ハロウィーン協賛(OVA)クレ海&フェ風 繋いだ手を離すのが難しい訳じゃない 「ちょっと風、相談があるんだけど。」 肌寒さを感じるオープンカフェ。向かい合って座っていた海がいきなり身を乗り出すから、風は飲みかけの紅茶を一息に飲んでしまった。 喉を通る紅茶の熱さに咽せそうになり、唇を手で覆う。 「…一体どうなさったんですか?」 10月も終わりになろうという休日。風と海はセフィーロからの来客を待っていた。光は先にセフィーロへ遊びに行ってしまったので、ここにはいない。 「貴方が、お付き合いの先輩として聞くんだけどね。」 真っ直ぐに見つめられると、澄んだ碧眼の視線が強い。元々彼女は美人の顔立ちだが、特に瞳は逸品だった。 「クレフが何も無い空間に向かって話し掛けてるんだけど、フェリオもそう?あれって何なの?」 「ああ…」と曖昧な笑みを浮かべて、風は視線を逸らす。 余り触れたくはない話題だけれど、知らない振りをするのはよくないはずだ。スゥと息を吸い込み、風は己を落ち着かせてから海に向き直った。 「…セフィーロの方々…というか、魔力を持った方は、(幽霊)の類がお見えになるそうですわ。」 「幽霊…?」 海の、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を眺めながら、風は溜息を付いた。 「ええ。こちらで言うところの霊能力者という事です。」 風は怪談話は大の苦手だ。恐怖の感情は確かにあるけれど、実際は見えないものが存在しているという矛盾が本能的に受付ないようだった。 もはや理屈ではなく感情論。 なので、申し訳ないとは思ったけれど、フェリオには極力見ないふり知らないふりをお願いしている。それも、瞳に涙を溜めて、半ば切れ気味でのお願いだったはずだ。 けれど、目をパチパチッとさせてから、海はふうんと呟いた。 「私も霊感なんてないらしくて、生まれてこの方、見たことも聞こえた事もないわ。でも、そうよね、何にも見えないけど、クレフは確かに会話してたようだった。」 意外とあっさり受け入れてしまう海に、風は少々拍子抜けしてしまった。そうなんだと椅子に座り直し、海はケーキを口に運ぶ。特別に気にした様子もない彼女に、風は自分が神経質過ぎるのだろうかとも思い直す。 明らかに見えているものに対して、反応しないでくれというのは酷だったでしょうか…? 『別にいいぜ』と告げながら、フェリオの表情は微妙だった。海の反応を見るにつけ、風は申し訳ない事をお願いしたかとすっかり思案顔になっていた。 ◆ ◆ ◆ 風の願いが煩わしかった訳でない。 フェリオは表情の芳しくない彼女を前に、どう言うべきかと頭を捻った。 死者などあちこちにウヨウヨしている。纏わりつかれると流石に鬱陶しいけれど、積極的に係ってくる相手以外は基本無視してやるのが原則だ。通りすがりの人間にいちいち話し掛けたりしない事と、何処かにているのかもしれない。 けれど、行き来していて気付いた事だが、この世界は時々妙に霊達が増える時期がある。 それも、ひっそり系の奴らではなく、人恋しいというか懐っこいというか、目が合えばついてくるような輩が増えるのだ。これも近所付き合い(?)だと、そういう相手は無視せずに話を聞くようにしている。 ただ、風の目に見えないものが怖いという感覚も理解できるし、レイアースの人間は大概見えないのが普通で、自分が何もない空間に話し掛けているのだという事実を知って少々戸惑っただけの話なのだ。 フェリオはそれを頭の中で推敲し、短い言葉にまとめ上げる。 「俺がフウの願いを嫌がる訳ないだろう。」 