Red[7] 黄昏


 それは、光がオートザムを訪れてから数日後の事。
 機械だらけの街を観光したり、夜はザズと飲み明かしたり(光はジュースです)と楽しい日々を過ごした後、用事があると言う NSXにセフィーロに送ってもらっている所だった。

 ブリッジのソファーに腰掛けていたヒカルにお茶を渡してから、イーグルはその隣に座る。
「ありがとう。イーグル。」
 紅茶の香りに、鼻を擽られながら光は一口喉に通した。
「楽しめましたか?ヒカル。」
「うん。とっても楽しかった。この紅茶も美味しいね。」
 笑顔が絶えない光を嬉しそうに見つめて、イーグルは話し掛けた。向かいに座るザズとジェオもお茶を飲みながら二人の会話に耳を傾けている。
「…まぁ、今度の事で僕の一番の驚きは、ランティスが貴方を一人でこちらへ寄越した事ですよ。」
 イーグルの言葉に、光は一瞬きょとんと彼を見つめた。
そして、頬を染める。
「私そんなに頼りないかなぁ。色々一人で出来るとは思っているんだけど、皆心配そうな顔するんだ?」
 そういう意味で告げたわけではなかったが、彼女の天然が微笑ましく思う。
「ヒカルだったら、なんでも手伝っちゃうよ。俺。」
 そうザズが言うと、ジェオが高所にあるものを取ってと頼まれてもか?と茶化した。なにお〜っと、ジェオに喰ってかかるザズを見て光もイーグルも笑う。
 そして、視線を前に向けた光はあっと声を上げた。
 正面のモニターに、蒼く輝くセフィーロの姿が写し出されると、ブリッジの中のクルーも皆その姿に、声を発する事もなく見つめた。
「相変わらず綺麗なところだぜ。」
 感嘆の言葉を口にしたジェオに、イーグルは光の肩を抱いた。
「彼女が『柱』なのですから、当然ですよね。」
もう!頬を染めながらそう言った光は『違うよ!』と言葉を続ける。
「今は、皆の力で形作っている。だから綺麗なんだよ。私は、その最初のお手伝いをしただけだ。」
「ああ、すみません。言葉を間違えました。」
 イーグルはそう言うと、自分の胸元にも及ばなかった少女に背が、伸びている事を感じながら顔を覗き込む。
「貴方が綺麗になったと言いたかったんですよ。」
 微笑まれながらそう言われ、光は頬を真っ赤に染める。
「そうだな。久しぶりに会ったが確かにヒカルは綺麗になった。」
 ジェオにもそう言われ、ヒカルは慌てて踵を返した。
「も、もうすぐ着くから、お土産のチェックしてくる。」
 真っ赤になったままの彼女を微笑ましく見つめる二人の男の間から、ザズが溜息を付くのが見えた。
「ホントに、ヒカル綺麗になったよなぁ…。」
「恋をすると女は綺麗になるって言うからな。」
 ジェオをザズは繰り返して溜息を付く。「恋かぁ〜。」
「少なくとも貴方に…ではないようですけれど?」
 意地の悪いイーグルの言い草にザズは頬を膨らませた。
「わかってら、そんな事。」



 甲板から眺めたセフィーロ城は既に夕焼けに包まれていた。
 それぞれの星へ遊びに行っていた友人達との待ち合わせの時間にはなんとか間に合いそうで光は胸をなで下ろす。
 彼女達にはお土産話もお土産も溢れるばかり持っていた。自分の衣服が入った小さな鞄以外は、全てそのお土産。
余りにも多かったのでジェオとザズが彼女の横に運んでくれた。
イーグルも着陸の指示を終えると、甲板に上がって来る。
 近付いてくる城のエントランス。
 目を凝らすと其処に、佇んでいる人影が見えた。夕焼けを背にした人物は影になって姿を確認する事は出来ない。

しかし、光は違った。

 輝くような笑顔を見せて、大きく手を振った。
「ランティス!」
 少女の口から発っせられた名前に、イーグルは笑みを浮かべた。
「え?ランティス?」
「わからなねえな。ただ、黒いぞ。」
 頭を捻る二人を見やって、光は不思議そうに首を傾げた。
「そうかなぁ。私、すぐにわかったよ。」
 船を下りると、他の魔法騎士達も駆け寄ってくる。
 黄色い悲鳴があがり、はじゃぐ彼女達から男性陣は距離を置いた。そして先にエントランスに立っていたのはやはりランティスだった。
イーグルは彼の横に並ぶと、戯けた声色で話掛けた。
「ヒカルを無事にお返ししますよ。ランティス。嫉妬深い貴方が良く彼女を一人でオートザムに送り出しましたね。」
「…信じているからだ。」
 ニコニコ笑う親友に無表情なままそう答える。
それは光に対してなのか、自分に対してなのか…と考えながら、イーグルはしばらくその横顔を眺めていたが、ふいに呟く。
「誰そ彼は…。」
そう言うとイーグルはクスリと笑う。
「何だ?」
 不機嫌そうに顔を顰めるランティス。
「黄昏時には、人の姿を見失う。そう言う意味の言葉ですよ。」
 そして、いつも微笑んでいる表情を真剣なものに変えた。
「…でも、彼女は貴方を見失いませんでしたね。」
 イーグルの瞳は、友人達とお土産の交換をしている光を見つめた。成る程、彼女がますます綺麗になっていた理由だ。
そして、ランティスも少女の姿から視線を外そうとはしなかった。
「俺も、見失うことなどない。」
 その言葉を聞くと同時にククク…とイーグルはお腹を抱えて笑い出す。
 ランティスはその様子を不機嫌な顔で見つめている。
 目尻に溜まった涙を拭きながら顔を上げたイーグルは、まだ、笑いが止まらず唇を震わせている。
ますます、眉間の皺を深くした剣士の肩に寄りかかるようにして、話しかけた。
「貴方ならそう言うと思っていましたよ。」

 セフィーロで、一番心の強い彼等が、お互いを見失うことなどありはしないと言う事実は、恐らく変わることなどないのだろう。



〜fin



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