※三人娘がセフィーロの住人設定・クレ海


紫の瞳


 長旅を終えた。
 謁見室に向かう途中、酷く田舎に来たとつくづくとクレフは想う。
こうして、城内から見渡す景色は素晴らしい。元よりセフィーロ皇国は風光明媚な土地として知られている。気候も穏やかで、滅多と悪天候になる事はないと書物で読んだ。けれど、この大陸で一番華やかな都で暮らしていたクレフには、ただの田舎街だ。旅の途中でも不自由な事も多々あり、少々うんざりする。
 それでも、此処が暫くの間、生活の拠点となる場所なのだと、クレフは思考を振り払った。
 
「導師クレフ、こちらでございます。」

 侍従が大きな扉を差し示す。此処に君主がいらっしゃるのだなと、クレフは失礼のないよう我が身なりを確認した。
 魔術を使う者として欠かせない杖は少々汚れている。奉じた玉の輝きも鈍い。これは、後で創師にでも見て貰わねばならないだろう。幾重にも魔法具を重ねた着衣は、旅の間着用していた軽装から、正式なものへと着替えてある。
 白い衣装は、主にお目通りするのに欠かせない正装だ。裾まで隠れた長い法衣と、剣士ほどではないが、装飾された纏が肩から床に下がっている。
 磨き上げられたとは言い難い床に垂れ、汚れてしまいそうでクレフは眉を顰めた。
先まで戦役に包まれていた国なのだ、贅沢を言ってもしようがない。
 直ぐに謁見室に向かわない事を誤解したらしい侍従が、慌てた様子で扉を開いた。そんな事頼んではいないと、クレフの機嫌は悪化する。
 余り体格の良くない自分を思んばかったのだろうが、(扉が開けられないと思ったのだろう)それはそれでクレフの燗に障る。そこまで非力な訳ではないし、一般的な男性の身長よりも少々低い程度だ。剣士に比べて貧相な体格なのは、魔術師なのだからどうしようもないだろう。
 (余計な事を)クレフはそう思い、特に礼を告げるでもなく扉を越えた。硝子細工に映る己の銀髪が、彼の肩あたりを過ぎていく様をみつけて憤る。
 しかし、謁見室内部の冷えた空気で頭も冷えた。

「只今、到着致しました。」

 正面に向かい、二つ並んだ王座。本国に比べれば数段劣る装飾と、君主の横が空席になっている事実に、クレフは小さな息を吐いた。
 胸に手を充て、一礼すれば君主が笑うのが見える。絢爛な黒の鎧を身に纏い、存在感を見せつける王に、クレフは今一度礼を送った。
 
「ザガート王にはご機嫌はいかがでございますか?」
「最悪だ。」
 深い声が、しかし不機嫌に返される。薄紫の瞳が細められた。色だけならば、クレフは己と同じだと思う。けれど、今の君主の瞳は濃い影を落とす。
 ほんの僅か前までとても柔らかなものだった。クレフはそう思い、視線を王妃の座に滑らせた。
 僅かな期間に、目まぐるしく政局が変わった。この、セフィーロを統治していた姫君の死を持って。
 クレフは左右に控える兵士達に視線を送る。ピリと肌を刺す緊張感は、君主の機嫌が悪いというだけの事ではないのだろう。いつ、反逆者達が主を狙って現れるかと彼等は常に警戒している証拠だ。
「されば、内乱は未だ…。」
「この国は統治者を中心に結束の固い国だった。簡単に陥落するはずもなかろう。国中に、不満が渦巻いている。まるで悪意だけが私を歓迎しているようだ。」
 それでも、くくっとザガートは嗤った。
こんな笑みを浮かべる方では無かったと、クレフの表情もまた影を落とした。
「それは無礼な事です。」
「色々と策は講じた。お前を呼び寄せたのも、その為だ。」
 そう言うと、ザガートはクレフを来いと手で招いた。
「お前は、此処に伝わる(魔法騎士)の伝説を知っているか?」
「はい、存じております。魔法と剣の両方を操り、かつてセフィーロを救った英雄がその発端だそうですが、今は統治者を守る三人の戦士にその称号が与えられると聞き及んでおります。」
「流石、導師。ならば詳しい説明など入らぬ事だ。私はこの地に相応しい統治者として、自分の(魔法騎士)を持とうと思っている。」
 君主の言葉にクレフは眉を顰めた。(魔法騎士)と呼ばれた者達は、我が祖国との戦役で亡くなった聞いている。その事を問う前に、ザガートは側の兵士に、クレフが入って来たのと別の扉を開けるように命じた。

「この者達が、次ぎの魔法騎士候補だとエメロードが指名していた者だ。」

 ザガートに即され、彼等が歩み出る。クレフは思わず瞠目した。

 姿を見せたのは三人の少女。
 一人は紅い髪を背中で三つ編みにした幼子と言っても差し支えがなさそうな少女。
 もう一人は碧く腰まである髪を靡かせた少女。此方は先の者よりは年上に見える。きつい眼差しで、他の二人を背に守る様に一歩先へ進む。
 そして、肩に掛かる事のない亜麻色の髪を持つ、少女は行儀よく両手を揃え、しかし視線は真っ直ぐにこちらを見つめている。
 しかし、クレフには誰を見てもただの子供としか思えない。

「まさか、彼女達を(魔法騎士)に仕立てろとおっしゃいますか?」

 クレフの台詞に、蒼い髪の少女がムッとした表情を見せる。気の強そうな瞳で睨んだ。こんな跳ねっ返りをどうしろというのだ。クレフは内心溜息をついた。

「そのまさか…だ。エメロードが選んだ者を従えてこそ意味がある。戦士として実力のある者など、我が国では有り余っているが、此処では使えないのでな。」
 ザガートの言葉を黙って聞いているものの、彼女等の胸の内はどうなのだろうとクレフは少女達を見つめた。所謂、占領国の王を守る役目を負わされたのだ。
 ただでさえ、魔法は心の強さが要求される。彼女達が耐えられる様には、クレフには思えなかった。
「私の修業が半端ない事は、王もご存知のはず。敵わぬ時はいかがされるおつもりですか?」

 ザガートはふっと口端を上げる。

「三国との壁にもならないのなら、セフィーロを戦場とするだけだ。」


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