ACT.9伝説のエスクード


「エスクードを見に行くのね!!!創師として、絶対お供するわよ。」

 ウミ達を伴ったクレフが出掛けに声を掛けると、プレセアはさっさと店(?)を畳んでしまった。今、正に修理を頼みに来た兵士達が不満の声を上げようとも、彼女は意に介する事は無い。それでも、兵士達が諦めてしまうのは、彼女の実力に並ぶ者とてなく代役の効かない人材なのだろう。
 
 クレフの転移術を使って降り立った場所は、鬱蒼とした木々に囲まれた場所。深い森だと言われれば、それなりに信じてしまいそうなところだった。
 ウミはクレフの背中を見つめながら、彼の後を追う。その後に、プレセアとヒカル、そしてフウの順に歩いていく。
 プレセアの鼻歌と、どうしてもスキップしているような彼女の足取りに苦笑する。
 そんな道行きを暫く歩いていると、ウミはあることに気付き首を傾げた。樹の根が張り巡らされた平坦とも言えない道を、彼は苦もなく進んでいくのだ。
「ねぇ、クレフ。」
 ウミは小走りで近付くと、クレフの長い法衣を指先で摘んだ。
端正な顔が振り向けば、妙にドギマギする自分を制してウミは疑問を口にする。
「貴方、一度来たことがあるの?」
「いや、無いが。」
「じゃあ、どうして障害物がわかるのよ。貴方、わかってて進んでいるようにしか見えないわ。」
 ウミの質問に、クレフはふっと笑みを浮かべた。
「森の木々が教えてくれるのだ。」
「何言ってるの? 樹がお喋りするはずがないじゃないの!?」
 結構真面目な気分で聞いたのに、どうしてはぐらかす様な事を言うのだ。と、ウミはクレフに喰って掛かる。
「お前には聞こえないのか?」
「聞こえないわよ!馬鹿にしてる訳?」
 丁々発止のやり取りに、後ろからハラハラしながら見つめるフウとヒカルを余所に、プレセアはあらと笑う。
「導師はとても楽しそうね。」
「あれが!?」
「あの喧嘩腰での会話が楽しそうですの?」
 絶句するふたりに、プレセアはクスクスと笑い出す。
「だって、あの導師が相手をしてるじゃない。気難しい事では、都で1、2を争うって言われてる方だわ。」
 ふうんと、感心した様子で頷いたヒカルは、そうそうとプレセアに問い掛ける。
「エスクードって何?」
 ヒカルが小声で聞いてくる。フウが苦笑いをしたのは、此処へ向かう前にクレフセフィーロの歴史を絡めてレクチャーしていたからだった。
 エテルナの泉という、伝説の場所へ向かう事でワクワクドキドキの遠足気分だったヒカルは、お勉強の類を全て右から左に流してしまったらしい。
「伝説の地、エテルナの泉に刺さる三振りの剣。その剣はエスクードという素材で出来ているそうですわ。心を力とする国に相応しい、心によって強弱を左右される剣だそうです。心が強ければ、無限の力を持つ剣になるとクレフさんは仰いました。」
 クレフの言葉を一言一句間違える事無く告げるフウに、ヒカルは感嘆の息をもらした。
「スゴイやフウちゃん!」
「プレセアさんだってご存知ですわ。」
 ヒカルの盛大な賞賛に頬を染めたフウが話しを振ると、プレセアは腕組みをしながら偉そうに頷いてみせた。
「創師と生まれたからには、死ぬまでに一度はお目に掛かりたいって思う伝説の素材よ。じゃなかったら、わざわざセフィーロくんだりまで来ないわよ〜〜。
帝都での仕事なんざ、ぜ〜んぶ投げ出して来ちゃったわ!」
 ほほほと豪快に笑うプレセアに、少々戸惑い気味のフウとヒカルは再び先を行くふたりに視線を戻した。
 
「ここのようだな。」

 クレフが右手に持っていた杖を前に翳すと、葉でもって覆い隠されていた場所から陽光が差し込んでくるように見えた。
 背後にいたウミも、目を瞬かせる。
「やっぱり魔法なの…?」
「違う。木々の精霊達が呼び入れてくれたようだ。」
 そうして、木陰から降り注ぐ光の中で瞼を落とすクレフに、ウミは瞳を奪われる。こんな形容詞を男性に使うべきなのかどうか、と後になっては想うのだけれど、息を飲むほどに、綺麗だったのだ。
 人とは思えない儚さをともなって、ウミの心をギュッと締め付ける。

なんなの、この気持ち…。

 ウミには自分の感情が理解出来なかった。此処まで生きてきて、感じた事のないもの。打ち寄せる波にも似たそれは、彼女の心をざわつかせる。
「此処の精霊達は、精霊の森と近しいものらしい。エメロード姫のお心が残っているのかもしれないな。」
 ふっと憂う表情を見せて、しかしクレフは険しい表情で背後を振り返った。
「…良からぬものまで、呼び込んでしまったらしいな。」
「え…?」
 クレフの態度が急変したことに驚いたウミの、背後から剣を構えた兵士が飛び出してくる。悲鳴を上げて身を竦ませるウミを庇うように、クレフは剣先に杖を突き出した。



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