ACT.3 創師


 スッと侍女のひとりが近付き(食事中失礼致します)と頭を下げる。三人の視線が彼女に向けば、笑みを浮かべない表情は人形のようでもあった。
「ランティス殿下より、伝言を承っております。
 魔法騎士の方々には申し訳ないが、所用の為こちらへ赴く事ができないとの事です。その代わり、創師様にご面会するよう仰いました。
この事は、導師クレフも承知でいらっしゃいます。」
 
「要するに、指導を放棄したって事ね。」
 顎に指先を当て、ウミは呻る。
 導師クレフはまだしも、ザガートの弟であるランティスからは指導らしい指導を受けてはいない。
 最初の顔合わせからウミは、クレフとは違った意味で彼の事を好きにはなれなかった。クレフに対しては嫌悪というよりも反発心が強いが、ランティスに対しては本当にザガートに似た容姿と、それ以上の得体の知れなさが彼女に不審を抱かせていた。
 何を考えているのかわからないという事は、良い事を考えも悪い事を考えていてもわからないという事だ。
 セフィーロの民である自分を、侵略者の弟が快く思っているなぞとウミは考える事は出来なかった。ただ、そうウミが告げるとヒカルは悲しそうな顔をするのだ。
『あの人は悪い人じゃないよ。』
 誰に対しても純粋で、人を信じ易い性格の彼女は敵国の人間に対しても偏見を持たないようだ。
 ウミは(恐らくフウもだろう)ヒカルが悲しそうな顔になるのを見ると、胸がギュッと締め付けられる気がする。酷く自分が悪い子のように思えてしまう。
 それと同時に、ヒカルの純粋な心に傷をつけるような事は嫌だとも思う。彼女が信じているように、世の中は善意で満ちあふれているなどとはウミには考えられない。
 この世界のあちこちに、悲しい事や苦しい事が大きな口を開けて待っているはずだ。
 私はそんなものに掴まりたくない。それ以上に、無防備に穴に落ちてしまうだろうヒカルに守ってあげなければ、とそう思うのだ。

「やっぱり、嫌われてるのかなぁ。」
 ポツンと呟くヒカルに、ウミはわざと笑って見せた。
「いいじゃないの、修業をサボれるんだから。私は大歓迎だわ!」
 万歳をしてみせるウミにフウがクスクスと笑う。
「では食事を済ませて、(創師様)のところへ行ってみましょう。私達に何かご用事なんでしょうか?」
「創師って言えば、武器や防具を作る人の事だから、私達に作ってくれるのかな?」
 フウの上手な切り返しに、ヒカルはパッと表情を変える。
 なんと言っても城に召し抱えられている創師。庶民が目にするような安物を作る人物ではないだろう。
 興味津々のヒカルには申し訳ないなぁと思いつつ、ウミはヒラと手を振る。
「駄目駄目、あの人達はすっごく自尊心が高くてお眼鏡に適う人間にしか創作はしてくれないわ。せいぜい、武器を貸してくれる程度じゃないの?」
 え〜とヒカルが落胆の声を出す。フウは感心したように、ウミに頷いた。
「ウミさんて、本当にお詳しいですわね。」
「だから、うちの両親は貿易商なのよ。
 私、稼業の手伝いをしていたんですもの。その為に、セフィーロに引っ越してきたんだけど…なんかとんでもない事になっちゃったわ。」
 ハァと溜息をついたウミに、フウはウミさんと呼び掛けた。
「私お願いしたい事がありますの。よろしいでしょうか?」
 人に頼るというより、自分でテキパキと片付けてしまうだろうフウは遠慮がちにそう尋ねる。ご迷惑ではないかと伺うフウに、ウミは首を横に振った。
 友人の為にするのに、迷惑なはずがないじゃないかとウミは笑った。自分に出来る事なら喜んで、と常々思っているのだ。
 友人の、自分の大切な人の笑顔を疎ましく思う人間などいないのではないだろうか。
「何?」
「すみません、此処では。後ほど部屋の方でお願い致しますわ。」
 フウは苦笑を浮かべ、佇む侍女に目をやった。
 
 ◆ ◆ ◆

 侍女達は、城の地下にある扉の前へと三人を連れて来たものの。そのまま姿を消してしまった。
 目的もわからぬまま、放置されてしまいウミは(入ってみましょう)と提案する。
このまま突っ立っていでも仕方ないし、行けと言われたのだから行けばいいはずだ!
 この城で見たどんな扉よりも不可思議な形をしている。蝶番の下には鍵穴らしきものが設えてあった。
「でも、いいのかなぁ?」
 ヒカルがゆっくりと蝶番を押せば扉にはすんなりと開く。鍵穴は作り物なのか、それとも自分達を招き入れる為に開けてあるのだとウミは主張した。それを受けて、隙間を覗い眉を寄せていたヒカルも、身体が入る程度に扉を広げる。
「お邪魔します〜。」
 やはり気が引けるのか、一言添えた。以外に興味津々らしいフウがキョロキョロとあちこち眺めている。
「さ、行くわよ!」
 ウミが鬨の声を上げて、踏み込みとふたりが後に続いた。扉の下には階段があり更に奥へと続いている。扉と同じ幅の階段を降りていけば、突き当たりには扉があった。
 ウミは躊躇う事無くそれを開く。
 比較的広い部屋の中はウミにはわからない物で溢れかえっていた。要するに汚い。
 中心に置かれている重厚そうな机(殆ど見えない)の横にある重厚な椅子に座った美女がこちらを向いたところだった。色の長い髪を後頭部で結え、整ったプロポーションは比較的露出の多い着こなしで、いっそう目を引く出で立ちだ。
 創師とやらの世話役だろうかとウミは思う。三人の姿に目に留めた美女は輝くような笑みを浮かべる。
「やあっと来てくれたのね。」
 金髪美女は歌う様に告げて、両手で顔を包み幸せそうに微笑む。そうして立ち上がると爪先で綺麗にポーズを決め、優雅な仕草で部屋へと案内してくれた。
「掃除用具はあっちで、炊事場はこっちよ。全く待たせてくれるじゃないの〜」
 ええええ?と三人が疑問符を浮かべている間に、それぞれに箒や雑巾や洗濯ものが手渡されていく。
「これで仕事に専念出来るってもんよね〜。」
「ちょっと待ってよ、私達お手伝いに来たんじゃ…」
 抗議の言葉を口にしようとしたウミにフウが小首を傾げた。
「お手伝いではないと言われた訳ではありませんわ。ひょっとしたら、こちらの部屋を掃除する為に呼ばれたのかもしれませんわよ?」
「ええ!?」
 と叫び声を上げたものの、ウミの脳裏には意地の悪そうな導師の顔が浮かぶ。
 魔法の修業が上手くいかないのなら、此処で修業しろ。想像の導師は、ウミに向かってそう告げた。
「冗談じゃないわよ!!!城に無理矢理連れてこられた上に、家事手伝いなんて!!!!」
 ウミは勢いのままに、彼女を宥めるヒカルとフウを振り切り、拳を振り上げて美女に向かって叫んだ。
「え?違うの?」
 あからさまに不満そうな表情で美女はウミを見据えた。
「だったら、大陸最高位の創師プレセアと呼ばれている私に何の用なのよ。」
「知らないわよ!私達は(魔法騎士)として、此処へ行くように言われたんだもの!!」
 ウミと美女は同時に叫び、同時に沈黙し、もう一度同時に叫んだ。

「えええ!!!貴方が創師!?」
「こんな子供が魔法騎士!?」

 そして同時に絶句する。


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