ACT.2 新たな絆


 城内へと続く門まで付き添った侍女はそこで三人を見送った。其処からは別の者が待ち、外での修業で汚れた手を拭くようにと手拭を差し出す。
「至れり尽くせりね。」
 布を受け取り、ウミは呟いた。
 手にふんわりとした布地はとても上質なもので、自分達の待遇を受けている事はわかる。けれど、こうして傅かれ、いちいち世話をされるのは慣れない。
 その上、行動を操られている感はある。
 さっきの呟きも、そんな気持ちが皮肉となって出たものだ。
「監視も兼ねていらっしゃるのでしょうね。」
 亜麻色の髪がウミの頬を擽った。肩にかからない長さの巻き髪がふんわりと揺れている。そうして、フウの翡翠色の瞳がウミを覗きこんだ。
 彼女は愛らしい顔立ちはしていたが、常に冷静に周囲を観察し状況を見ている。時に感情で突っ走りそうになるウミやヒカルに適切な助言をくれるのはフウの役割。
 その、フウが声を潜める。
「父に伺ったのですが、現状で城にお勤めの方々は、あの侍女の方々も含め都からお連れになった人間だそうですわ。
 古くからお城に仕えしていらっしゃった方の殆どが解雇されたそうです。」
「え、どうして…?」
 思わずヒカルが口にする。まん丸になった緋色の瞳がフウを凝視した。しかしその疑問にはふるりと首を横に振り、否の意志を伝えた。
「そこまでは、わかりませんわ。」
 眉を顰め、フウが答える。
「あの王様が考える事だもの、どうせろくでもない事に決まってるわ。」
 
 告げた途端に、ウミの脳裏に瞳が浮かぶ。真っ直ぐに自分を見つめた、導師クレフの澄んだ瞳。
 心に響く輝きを持った彼だとて、ザガート王に忠誠を誓った他国者に過ぎない。本当に何を考えているのか知れたものではないはずだ。

「そうよ。絶対、そう。」
 言い聞かせるように、もう一度呟く。
「でも、ザガート王は逆らった者達には容赦なかったけど、投降した兵士をひとりも殺さなかったんだ。
 そんなに悪い人じゃ…「甘いわよ、ヒカル」」
 ウミはヒカルの言葉をピシャリと遮った。ウミの勢いに、ヒカルも息を飲む。
「じゃあ、なんでエメロード姫は亡くなったの?それも、お二人の結婚式だったんでしょ?おかしいじゃない。」
 うん。ヒカルも呟く。
「…それは、大人達がザガート王に殺されたんだって噂してるのは、私も聞いた事があるけど。
 でも、ウミちゃんが言った事だってただの噂だって…。」
「皆が言ってる事よ。火のない所に煙が立つはずないし、やっぱり…むぐ。」
 にこりと微笑み、ウミの口をフウの掌が塞ぐ。その笑顔のまま、ヒカルには唇に人差し指を置いて見せた。
 うぐうぐと呻ってから、ウミはフウの手を慌てて引き剥がす。
「ちょ、フウ…!「ウミさん、滅多な事を仰るものではありません。此処はその本拠地みたいなものですから。」 
 にこりと微笑むフウの背後に、侍女達が控えているのが見えて、ウミは口を真一文字に引き延ばした。ヒカルも口に手を宛う。
「さ、食事だそうですので、参りましょう。」
「ええ、そうね。毒が入ってなきゃいいけど。」
 ウミの毒舌に、ヒカルが苦笑いを浮かべる。侍女達は、じゃれ合う様な会話をまるで無視して、食堂の一画に招き給仕を始めた。
 侍女を含め、そこには四人しかいない。まるで、他の人間から隔離されているようだとウミが言えば、その通りですわね。とフウが応じた。
 どうしても、声が潜まってしまうのは、少しばかり離れていたとしても、侍女がこちらへ視線を送りながら控えているからだ。
「きっと、私達が城の方々と接触して、情報を入手するのを防いでいらっしゃるのではないでしょうか?」
「味方なんて誰もいないって感じよね。」
「私はウミちゃんとフウちゃんを信じてるよ!」
 食事の手を止めて、ヒカルがそう声を張った。きょとんと見遣り、ウミとフウがクスクスと笑い出す。
「当たり前じゃない。私達此処でのたった三人の仲間だわ。」
「ええ。どんな事がありましても、私達は助け合っていかなければならないと思っております。」
 ぱあっと顔を輝かせたヒカルがウミとフウの手を取ると、頬を染めて微笑む。
「あのね、ウミちゃん、フウちゃん。
 こんな事があって、凄く大変で、これからどうなるかわからないけど、私、ふたりに会えて、こうして仲良くなれて本当に嬉しいんだ。」
 それだけは、ザガート王に感謝したい位なんだよ。
ヒカルが申し訳なさそうに呟くから、ウミもフウも周囲への気遣いなど忘れ声を立てて笑った。


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