ACT.7執念


「…で、貴方は誰なんだ?」
 ヒカルの素直な問いかけに、フェリオは茶を喉に詰まらせて大いに咳き込んだ。
テーブルを挟んで向かい合ったソファー。三人掛けのものに、ウミ達。斜め前に座っていたフェリオは身体をくの字にして咽せている。
「フェリオ様!!」
 慌てた様子で従者−カイエン−は彼の背中をさすり、ヒカルを睨み付けた。
 その疑問はウミも感じていたもの。勿論、フウもそうだったのだが、聞くに聞けない妙な雰囲気があった。
 上等な服の上、彼自身どことなく洗練された部分も感じる。物腰というのか、一般庶民ではないと感じさせる。
 それに、かなり厳重な警備は、殆ど軟禁に近いのではないだろうか?当然だが、犯罪者の類でないことは、部屋を見れば一目でわかった。
 ただ、ヒカルの問いかけが率直なだけだ。
 それでも悪い事を聞いたのだろうかとシュンとなったヒカルを庇う為に、ウミはヒカルの前に身を乗り出し、言葉を続ける。
「な、なによ。衣装とか、この茶器とか…ファーレンのモノみたいだけど、貴方の顔立ちはあの国のものじゃあないんだもの、
 ちょっと聞きたくなっただけよ。ねえ、ヒカル。」
 ヒカルの顔を伺い、ウミはカイエンの顔を睨み付ける。
 不気味なお面姿も威圧的だが、つり上がった切れ長の瞳で、鋭く睨み付けられるのも充分に心臓に悪い。
 そして、カイエンは正にファーレン国の人間特有の顔立だった。
すっとした面差し。黒髪と黒い瞳。それに比べて、フェリオは金色の瞳で翠の髪、明らかに違う。
「お前達は本当に面白いな。」
 納まった咳だったが、涙を溜めた瞳を細めてフェリオは笑った。
「…私、いけない事を聞いたのか?」
 ヒカルは眉を顰めてそう尋ねた。どんな理由があるにしろ、人間誰しも聞いて欲しくない事はあるものだ。それが他人にとって些細な事であったとしても。
「確かに、答え辛いのは本当だ。」
 未だにくくっと笑いを堪えるフェリオに、カイエンが『フェリオ様』と声を上げる。その勢いで、彼はウミを一喝した。
「いきなり失礼だと思わないのか!お前等!」
「何よ!ちょっと聞いただけじゃない!」
 啀み合う二人をウミはフウが、カイエンはフェリオが慌てて引き剥がした。そして、フェリオはしょんぼりしているヒカルの頭をそっと撫でる。
「…俺の事を知れば、お前達に迷惑が掛かるんだ。此処でこうして話す事すら、危険なのかもしれない。
 だから、言わない。すまないな。」 
 寂しそうに微笑む表情に、ヒカルの顔はますます曇った。
「私達が迷惑を掛けたのか?」
 ふるりと頭を左右に振って、フェリオはヒカルの言葉を否定した。にこりと微笑んで、殺風景な部屋を見回す。
「お前達が来てくれて嬉しいよ。久しぶりに楽しい気分になれた。」
「なら、また来る。いいでしょ?ウミちゃん、フウちゃん。」
 パアと笑顔に変わったヒカルに、フウは小首を傾げ、ウミは額を抑えて溜息を吐いた。
「ヒカルも物好きね…。」
「そんなこと…あれ、誰か来る?」
 窓から見える庭に数人の衛兵が近付いてくるのが見えた。ハッとフェリオとカイエンの表情が変わる。目配せをするやいなや、テーブルの上に置かれていた茶器はすべて取り払われていた。
 厳しい眼差しになるフェリオに、フウはあの…と声を掛けた。振り返ると、何事も内容に笑う。
「残念ながら、今日のお茶会は此処までらしい。」
 優雅にフウの手を取り甲に口付を落とすと、彼はそのまま扉へと向かう。
 あっけに取られたウミとヒカルそして真っ赤になったフウを、カイエンは奥の部屋へと押し込んだ。閉じられた扉から覗けはしても、兵士達の会話は聞き取れない。
 けれど、兵士達は丁寧な仕草でフェリオをこの部屋から連れ出したようだった。カイエンは深々と頭を下げて、それを見送る。
「どういうこと…?」
「さあ。」
 ヒカルとウミが顔を見合わせていれば、ふいに扉が開く。難しい表情のカイエンが
出て行けと即した。正面の扉ではなく、裏口とも呼べる扉を顎で示す。
「兵士どもに見つかるなよ、面倒なことになるからな。」
 自分達に対する心配ではなく、主君に不要な嫌疑をかけさせない為の心くばりだとウミにはわかった。彼にとって非常に不利な場所にいるのだろう。
 我が身に重ねてウミは眉を顰める。
「ねえ…誰に呼ばれてるの…?」
 ギリと唇を噛みしめて、カイエンは俯いた。
「………セフィーロに対する執念のようなものに、だ。」
 それがどんな答えになっていたのか、ウミには理解することは出来なかった。


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