ニコリと笑って返せば、風は申し訳ないような笑みを浮かべほっと息を吐いた。(要約しすぎだろうというツッコミは聞こえないふりだ) 「ありがとうございます。」 思慮深い彼女のやっと安心した笑顔の前に、フェリオもニコリと笑いかける。 フェリオとクレフがカフェで合流した後も、話の流れは自然と幽霊へと向かった。 大通りでは、ハロウィーンの仮装行列が始まっていたが、その為に店内に客の姿は疎ら、店員もイベントが終わった後の繁忙期を想定して、忙しく立ち働いている。 少し特殊な四人の会話に感心のないようで、注意を払う事なく会話を続けていた。 見えないという事実に、クレフはかなり驚いた様子を見せたが、感慨深げに首を巡らせた。 「…だが、今日はなかなかに多い。」 「そうなの?」 隣に座る海も同じように周囲を見回し、瞳を瞬かせる。それでも彼女の目には、お客の引いた少々閑散とした街並みがうつるのみなのだ。 「う〜ん、想像し難いわ。」 「どちらかと言えば、俺がお盆とやらに見た時の方が多い気がする。」 フェリオも視線だけを滑らせる。もう一度、海は行動を繰り返したけれど、結果は同じだ。 「私達をからかってる訳じゃないわよね?」 腕組みをして正面に座るフェリオを睨み付ければ、両手を前に突き出して振って見せる。 「待て待て、それで俺に何の得があるんだよ。」 「だって見えないんだから、信じられないわよ。」 黙って会話を聞いていた風が、そうですわと声を上げた。 「お盆も、ハロウィーンも、基本的には亡くなった家族や友人達を偲ぶお祭りですわ。だから、きっと大勢歩いていらっしゃるのではないでしょうか?」 霊達の帰省ラッシュ…? 奇妙な単語が海の脳裏を掠め、笑顔が歪む。新幹線にギュウギュウ詰めに乗り込む幽霊達や、車で渋滞に捕まる幽霊達の様子を想像して綺麗な眉も歪んだ。 頭が痛いような気もして、こめかみを軽く抑えた。 「そうでなかったとしても、ジャックランタンですわ。 彼は生前に酷く悪い事とをして天国にも地獄にも行けなくなってこの世を彷徨っていらしゃるというお話ではありませんか?」 「急になんなの?」 海が首を捻れば、ああとクレフが頷いた。 「行くべき場所へ行けない者達や戻って来ている者が多い日という意味なのだな。それなら納得がいく。」 クレフが大きく頷く様子に、海の好奇心がムクムクッと沸いた。 「ねぇ、クレフ。本当に、そんなに、多いの?」 クレフとフェリオは顔を見合わせてから頷いた。と同時に、ドン引きをした風をフェリオが宥め始める。それを見遣って、クレフは口を開いた。 「私がこれほど大勢の者達がいるのを見たのは、戦火の後以来だ。」 彼の中に、瞳の奥に揺らぐ後悔を見つけて、海は眉を落とす。 ここは、こんなに平和でも。彼等は故郷で戦っている人間なのだ。 悲惨な光景など、画面でしか見たことなどない。現実として向き合っているクレフは、それを目の前に何を考え思っているのだろう。 「ごめんなさい。私悪い事を聞いた…?」 海の瞳が曇った事に、クレフもすぐに気が付いた。 自分の事でもないだろうに、心を砕いてくれる心優しい少女に、クレフはいつも癒されているのだと感じる。 多くの民達が命を落とした場所。そこで見る光景は、此処の比ではなかった。惨たらしい凄惨な光景は、しかしクレフにとっては生きている場所そのものだった。 いつか自分もその列に加わる日が来る。覚悟は随分と前から出来てはいたけれど、出来うる限りこの世に止まりたいと願う心が生まれたのも確かだった。 生みだした少女は、目の前にいる。 酷く心配そうなウミに平気だと告げる言い訳も確かにはあったが、クレフは違う事を思いつく。 