ACT.10侵攻


 尖った音がウミの耳を掠める。
目で追う事の出来ない動きで、男達が剣を翳して飛び掛かって来る。
 幾度となく悲鳴を上げてウミは身体を竦めた。両手で頭を抱えるようにして耳を塞ぐ。それでも聞こえ続ける。剣と剣。そして、魔法を発する声。罵倒する声に被って断末魔の悲鳴。
「…いや…。」
 幼い子供が嫌々をするように、ウミは首を左右に振って後ずさる。
「ウミ!私から離れるな…!」
 防御の魔法を張るクレフは、彼女の行動を制することに一瞬遅れをとった。振り返り、背後に庇っていたはずの少女を呼び、杖を持たない手を伸ばす。
 しかし、そこに彼女の姿は無い。
「…ウミ…!!」

  いや、どうして私がこんな目に遭わなければいけないの!?

 力の入らない脚が地面に崩れる。直ぐ側に赤黒く染まった男が転がっていた。震えた唇からは、悲鳴すら出ない。
 それでも、死体から逃れようとしたウミの足首を血塗れの腕が掴む。死んでいるとばかり思った男は血走った目を見開きウミに呪詛の言葉を投げつけた。
「帝国の雌犬が…!貴様等はそれでも…!!!」
「ウミちゃん…!」
 ザクリと鈍い音が肉を裂いた。
地面に手首を縫い止められた男から咆哮に似た悲鳴が上がる。返り血を浴びたヒカルが、両手と体重を掛けて剣を抑え込んでいるのが見えた。
「…ヒカル…?」
 幾筋もの傷を顔に残した幼い顔が、ウミを見て僅かに微笑んだ。
「離れちゃ、危ないよ…ウミちゃ…。」
 荒い息を紡ぐヒカルは躊躇い無くウミの手を掴み、引いた。手袋の上からでも液体がべったり付着している感触にウミは肌を泡立たせた。けれど、ヒカルは気にした様子もなくウミを立ち上がらせる。
 並び立つと、彼女の傷は腕や脚にもあることい気付いた。赤毛なので目立ちはしないが、髪が固まった見える部分も凝固した血なのだろう。
「ヒカル、血が…。」
「これくらい平気だよ。それよりウミちゃん…。」
 大丈夫と告げられる言葉を遮り、ウミはヒカルの腕を押し留める。
「怖くないの?こんなに血がついて、それに戦うなんて…。」
「私、牧場の娘だから動物を絞めるのは小さい頃からやってるんだ。だから血は平気なんだ、でも…。」
 ヒカルはくしゃりと泣きそうに顔を歪める。
「人を殺めるのは…始めてだから…。」
 そうして、ウミは始めてヒカルの身体が震えているのに気がついた。クレフやフウが必死に防壁を張り、プレセアや自分達を守っているのもわかった。
 男達が大きく剣が振り下ろす度、衝撃がフウの身体を貫くのだろう。彼女は必死で両足に力を込め両腕を前に突き出している。その腕や身体は今にも折れてしまいそうだ。
 クレフだとて、こんな足手まといが四人もいなければ、自由に動くことさえ出来れば難なく男達を撃退するに違いない。きっと彼は本来の十分の一の力でさえ、発揮する事が出来ずにいるはずだ。
 
 私は何をやっているの? 
 ヒカルもフウも同じなのに。
 (私だけ)なんて、それはただ怖くて逃げだしたいだけの、私だけの(言い訳)だ。

「きゃあ…!!」
 悲鳴を上げて、フウが場ぶ崩れ落ちる。消えた防壁を越えて男が呻り声を上げる。
「お前等など、必要ないんだ…!!!」
 届かない腕、届かない力。フウの肢体に食い込むだろう刃が落とされる。
 
言い訳なんかいらない、皆を助ける力が欲しい!!!

 ふわりとウミの髪が大きく揺れる。なんてこと、こんなに側にあったなんて。自分に寄り添うように、背中をそっと押してくれるように。

「水の龍…!」
 
 波打つ髪が押し出した力が、水飛沫となる。指先から生まれた波は居並ぶ男達を圧した。荒れ狂う水の龍が通り過ぎ、吹き飛ばされた身体が幹や地面に叩きつけられていくのが見える。
「ウミさん…!」
「ウミちゃん!」
 身体中の力がごっそりと抜けたウミがガクリと前に倒す。駆け寄ったクレフが寸でのところで腕に抱え込んだ。
「ウミ。」
「…えへへ、私出来たわよ。これでいいんでしょ?」
 強気なウミの台詞に、クレフは一瞬目を見開き、そして微笑むように細める。
「そうだな。立派なものだ。」
「凄いよウミちゃん。私の(炎の矢)よりも凄いみたい。」
 感心したように呟くヒカルにもへへっと微笑んでみせた。駆け寄ってくるフウの背後に、しぶとく立ち上がる男の姿を見つけ、ウミは身体を起こそうと藻掻く。
 樹の影に隠れて、魔法を遣り越したのだろう男が大きく弓を引き絞る。もう一度魔法をと思うのに、ウミの身体はピクリとも動かなかった。
「…フウ…後ろ、…!」
 叫んだ声が間に合うとは思えなかったけれど、フウに向かって居られた矢は全て切り捨てられていた。
「カイエンさ、…」
 驚愕で声を上擦らせたフウに、クレフの視線も向けられる。
カイエンの姿を一瞥すれば、彼の正体は知れた。膝を付き、帝国の導師に対し敬意を払う。
「貴公は…」
 問い掛けるクレフに、カイエンも返す。
「アナタ方を守るよう、主から申しつけられております。」
「フェリオ、が…。」
 息を飲むフウを筆頭に五人を庇うように、カイエンは短刀を構えた。思わぬ伏兵に、男達は浮き足だつ。何の力も無い小娘どもと言われて赴いたのかもしれない。簡単に、それこそ赤子の手を捻るが如く容易く殺せると。
 ウミは思う。
 確かにそうだ。たった今まで、自分が男達をなぎ倒す魔法を持っていたなんて思ってもいなかった。
 けれど、負傷して尚剣を構える男が声を張る。
「ファーレンの者が何故我等の邪魔をする!その女達は帝国に味方する、裏切り者ではないか!」
「貴様等こそ、オートザムの者であろう。何故、城中に入り込めた!!」
 クレフの一喝に、彼等の意気が目に見えて消沈していくのがわかった。簡単に殺せると思ったからこそ、彼等は姿を見せたのだろう。
 オートザムに通じている裏切り者が城内にいるという事実は、帝国に知られるにはあまりにも不利な情報だ。
 しかし、全員を始末するには彼等の力は均衡を欠いている。
「隠したって無駄よ!その武器、私にはわかるわ!!」
 プレセアの加勢を背に、生のあるものは誰かに背負われ骸はそのままに森の木々へと消えていった。

「オートザムの…。」
 震えるヒカルの声は、ウミの耳にだけ届いたようだった。


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