※三人娘がセフィーロの住人設定・クレ海(オリキャラ有) 金の瞳 「カイエン。」 従者の名を呼び、しかし返答のない事にフェリオは首を傾げる。 常に付き従う彼の応えがないのが珍しかった。そうして、沸き上がってくる孤独感に息を吐く。 まだ馴染みのない部屋。 据え付けられた家具以外に自分の物など殆ど無い。私物が増えるということは長期間に渡り滞在するという事を意味するはずだ。それの無い自分は、ただ此処を通り過ぎていく旅人のようなものだろう。 旅人…? 苦い笑いが唇に乗った。そして、思考を止める。カイエンから未だに返事がないのは流石におかしい。 フェリオは深く背を預けていた長椅子から腰を上げる。そうすると向かい側に設えてある鏡面に自分の姿が映っていた。 飾り気の無い黒い上下の衣装。左胸を覆う様に材質の違う布を肩から回し太めのベルトで止めている。質素な姿も去ることながら、似ても似つかない、そう思う。 成人にはまだ及ばない顔立ちはそれでも、多少は彼女の輪郭を思わせるだろうか。男らしいとは言い難い容姿が気に入らず、放置したままだった鼻と頬に残る傷跡はなおも彼女から自分を引き離した。 翠色の髪も琥珀の瞳も全く似ていない、なのに…と思う自分にはふるりと首を横に振った。そうすると、耳元に付いた金のリングが揺れる。 だから何だというのだろう。彼女と、身罷られた方と血を分けている事実が変わる事などない。 「カイエン?」 気を取り直し、もう一度声を掛けてみる。しかし、やはり答えがなかった。 彼を捜そうと普段籠もっている部屋を出る。部屋の多い屋敷ではないが、少し覗いただけでは見つからない。 ひょっとして気晴らしにでも出掛けたのだろうか? 故郷を離れ、こんな所まで従ってくれた青年にフェリオは感謝している。心を開き、言葉を交わす相手など他には誰もいない。彼の姿がないのは困った事だけれど、自由にならない我が身を思えば、仕方ない事かもしれない。 しかし、外から喧騒の声が響き、自分の考え違いだと気付いた。急ぎ扉に向かう。警護の兵士と諍いを起こすような人物ではないが、相手がそう思っているとは限らない。 「どうした、騒がしいな。」 「…侵入者です。」 見れば、そう自分と歳も変わらないだろう三人の少女。 屋敷をぐるりと囲んでいる樹々の囲いの内側には、小さな庭園が設えてある。その花壇のど真ん中に少女達は座り込んでいた。潰された花々は気の毒だが、それなりに可愛らしい光景だ。 しかし、真ん中にいる娘を庇うように、他の二人は真剣な眼差しを向けてくる。 特にカイエンに酷い警戒心を抱いている様子だ。自分はまだしも、忍姿で顔に面をかぶっているカイエンの姿は見慣れないだろう。 実際、青年の素顔は涼しい面の良い男だが、それこそわかるはずもない。 「別に、入ろうと思って入った訳じゃないわよ!」 青い髪少女が噛みついてくるのには、一瞬面食らったが面白い娘だと笑みが浮かぶ。一呼吸おいて、頷いた。 「そうか。」 「申し訳ありません。私達本当に侵入するつもりはありませんでした。転移の術の制御に失敗して…。」 先の少女の対応に、気が咎めたのか亜麻色の髪の少女が言葉を足した。しかし、話す言葉が荒く、手は左足首を押さえている。 「痛めたのか?」 「着地の時に、少し…。」 素直に頷く少女は、痛そうに顔を歪める。途端に赤毛の少女が顔を歪めた。きっと、術に失敗したのは彼女なのだろう。 「お前達、治癒の魔法は…?」 「私達は修業を始めたばかりですので、まだ…。」 彼女の言葉に、フェリオは肩に巻いていた布を引き裂いて少女の足首と甲を固定してやる。驚いて見開いた瞳の色が、近しい彼女の色に似ていた。 「このまま冷やしておけば直ぐに治る。」 そして、周囲を見回す。まだ警護をしている兵士達は気付いていない様子だったが、じきに此処へ来るだろう。彼女達は術の失敗だけではなく、此処に侵入した罪に問われるかもしれない。 「早く行け、此処にはもう近寄るなよ。」 結界の隙間に案内するようカイエンに指示させ、彼女達を見送る。 久しぶりに人と会話を交わした気がして、それは純粋に嬉しい出来事としてフェリオは記憶した。けれど、この出来事は彼女達にとって不利益しか生まない。そのことは良くわかっている。 戻ってきた従者は、待っていたフェリオを見ると呆れた声を出した。姿は普通の従者に戻っている。これが忍びの奥義というらしい。 「彼女等は貴方を知らないのですね。」 「そんな事を言ったって、俺の顔を見知っているのは相当の年寄り位だろう。」 ハハと笑えば、カイエンは困った表情に変わった。そして、兵士が慌てた様子で走り世寄ってくる。 剣を構える様子に、フェリオは目を丸くして見せた。 「なんだ、俺は庭に出る事も駄目なのか?」 「そんな事を申し上げている訳ではありませんが…」 語尾を濁し、隊長格の兵士が申し訳なさそうに言葉を続ける。 「貴方の存在は諸刃の剣だと、主君より固く申しつけられておりますのでご無礼はお許しください。」 「わかってる。騒がせてすまなかったな。」 ニコリと笑い、扉に向かう。背に従うカイエンがフェリオに耳打ちをした。 「恐らくは、あの者達が(魔法騎士)の候補かと…。」 忌々しいと吐き捨てる青年に、フェリオは微かに笑みを浮かべた。 「あれが…姫の元に仕えていたのなら、花のようだったろうな。是非見てみたかった。」 自分の言葉にカイエンの表情が沈むのを見て、フェリオは彼の名を呼んだ。 「茶を入れてくれ。お前が入れてくれないと困るんだ。」 御意と一礼し、カイエンは主の後を追う。その後、扉は音も無く閉じられた。 そうして庭園は再び静寂に包まれる。 next ACT.1 伝説の始動 content |