「では、魔力を分けてやるからお前達も見て見るがいい。」 なんてことはない、と提案するクレフに風と海は目を剥いた。 「無理、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理…。」 左右に素早く首を振る海に、クレフは驚いた表情をみせた。そして、クスリと笑う。 「魂など普通にあるものだ、そんな怖いものではない。」 「でも、私まだ死んだ人間と逢った事なんてないわよ!」 両手で拳を握りしめ、力説する海に、クレフは笑う。 「お前も、私も肉体が滅んでしまえばただの魂に戻る。誰の中にもあるものだ。そんなに恐れてしまっては可哀想だろう? お前は、私は魂だけになってしまったら怖くてしかたないのか?」 「クレフに、そんな事思う訳ないでしょ!」 速攻の即答に、思わず笑みが零れた。 彼女は、その勢いのままにやると言ってくれるに違いない。もし駄目だったとしても、フウがやると言ってくれれば友達思いのウミの事、一緒にすることだろう。 フウと手が繋げるとわかればフェリオが黙っているはずはないから、確率としてはこちらが高いかもしれない。 そうして、悪戯じみたことを思いつく自分に、クレフは苦笑したくなった。 海の存在は、己の定石を常に壊す。けれど、それが酷く嬉しく感じるのだから困ったものだ。 「さあ。」 告げて微笑み掛ければ、海はモゴモゴと口を動かしてから自らの手を差し出した。そうして彼女の細い指先絡めとる。 こんな事をしなくても、正直に手を握りたいと告げればいいものを。 思い通りにならない欲望と行動は、導師と呼ばれ律してきた自分自身とはまるでかけ離れているようにも思えるが、間違いない自分自身の願いだ。 「お手柔らかに頼むわよ。」 きゅっと唇を引き締め、頬を赤くしながら見上げる碧眼に、それは自分の台詞だとクレフはただ微笑んだ。 ◆ ◆ ◆ どうしてこんな事にと思いつつ、海は隣りを見る。 自分と同じように手を繋ぎあったフェリオと風の姿がある。風は最後まで反対していたものの、クレフの(何事も経験)という言葉に説き伏せられた形で承諾していた。それでも、何かしら思うところがあった様子は親友として感じる部分もある。 推測だが、フェリオと同じものを見てみたいという気持ちがきっと彼女にもあったのだろう。あからさまに、嫌そうな表情なのに踏ん張っているのが証拠だ。眉間に深い皺を寄せた親友に苦笑してから、海はそっとクレフの顔を覗き込む。 ふんわりと前髪が覆う瞼を落とした顔。淡い色の睫毛が長いことに、海は感心する。 クレフって本当に綺麗な顔立ちしてるんだわ。 精悍という言葉が似合うとは決して思わない。どちらかといえば柔らかい優しい顔立ちをしてる。けれど、真剣になった時の瞳はその趣を一変させるのだ。 こうして洋装を纏っていても、セフィーロでの導師である服装がやはり一番似合うと海は思う。あの馬鹿でかい杖もクレフのトレードマークのようなものだ。 「こら。」 瞼を落としているにもかかわらず掛けられた声に、海はドキリと心臓を鳴らした。 「集中しろ、ウミ。」 生徒を叱る先生のようだと舌を出し、けれど海も瞼を落とす。今度は繋ぎあった指先に視線が集中して妙に気恥ずかしくなった。 それでも、暫く我慢していれば温いお湯の中に浸かっているような、不思議な感覚が肌を覆っていく。身体がじわりと温かくなり、気持ち良い。まるで、ふわりと身体が浮いていくような感じがした。 「クレ、フ…。」 零れるように名を呼べば、くすぐったいほどに顔が近付いた。 「そんな声で呼ぶな、ウミ。」 囁かれる声すら心地よくて、海はゆうるりと微笑む。 