Red[6] 剣師


 その時、大きく振り上げたランティスの剣がそれを斜めに切り捨てた。
 子犬位の大きさだろうか。白い毛がフワフワした動物。兎のような耳をしているが、尻尾はフサフサしている。毛が白いせいか、足についた傷に光はすぐ気が付いた。

「どうなさったんですか?」
 散歩から帰って来た光に風はそう問い掛けた。彼女は見慣れない動物を両手で抱えている。
「あら、可愛いわね。」
 海が手を出そうとすると、それは小さな唸り声を上げて牙を見せる。彼女は慌てて手を引っ込めた。
「ごめん海ちゃん。怪我をしてるみたいで脅えているんだ。」
「後ろ足から血が出ているようですわね。手当をして差し上げないと。」
「案外、可愛い顔してても危険な動物だったりして…。」
 からかうように海が言うと光は首をふるふると振った。
「そんな事ないよ。大人しいんだ。」
ね?と微笑みかけると、長い尾を微かに揺らした。
「では、私が治癒の魔法をおかけしましょか?」
 風の申し出に光が頷いてその生き物を腕から離そうとしたが、光の服にしがみついて離れない。よほど光の事が気に入ったらしい。
「駄目だよ。きちんと治さないと…。」
「お前達何を騒いでいる?」
 通りがかったクレフが、騒いでいる三人娘を見とがめて声掛けた。その隣にいたランティスもチラリとそちらを見て訝しげに目を細める。
「光…それはどうした?」
 ランティスの視線から、それが腕の中の動物であることに気付いた光は微笑みながらランティスとクレフの側に近づいた。
「湖の側で見つけたんだ。足に怪我をしていてから連れてきた。」
「…此処から出した方がいい…。」
「怪我をしてるのに、どうして意地悪を言うんだ?」
 悲しそうな顔で見つめられて、ランティスは言葉を失った。
「しかし、光…。」
「じゃあ、手当だけしたら、いたところに返すから。その間だけ!!」
 そう言うと、光はパタパタと走って行ってしまう。
「まさか、あれは…。」
 顔をしかめるクレフに、ランティスは頭を下げた。
「責任は俺がとる。」
 もう何を言っても聞かないだろうと、クレフは溜息をついた。



 光は噴水の側の椅子に腰掛けてから、腕の中の動物を膝に乗せる。今度は大人しく光の膝に抱かれた。「海ちゃんに噛みつきそうになったから、ランティスはああ言ったのかな。」
 困ったように、首を傾げる光をみると、それも首を傾げてみせた。
「足…手当しなくちゃね…。」
そう言って差し出した光の手を、まるで待っていたかのようにそれは噛みついた。
「痛っ!」
 驚いて、手を引いた光の膝から、それは地へと降りた。
 自分の牙に付いている光の血をペロリと舐めると、身震いをする。途端、その姿は小さな動物は、光の背丈を越える大きな魔獣と化した。舌なめずりをしながら近付いてくる魔獣に、光は息を飲む。その隙を見逃さず飛びかかってきた獣から身を交わす間もなく、光は顔を両手で覆って目を閉じた。
 しかし、衝撃はなく恐る恐る目を開けると、黒いマントが自分を覆っている。
「ランティス!?」
「怪我は無いか?」
 そう言うランティスの頬には、獣につけられたのか血が滲んでいた。
 魔獣は、前足に手傷を負いながらも低いうなり声を上げて、二人を見据えている。
 獣は背を向けていたランティスを狙って、再度飛びかかってきたが、剣師は返す刀でそれを切り捨てた。骨を引き裂く嫌な音が響き、獣は床に落ちる。
 暫くの間痙攣していた獣は、やがて煙のように消えていった。
「これは魔物だ。小さき者の姿を写して人を襲う隙を探す。」
 クレフの言葉に光ははっと顔を上げた。
「…ランティスは最初から気付いていたようだ。」
 光の瞳がランティスを見上げた。そして、自分を庇った時につけられた傷にそっと手を当てる。もう既に血は止まってはいたが、頬には赤い爪痕が残っている。
 光の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「ごめん。私が最初にランティスに言われた事を聞いていれば…。」
「これは、光のせいではない。俺の腕がまだ未熟だっただけだ。」
「でも…。私っ…。」
 涙でうまく言葉にならない彼女の思いの意味はランティスにはわかっていた。怪我をしている者を見捨てる事など出来ない優しい少女だという事を。
「お前は変わらなくてもいい。」
 ランティスは、少女の肩をそっと抱いた。
「変わる必要は無い。」
「でも…。」
 涙の止まらない少女をそのマントで包み込むと、ランティスは優しく囁いた。
「大切な者を守る為の、俺は剣師だ。」



〜fin



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