ACT.4三つの国


 ラインまで到達した『歩兵』は『女王』になった。
 退けられていた白い『女王』は、再びザガートの手に戻る。黒の『王』はさしたる動きも取れずに、チェス盤の上を移動した。

「チェック。」

 クスリと笑い、ザガートはランティスを見遣った。無表情だと家臣から言われているが、ザガートにはそう思えない。
 今だとて、眉を寄せた表情は悔しさを滲ませている。
「相変わらずお前は、駆け引きのある勝負事には弱いな。」
 (正直すぎる)ザガートはそう付け加えて、ランティスの動きを待った。
芳しい状態でもない盤は、それまで以上にランティスの興味を引くこともなく、彼は「投了する」と呟いた。そして、ふっと息を吐く。
「俺は昔から兄上に勝てたことなどない。」
 戯れにと呼ばれ、執務室で兄と対峙してみたものの、最初から勝負は見えていたのだ。
「お前は分かり易い。思った事がすぐに顔に出る。」
 ザガートもまた興味を失ったように、手にした『女王』を無造作に机に置いた。斜めになった駒は床に転がる。
 しかし、視線だけを揺らし、ザガートは椅子の肘掛けに腕を置き頬杖を付いた。
「そうそう、お前の友人の…オートザムの皇子、イーグルと言ったか。彼ならば、もう少し楽しめるかもしれないな。」
「…兄上。」
 ランティスが顔を歪めたのは、兄の言葉に含みを感じたせいだった。セフィーロを囲む国は三つ。オートザム、チゼータ、ファーレン。
 それぞれセフィーロとは友好関係を保っていた小国。現時点では、どの国も静観という態度を崩してはいないが、此処を占拠している帝国に対し、いつ戦に発展するか知れたものではない。
 ザガートは口端を上げたが、言葉として出てきたのは全く別の事だった。
「『女王』も、ただ取替の効く駒にすぎないな。」
 磨き上げられた床に置き捨てられた白い駒は、ランティスの表情をいっそう険しくした。そのまま椅子を引き、駒を手に取った。
 美しい細工が施された白い駒に何を見ているのか、ランティスにでもわかる。そして、兄が取替の効くなどと本心では思っていないだろうと思った。
 それは、しかしランティスの願望で、変貌してしまった兄に戸惑っているだけなのかもしれない。
「兄上、俺は婚儀の礼には賛同はしなかった。だから、皆が噂している事を肯も否定も出来ない。
 真実、エメロード姫に何があったんだ。」
 真摯な表情で問うランティスに比べ、ザガートはクスリとただ微笑んだ。

「エメロード姫の死に私が関係していないはずがなかろう、そうだろう?ランティス。」

 緩い笑みを浮かべた兄にランティスはふるりと首を振った。
「それは事実だろう。けれど、真実ではない。俺はそう思う。」
 そう言い置いて、ランティスは駒を盤の真ん中に置く。コトリと静かだが硬質な音が響いた。
「チェスの相手も俺には無理だ。…導師にでもお願いしてくれ。」
 そうだな。特別に同意した風もなくザガートは頷いた。

「導師も魔法騎士のお守りで忙しいだろう。彼に暇つぶしはお願いしよう。きっと退屈だろうからな。」

 再び不審な表情になるランティスを見て、ザガートは嗤った。
 
 ◆ ◆ ◆

「どれでも好きな武器を持って行っていいわよ。」

 プレセアは、部屋の中に溢れるばかりに置かれた剣や槍、弓や見たことのない器具達を指し示した。
 すっかりと打ち解けた創師に理由を告げると、此処へ連れて来られたのだ。
「どれって言われても…。」
 ウミは困惑の表情でヒカルとフウを見る。武器の良し悪しなど理解出来ない上に、剣など扱った事もないのだ。おまけに、此処にある武器の量は半端無い。一師団で毎日取り替えたとして、一体何日持つのだろうか。
 ヒカルも部屋を見回して、首を横に振る。フウは小首を傾げてからこう尋ねた。
「私達は一応(魔法騎士)らしいので、それに合ったものとか如何でしょうか?」
「そうそう、それよ。何かないの?」
 プレセアはあっさりと「ないわよ」と告げた。
「えええ?無いの??」
 ヒカルの叫びに、プレセアはええと笑った。
「そもそも、私は帝国の人間だから(魔法騎士)オススメの武器なんて知らないわ。」
 ガクリと肩を落とす三人に、でもねと言葉を続けた。
「伝説の剣の話なら聞いたことがあるわ。
 城の奥に通称『エテルナの泉』っていう場所があるんですって。その中心に大きな岩があって三振りの剣が刺さっているそうよ。
 それが、(魔法騎士)と最初に呼ばれた人達が使った剣と言われているの。つまり、その剣を受け継いだものが、彼等の後継者、本物の(魔法騎士)になるらしいんだけど。」
「凄い!プレセアは物知りなんだね!」
 目を輝かせて感嘆の声を上げるヒカルに、やぁねぇとプレセアは笑った。
「導師クレフの受け売りに決まってるじゃないの。あの方の各国の伝説や伝承に精通していらっしゃるから…。
 でも伝説の剣よ、お話を伺った時から、創師として是非見たいと思っているのよ。」
 掌で頬を抑えてうっとりと目を閉じる。そういうものかしらと、ウミは応じた。
「で、どうしようウミちゃん。」
 結局、目の前になる壮大な数の武器をどう選別するかという問題は少しも解決してはいない。フウとも顔を見合わせ、ウミはプレセアに再度答えを問うた。
「…今の私達に扱える剣ってある?」
 クスリとプレセアは笑い、側にあった細身の剣を三人に渡す。
「これは全て練習用の剣。刃を潰してあるから切る事は出来ないものよ。」
 じゃあ怪我をしなくてすむわね。そう言ったウミに、プレセアは寂しそうに眉を寄せる。
「でも、貴方達はもうすぐ本物を手にするようになる。
 武器は人を殺める為と自分を守る為、その両方に使われるわ。どちらを選び取るのかも全て貴方達次第よ、魔法騎士さん達。」
 少女達を抱き寄せて、プレセアは彼女達をギュッと抱き締めた。 
「自分の想いを大切にしてね。」


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