Rayearth story〈f〉


 大きな音がして、扉が開け放たれる。
 廊下に出てきたのは、碧色の髪と琥珀の瞳を持つ少年。線の細い整った顔立ちをしてはいるが、鼻梁と頬についた傷は弱さを感じさせない。
 少年は背中のマントが地につかない程の早足で歩き続けた。

「待ってよ!王子!」

 その後を大きな帽子を被った茶色の髪の少年が追いかける。
 前髪が長く眼を隠しているが、それが彼の特徴でもあった。召喚士の長い袖を持つ服をバタバタと揺らしながら、前に行く少年を呼んだ。
しかし、何回呼びかけても振り向きもしない。  それどころか、声を掛けた事で少年の足は速まった。

「なんで…、ちょっ、フェリオ!」

 足をもつらせて、あわてた様子で相手の名前を呼ぶと、やっと足を止めた。白い纏をわずかに揺らして、振り返った。

「…アスコット…。」

 自分の名前を呼んだ『その表情』にアスコットは息を飲む。
 フエリオの瞳は潤んでいた。目尻には涙の粒が溜まっているのさえ見える。先程言い合いをしていたせいか、頬だけは紅く染まっていたが、顔色はむしろ悪い。
 『見たこともない。』アスコットは思った。どんな不利な戦いの中でも、彼はこんな弱い顔を見せたことは無いのだ。
「王子…。」
 掛ける言葉が見付からなくて口ごもったアスコットを見て、フエリオは手の甲で涙を拭いた。

「…悪い一人にしてくれ…。」

 呟くように言うと、フエリオは踵を返して歩き出した。呼び止める言葉を見つける事ができなかったアスコットは、遠ざかる人影に息をひとつだけ吐いて出てきた扉に戻った。
 常ならば多くの人々が集い、意見を交わしあうその場所に今は四人の姿しかない。
 アスコットは閉めた扉に向かって、先ほどと同じように息を吐いてから、眉をハの字に曲げた表情を向けた。

「王子泣いてたよ。僕、あんな王子の顔初めて見た。」

 道師クレフは小さな身体に似合わない大きな杖を傾け、アスコットに習う様に彼自身もうつ向いた。
 パサリと落ちた前髪が思慮深い顔立ちを隠す。
 クレフから返事がない事に戸惑うように立つアスコットの肩を、壁にもたれて話を聞いていた金髪の剣士ラファーガが軽く叩く。
「ご苦労だった。」
 そうして、アスコットもホッと息をついた。

「そうか…。」

 暫くの沈黙の後、クレフが呟く。
「王子の泣き顔など、随分見ていないな。」
「…エメロード姫が亡くなった時は泣いているのではないか?俺は他国にいて見てはいないが。」
「ランティス。」
 見る間に杖を持つ手がブルブルと震え、クレフは椅子に腰掛け腕組みをしたまま自分を見ている剣士を省みた。
 漆黒の髪と蒼い瞳を持つ魔法剣士ランティスに表情は無い。
「…論点は、『王子の泣き顔をどうすれば見る事が出来るか』ではないはずだが?」
「…。」
 師弟ならではの鋭いボケとツッコミに、ラファーガとアスコットも口が挟めない。むしろその冷ややかな雰囲気は拒絶のようだ。
 唯一入り込める者がいるとすれば、彼の親友イーグル位かと思われた。
 
「ランティス、王子を説得するのを手伝ってくれとは言ったが、怒らせてくれとは言わなかったと思うが?」 「道師、お言葉だが、私は本当の事を申し上げただけだ。」
 きっぱりと言い放つランティスは、無表情に見えているだけであり、酷く怒っている事がわかる。そしてそのまま立ち上がると、会議室を後にした。
 後に残されたのは、ラファーガとアスコットとクレフ。三人同時にそして盛大に溜め息をついた。



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