夢見心地とは、こんな状態を表現しているんじゃないかしら。ふわふわとした思考は酷く纏まりがなくて、宙を浮いていた。 ◆ ◆ ◆ 頭の上に疑問符を数個浮かべた状態で、フェリオは眉間に皺を寄せていた。両手に乗せた風の掌を包む親指の力が、強くなったり弱くなったりしている。 「あの、ご無理をなさらないでくださいね。私も特に拝見したい訳ではありませんので…。」 ううむ。と呻って、フェリオは片目だけ引き上げる。 「悪い、色々と集中出来なくて…上手く出来ない。」 手の甲を悪戯に滑っていく指先に、風は頬を赤らめた。本当は目を開けたいのだが、何か見えればそれはそれで怖く、頬だけを膨らませる。 「悪戯をなさっていたんですか…私、真剣にやって…!」 「違う、違う真剣にはやってたんだって、でも難しく…わ、こら、本当なんだってば…!」 軽く拳を握って、フェリオの胸元をぽかぽかと叩いた。 「もう、知りません!」 あ〜相変わらず仲が良いんだから、あのふたり。 声を聞いているだけで、ふたりの楽しそうな様子は手に取るようだ。ああいうじゃれ合いは殆どしたことは無い。それはきっと年令によるものなのだろう。 「何やってるのだ…。」 溜息と共に、クレフの声が聞こえた。 身じろぐ様子は、少しばかりの寂しさを呼ぶ。広がっていた暖かさが、ゆっくりと冷えていくのを感じた。 「ウミ。もういいぞ。」 耳元で囁かれドキリとした瞬間に、別の事を思い出す。 ちょっと待って、これで目を開けたらお化けさんとご対面なのよね!? 重なっていた指先が離れていくのも、海の焦りを上昇させる。がっしりと掌を掴み直し、慌てて声を張った。 「待っ、お願い、手はこのままで…!」 切羽詰まった海の声は、余程クレフを驚かせたのだろう。握っている指先に、ギュッと力が籠もる。 「どうしたのだ、ウミ。」 それでも、彼の声は落ち着き払ったもの。自分だけが焦っているみたいで頬が赤くなるのを感じた。 「あの、だからね。目を開けていきなりいたら、怖いでしょ!」 語尾はかなり拗ねた声になってて、クレフがクスリと笑うのがわかる。 「もう、今笑った…。」 「いや、可愛らしいと思っただけだ。」 クスクスと笑う様子に、どうなんだかと海は毒づく。 自分ばかりが子供で、いつでもクレフは大人の対応で…それが狡いと思う。 「一応注意しておくが、彼等とあまり目を合わせてはならん。 見えるとわかればお前にちょっかいをかけてくるかもしれない。何度も言うが、可視である時間は私の魔力が消えるまでだ。一生見えている訳ではないから安心してくれ。」 「うん、わかった。風も聞いてたわね。」 ええとか細い声が聞こえた。海は己を奮い立たせるように、ぐっとお腹に力を込めた瞬間、耳元で囁く声がした。 「それに私が一緒なら必ず守る。」 たとえ何が見えたって、クレフと一緒なら怖くない。ぎゅっと握れば、同じように握り返してくれる優しい指先。 「じゃあ、123で開けるわよ。1、2、…3!」 鼻息を荒くして、落ちそうになるほど目を見開く。一瞬眩しくて、でもすぐに目が慣れてくる。 そして、目の前には… 「普段通りね。」 「変わったものはありませんわ。」 先程と全く変わりようのない景色。 「…フェリオはともかく、私が失敗するとはな。」 解せないな、と首を傾げるクレフにフェリオが顔を歪める。 「おい、どういう意味だそりゃ。」 「まぁまぁ、フェリオ。私はこちらの方が安心致しましたわ。」 いつもと変わらぬ光景が繰り広げられるから、海は余程に脱力した。 「な〜んだ。失敗か。」 がちがちに入っていた肩の力が一気に抜けた。