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「そんなのやだ。」
 言ってしまってから光は戸惑うように視線を揺らし、そして俯いた。



 始まりは、いつもの通りの妖精との会話からだった。
「また来たわね、光。」
 ランティスの肩に乗っていたプリメーラは、光の姿を見た途端憎まれ口をきく。
「貴方がいない間に、私とランティスの絆はいっそう深まったんだからね〜。」
 と顔を右斜めに持ち上げて、腰に手をやりポーズを決めたが、いきなり立ち上がったランティスの肩の上でひっくり返る。
「きゃっ」
「今日は、予定があるのか?」
 光の訪問に優しい笑顔を見せながら、ランティスはそう問う。光はコクリと頷いた。
「ほら、この間話をしてただろ?プレセアから貰ったお菓子が凄く美味しかったって。今日も用意してくれるから風ちゃんや海ちゃんとお茶しようって決めてたんだ。」
「そうか。」
 光は不思議そうな顔でランティスを見る。「どうかしたの?ランティス。」
「いや…なんでもない。」
 自分に笑顔を見せるランティスが嬉しくて、光もにっこりと笑った。そして、気がついたように周りを見回す。
「そう言えば、クレフやフェリオもいないけど、どうしたの?」
「お二方は色々と忙しい。」
「ランティスだって忙しいんだから!光にかまってる暇なんてないんだからね!!」
 ランティスの肩にうつ伏せになったプリメーラは、そう言うとべーっと舌を出した。
「ランティスも忙しいの?」
 ランティスは頷いた。「街に用事がある。」
「ごめんなさい。買えなかったの。」
 プレセアは両手で光を抱き締めて、すりすりとしながらごめんなさいを繰り返す。
「そんな、いいんだ。プレセアが悪いんじゃないんだから。」
 光は、頭をぶんぶんと横に振ると、笑う。
 笑顔の光に、微笑んでそれでも済まなそうにプレセアが言った。
「今くらいの時間にもう一度焼いてくれるんだけど、間に合わなかったの。」
「あのお菓子は本当に美味しいですから、仕方ありませんわよ。ね、光さん。」
「でも、残念よね。」
 風や海も、期待していただけに、少々がっかりしている。
「ま、気を取り直して、私が作ってきたケーキを食べましょう。」
「セフィーロのものも素晴らしいでしが、海さんのお菓子も絶品ですわ。」
 讃辞の言葉も巧みな風に海もご満悦。
「皆今日は忙しそうなんだね。」
 辺りを見回してから光はプレセアにそう言った。
 プレセアは元々城仕えではないので、お客様と扱いになっている。城の人間は本来海にべったりのアスコットですら、挨拶をしただけで何処かへ行ってしまった。そして、この中で一番の事情通は風だった。
「賓客がいらっしゃると伺いましたわ。それも明日だと。」
 コクンと頷いて光は答える。
「ランティスも街に行くって言ってた。私に予定があるのかって聞いたんだけど、プレセアとお茶をするって言ったら笑ってた。」
「お優しいんですね。」
 風がクスリと笑う。光が首を傾げた。
「光さんが、お一人で寂しい思いになられないかご心配だったんじゃありませんか?」
「そっか…。」
 無口で無関心。ランティスの印象はそうだが、その実彼はとても優しい心遣いを見せる。それに触れる度に、光は嬉しくなるのだ。
「じゃあ…あれはプリメーラじゃないのかしら?」
 ふらっと飛んでいく妖精の姿を目にした海の言葉に、光はそちらを向いた。
「プリメーラ…だよ?もうランティス帰ってきたのかな?」
 暫く見つめていると、彼女と視線が合う。
 すると、妖精は光の正面に全速力飛行してきて、突然怒鳴りだした。「あんたがしっかり掴まえてないからこんな事になるのよ!!!!」
 プリメーラの剣幕は凄まじく、身体の大きさを凌駕していた。さすがの光も完全に押されている。
「いったい、どうしたんだプリメーラ。ランティスはもう帰ってきたのか?」
「ランティス!?そうよ、見てられなくて先に帰ってきちゃったわよ!!」
「え…どうし…。」
 あまりの迫力に、光は目を見開いたまま。
「どうもこうもないわよ!!ランティスが何処に用があったと思うの!?」
「ど、何処って…わ…わかったプリメーラ。こっちで話そう」
 あっけにとられて、こっちを見ている海、風、プレセアに気を使って光は両手でプリメーラを引っ掴むと廊下に出る。
「痛ったいわね!!」
「ごめん。でも、何がどうしたんだ?」
「ランティスが装飾店で、贈り物を買ってたのよ!!!」
「え?」
「聞こえてないの?贈・り・物・よ。凄く思い入れがあるみたいで、品物を確認してから、気に入らなくて、手直しまでさせてたのよ!!私、知り合ってからずっとランティスと一緒にいるけど、あんなとこに行った事もないし、ランティが買ってるのを見たこともないわよ。」
 驚いて声も出ない光の様子に、プリメーラは怒ったように言葉を続ける。
「勿論、あんたのじゃないわよ!!あんたに似合いそうなデザインじゃなかったもの。もっとお上品な感じのよ!あんた以外の別の人に贈る為のものだわ!」

 ランティスに好きな人がいる。
 それも、自分ではない人が好きなのだ。

「そんなのやだ。」
 言ってしまってから光は戸惑うように視線を揺らし、そして俯いた。ランティスの事が好き。
 それは以前からわかっていた。イーグルの事も、海ちゃんや風ちゃんも事も好き。

 だったら、ランティスにだって好きがある。
 一番好きだってあるのだ。
「私だっていやよ!ランティスは私のものなんだから!」
 光が掴まえていなかったからだなどど、言ったくせにプリメーラはちゃっかりとそう言う。
「私の一番…。」
 光はポツリッと呟いた。
 フェリオが風ちゃんの事が一番好きでも、フェリオは好き
 アスコットが海ちゃんの事が一番好きでも、アスコットは好き

 ランティスが他の人が一番好きなのは…嫌。

「あ!ランティス!」
 プリメーラの声に光は顔を上げる。街から帰ってきたのか、彼が廊下を歩いてた。
 その手には、プリメーラが言ったとおり小箱を持っている。
 胸がドクンと波打った。思わず胸元で手をギュッと握り締めた。


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