ACT.6ランティス


 セフィーロ城の庭園を、クレフはバタバタと走っていた。長い杖に、足が絡め取られそうなローブ。オマケに纏って居る装飾品も重く、脚を上げ降ろす度に、ゆさゆさと揺れた。
 額に汗すら滲んでくる。
 けれど、その苦行の甲斐もあり、クレフは目当ての人物を見つける事が出来た。
 黒馬に跨ったランティス殿下。
慌てた様子で、従者達が彼を宥めている。
「お一人で遠出など、危のうございますから。」
「是非、誰ぞ供を…!」
 口々に諫める言葉を発していたが、ランティスは唇を固く閉ざしたまま、手綱を城外へと続く扉へと向ける。
 意を決して、その手綱を掴んで押し留めようとした従者に向け黒馬は、大きく前脚を振り上げて威嚇した。
 主も激しければ、馬もまた気性が荒いらしい。
どうにも、ランティスを押し留める事が不可能だと判断した従者は、ハとクレフを振り返った。
 早足で近付き、懇願する。
「殿下がおひとりで城外へいらっしゃると申されて、どうか導師様からもお諫めの言葉をお願い致します。
おひとりでなどお出ししたら、陛下にどれほどのお怒りを買う事か。」
「兄上は俺の事など気にしない。」
 ランティスは落ち尽きなく脚踏みをする馬を諫めてから、そう告げる。
「そんな事ございません。
それに、城の外などどんな反逆者がいるかわかったものではないのですよ。どうか…!」
 己のどんな言葉も聞き入れては貰えないと悟った従者は、クレフに必死に懇願してきた。
「わかった、殿下とお話してみる。お前達は下がっていろ。」
 困り果てた従者の様子に同情したのもあるが、そもそも、クレフはランティスに伺いたい事があり彼を捜していたのだ。
 ランティスを囲んでいた者が下がると、クレフは彼の側に寄った。
「殿下、お尋ねしたい事がございます。」
 歩み寄ったクレフを一瞥すると、ランティスはそれまでの横暴な態度を引っ込め馬を下りる。
 それでもランティスとクレフは体格の差がかなりのものだったけれど、まるで跪きでもしそうな勢いで、ランティスもクレフに近付いた。
 頭を下げそうになるランティスには苦笑し、クレフはそれを押し留める。
「貴殿が私の弟子だったのは、遠い昔の事。もうお忘れ下さい。」
「それでも、俺が弟子だったのは事実だ。」
 短く言葉を切ると、ランティスはクレフに敬意を払うように頭を下げる。
「セフィーロに赴く事がなければ、きっと貴方は最高位の魔法騎士となられただろうに、そこだけは残念です。
 素晴らしい素質をお持ちでした。」
 苦笑するクレフに、ランティスは無表情だった。
「人質として他国に送られるのは王族の定。後悔などしたこともなかった…今までは…。」
「…殿下…。」
 苦い声に眉を顰めたクレフに、ランティスは声を低くする。
「『魔法騎士』達に剣を持たせたのは、俺の判断です。彼女達は自らを守らねばならない。兄上に仕えるなど、ただの戯れに過ぎない。」
 この敵地と呼ぶに相応しい場所で、彼女達は生きていかなければならない。
「それで、プレセアに…しかし、貴方は剣の指導などなさってはいない。ただ、刃を持たせる事の方があってはならない事です。
 道具はその使い方を知って初めて活かされるもの。そして、彼女達がそれをどう使っていくのかも、道具を知らなければ決めかねる事ではありませんか?」
「導師クレフ。貴方は、彼女等を魔法騎士として導くおつもりか?」
 鋭く言葉を発し、ランティスはクレフの話しを遮った。
憤りが彼の瞳いっぱいに満ちていた。
「あの、年端もいかない少女達に、そんな運命を背負わせるおつもりか?」
「…本意だとは言いかねる。」
 クレフは流石に首を横に振った。
「しかし、彼女達にしか出来ない事でもある。彼女達はそうすることでしか生き延びていく事すら危ういと…殿下、貴方もご存知のはずだ。」
 



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