海は、嬉しいような、残念なような複雑な心境で隣りに立つ青年に視線を向けた。 右手で顎を弄りつつ首を傾げている。そして、左手は海と手を繋いだまま。 何も見えはしなかったのだ。もう離してもいいのだけれど、その一言が海には言えない。 繋いだ手を離すのが難しい訳じゃない。 海は心の中でそっと呟く。 絡める指先にそっと力を込めて、少しでも一緒にいたいのだという想いがせめて伝わるように。 「どうした、ウミ?」 視線に呼ばれて、クレフが微笑む。海も何でもないわと笑い返した。 ◆ ◆ ◆ セフィーロに戻るふたりを見送り、海はひらりとスカートを翻した。 「さて、光が戻ってくるのを待ちますか。」 「はい。」 ウインドウショッピングでもと歩き出した街は、やはりハロウィーンの飾りで溢れている。黄色いジャックランタンが揺れる街路樹に向かい、幼い少女が手を伸ばしていた。 赤い靴で爪先立ちをしているが、目指すものには手が届かないらしい。 行き交う人々はただ通り過ぎていくものだから、海の世話好きがむくむくと顔を出す。 「どうしたの?」 海が声を掛ければ、泣きそうに目を潤ませて指を差した。そこには、どうやってくっついたのか、掌ほどの熊のぬいぐるみがぶら下がっている。ふわふわとした毛並みの可愛い熊だが、目鼻の位置が少々不細工だ。 背中に金具が見えていて、どうやらキーホルダーになっているらしい。その先が枝に引っかかっている。 「あんな手の届かないところに、どうなさったの?」 風がしゃがみ込み、少女の肩に手を置いた。すんと鼻を鳴らして、彼女は俯く。 「お母さんに貰ったんだけど好きじゃなくって、いらないって放り投げたの…。 でも、お母さんが凄く悲しそうな顔して、私悪い事したんだってわかって、だから探したんだけど、取れなくて…。あったんだけど、取れなくて…。」 取れなくて、とぽたりと道路に落ちる涙に、海は熊のぬいぐるみを手取り渡した。 「じゃあ、もう投げちゃ駄目ね。」 差し出された熊に、少女が目を丸くする。そして大きく頷いた。小さな手で受け取り、胸元に抱き締める。 「良かった。」 心の底から安心したような声に、風と海も微笑む。そして、少女はおもむろに顔を上げて微笑んだ。 『ありがとう、おねえちゃん達。』 けれど、その声が消えていくのと同時に、少女の姿も空間に溶けていくように消えていった。 「え…!?」 はっと気付けば女の子に手渡したはずの、熊のぬいぐるみは気付けば再び手の中にある。 それも、片方の目は取れ、もうひとつの目も飛びしてボロボロの糸で辛うじてついている。ふわふわに見えた毛も薄汚れ、解れた手足の縫い目から内臓のように綿が飛び出していた。 「きゃっ…!!」 思わず、海は悲鳴を上げて手を引っ込めた。風は両手で唇を抑えて顔を青くする。 「まさか、先程の方は…。」 「幽霊…?」 顔を見合わせて、沈黙する。互いの瞳に、完全な戸惑いと恐怖を感じながら、ふたりはゆっくりと街並みに視線を戻した。 そこには、ふたりの危惧通り、普段見る事の出来ない世界が広がっていた。 好意的に表現するのなら、某U●Jのハロウィーンホラーナイトが入場無料で見れる状態。それも、スーパー・ホラー・エリアに限られているのはどうなのだ。此処がU●Jでない証拠に、落ち武者や着物姿もそれなりの数を揃え、ジャパニーズテイストも満天だ。 「ふ、風…。」 「う、海さん…。」 互いの両手をがっしりと握り逢って、道端に座り込む醜態を晒さずにすんだものの、腰が抜けそうな状態に変わりない。 確かに、フェリオやクレフが視線を彷徨わせていた訳だ。通常よりは多いなと確かふたりは会話していなかっただろうか。 