺に?」
 フェリオはアスコットの問いに少し考えた風だったが、笑いながらこう答えた。
「フウはお菓子をくれたことはないな。」
 フェリオの答えは意外だったらしく、アスコットは目を丸くした。ないの?と再度の問い掛けてくるがフェリオの答えは変わらない。
「そうなんだ。僕はてっきり…。へぇ、こんな美味しいものが貰えないなんて、王子は可哀相だね。」
 その台詞にフェリオは片目だけ細めると悪戯な笑顔を見せた。
「そうか?じゃあ、もう一個くれよ。」
 そう言って伸ばしたフェリオの手から守るように、アスコットは小箱を両手で抱え込んだ。
「駄目!駄目!駄目!これはウミが僕の為に作ってくれたんだから。フェリオには一個あげただろう?」
 本気で頬を膨らませるアスコットに、降参と両手を上げてフェリオは笑った。
「そんなに大事なら、俺になんか食わせなくてもいいだろ?」
「あんまり美味しいからお裾分けしただけ。幸せを独り占めにしとくと悪いかな〜って思ったんだよ。」
 要するに惚気話をしに来たんだろう。と心の中で思いながらフェリオは笑った。そして、あまりに幸せそうなアスコットに意地悪を忘れない。
「…でも俺はウミが同じものを導師に渡しているのも見たけどな〜。」
「え…ええええ!?」
 アスコットは、手の中のものとフェリオの顔を交互に見比べてから慌てて執務室から出て行った。
くくっと笑いを抑えていると、ノックの音がする。
「フウか?」
「はい。」
 扉から風が顔を覗かせる。
「お仕事はよろしいですか?」
 微笑む彼女は手に弁当箱を持参している。
「待ってたんだ。お仕事は休憩させてもらうよ。」
「フウは王子に作ってくれないの?」
 さっさと机の上を片づけ出すフェリオを見ながら、風は弁当箱を机の上に置き、蓋を開ける。
「風の作る料理はいつも美味しいから楽しみだ。」
「そう言って頂けると、作り甲斐がありますわ。」
 微笑んで、風はお茶を入れるべくテーブルのポットに向かう。
「フウ、これは?」
 中を見て不思議そうな顔をしているフェリオに、風はお茶を置いてから声を掛ける。
「これは、懐石料理ですわ。」
「ファーレンの料理にも似ているけど、色合いは携帯用の食料にみたいだな…。」
 余り彩りが鮮やかでは無いと言いたいのだろう。そうかもしれないと思い、風が笑う。
「そうですわね。こういうのを趣があると言うんですけれど。そうそう、日本の料理ですので、お箸を使って食べるんですよ。」
 はいと差し出された箸を手で持って、フェリオは渋い顔になる。
「指先が攣りそうになるコレかぁ。」
 小さな子供が持つようなぎこちなさを見かねて、風はフェリオの背中越しに自分の手を重ねた。片手では上手くフェリオの指を整える事が出来ずに両手で、彼の手を包むようにして箸を支える。
「はい、こうやって、持つんです。」
 なんとか箸を持たせて、しかし片手は添えたままで彼の方を向くとすぐ横にあったフェリオの顔がふわりと笑う。
「なぁ。このまま、食べさせてくれよ。」
 そして、風の髪にすりっと甘える。
「フェリオは甘えん坊ですわね。」
 風はクスリと笑う。二人の手は重なったまま箸は彼の口元におかずを運んだ。



「そう言えば、先程アスコットさんが言っていらっしゃいましたけれど、私がいつも手作りのお弁当をお持ちしている事を誰にもお話にならないんですね。」
「当たり前だろ?」
 不思議そうに自分を見る風に、当然のように言ってフェリオは笑った。
「俺は、アスコットみたいに寛大じゃないんだから、幸せは独り占めしておきたいんだ。」


〜fin



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