「ど、どういたしましょう…。」 「どうするも、こうするも…魔力とかが切れない限りこのままって事でしょ…と、とにかく、視線を合わせちゃだ…。」 駄目と言うつもりの口が動かない。 彷徨う方々の一人だろうと思われる方がじいっと顔を覗き込んでいる。海と風の両方に、開いた瞳孔を向けた後、恐らくは笑みを作ったのだろう。削げた頬の肉を持ち上げる。 『わお…僕達が見えるんだね。』 容貌はともあれ、何処か陽気な幽霊は背後の仲間達に向かって大きく手を振った。 『この人達見えるみたいだよ!!助けてもらおうよ〜〜!!!』 手招きをするから、わらわらと寄ってくる。この世ならざる者達に囲まれ、海はヒイイと悲鳴を上げた。 落とし物が見つからないから成仏出来ないとか、もう一度あの人に会いたいとか、もっと楽しんでみたかったとか、口々に彷徨う理由を語り出す。 目に涙を浮かべながら風を抱き締めていた海だったが、自分勝手に喋り続ける方々に、イライラが募りだした。 プチンと軽い音が響いた後に、海は切れる。 「何言ってるのよ!!!私達が助けて欲しいくらいよ!!!!」 夕闇の街角に、彼女の罵声が遠く響いた。 ◆ ◆ ◆ 「そうか…。」 黙り込んでいたクレフが納得がいった様子でポンと掌を叩いた。フェリオは小首を傾げて彼を見下ろす。東京での失敗が気に入らず、ずっと考え事をしていたのだから、理由に行き当たったのだろうと察して声を掛けた。 「わかったのか?」 「分け与えた魔力は一度体内を循環してからでないと、効力を発揮しないのを思い出してな。」 こんな簡単な事例を忘れているとは、と呟く導師にフェリオは苦く笑う。 「…暢気な事を言ってるが、それなら、今頃見えだしているんじゃないのか?」 うむ。とひとつ頷く。 「そうだな。まあ、残念そうな様子だったから、きっと満足してくれているだろう。効力が切れれば見えなくなるだけの事だ。」 満足…? フェリオは貼り付いた笑みを浮かべたまま額に汗を流す。今度東京に行った時、俺は生きてセフィーロに帰れるんだろうか…。 「どうしたフェリオ、顔色が悪いぞ。」 幽霊など生まれた時から見えて当たり前、精霊や精獣に囲まれて暮らすクレフには確かにその程度の感想だろう。 けれど、それが海には決して当てはまらない事を、風に教育されているフェリオは知っている。後は溜息を付くしか無かった。 「浮世離れした導師ってのも考えもんだよな…。」 ◆ ◆ ◆ 「…で、これ?」 セフィーロから戻り、ふたりと合流した光は、すぐに異常な事態に気が付いた。風は頬に指先を当てて溜息をつく。 「フェリオは本当にお上手では無かったようなので、魔力も少なくてすぐに効果は切れてしまったのですが、海さんは…。」 「へ、へぇ…。」 思わず目が点の状態になっている光を尻目に、海は何も無い空間に向かって怒鳴り散らす。 「いい加減にして頂戴!!! 私はなんにも出来ないし、しないわよ!!ついて来ないで!!!」 金切声を上げ続ける海に、風と光は生暖かい視線を送る。まさにハロウィーンの醍醐味を彼女は堪能しているのだろう。 「海ちゃん、大変だ…。」 眉を困ったように下げた光の呟きが、今夜の彼女を的確に表現していた。 嗚呼、ロマンチックな事など考えず、さっさと手を離してしまえば良かった。全く馬鹿みたい。自分の乙女心が情けない。海は目尻に涙を浮かべつつ、固く拳を握った。きっと、今の自分なら昇竜拳が打てる気がする。KO勝ちだわ! 「クレフの、馬鹿…!!!!!」 けれど彼女の叫びは、遠いセフィーロには欠片も届く気配はないようだった。 お題配布:確かに恋だった content/ |