決闘


 クレフは、テーブルに置いた手袋に視線を移す。海は出されてお茶を一口飲み干すと返事を返した。
「ええ、あの厨房には、さまざまな調理道具が揃ってた。何なのかセフィーロの言葉がわからない私には知りようもないけど…。」

 でも、ひと目でわかったのだ。
 これは男性が自分の為に集めたものでは無いという事が。

 一緒に住んでいたであろう女性が、クレフのために買い揃え、彼の為にだけ腕を振るっていたのであろうという事が。
 こんなに色々揃えているのだ、きっと料理も上手だったのだろう。
 クレフの言うとおり、うっすらと埃を被っている品々は、彼女が今は、此処にいない事をしめしてはいた。
 でも、ここでクレフは愛する人で暮らしていた。その事実は揺るがない。

 花を胸に抱いたまま、立ち尽くす。
「…クレフは大人なんだもの…仕方ないわよね。」
 ぽつりと呟いてみたけれど、心のざわめきは収まらない。
 居間に戻りその事を聞いてみたいとも思った。
「あのね。クレフ…。」そう言い出してみたものの、言葉が続かない。その後は、すべてが空回りだった。
 あんなに綺麗だと思った花も、置き去りにして東京に帰ってしまった。

「あの後、フェリオから、貴方が昔恋人と住んでいたって聞いたの。それ以上聞こうとしたら、自分が話すべきことではないって言われたけど…。東京へ帰ってから私色々考えたんだ。」
「それで、しばらくはセフィーロには来ないと言っていたのか?」
 コクリと頷き、海は澄んだ瞳をクレフに向ける。
 深淵を映すような蒼い瞳は、彼女自身の歳を忘却させる。
「でもね。東京で私一人考えていたって何もわからないって事に気付くのに時間はかからなかった。」
 私の事は好きだというのなら、どうしてこんなものをそのままにしておくのだろう?所詮自分は彼にとってその程度の存在なのだろうか?
 それに、一体その女性とは、どうして別れてしまったのだろうか?彼女の事を今どう思っているのだろうか?

「でも私の気持ちはわかった…やっぱり、貴方が好きだわ。」
 先程自分の名を呼んだ時と同じ凛とした声が響く。
「私、負けたくないの。クレフの心の中にいるその人に。」
 クレフはテーブルの上の花に目をやる。
 …そう言えば、と思う。彼女もあの花が好きだと言っていた。もう随分思い出す事もなかった。あまりにも時間が経ってしまっていて、自分にとっては邪魔にもならない思い出になっていた。

「何とか言ってよ。クレフ。」
 そう言われて、クレフは自嘲の笑いを漏らす。
「クレフ…?」
「すまないウミ。」
「あやまるの…?」
 クレフの心にはまだ他の女性が住んでいると彼は言うのだろうかと、自分の居場所など無いと。ウミはギュッと手を握り締めた。
「私は、お前のことしか考えていなかった。」
 クレフの言葉に、ウミは目を見開いた。
「…こういう配慮に私は疎いらしい。お前に言われるまで気付きもしなかったよ。ウミ」
 そして、クレフは困ったように微笑んだ。
「彼女が、あの離宮を離れる時にここを片付けてくれと言っていた。何故かと問いかけた私に彼女は呆れたように微笑んで、しかし理由を告げなかったのは…つまりこういう事だったんだな。」
 クレフは、テーブルの上に置かれた手袋を、海の手を取りその上にのせた。そしてクレフの眼差しもしっかりと海を見つめる。
「クレフ?」
 頬を染めて、自分を見つめる少女に、クレフは微笑んだ。
「決闘など、必要ない。」

 決闘もなにも、考え無しでウミを離宮に連れてきてしまうほど、自分は彼女の事など忘れていたのだと…。

「彼女の思い出は、確かに私の中にある。しかし、今…私の心はお前に魅せられている。あの時も、ただ美しく咲く花をお前に見せたかっただけだ。」
 クレフの言葉を聞いた海は、一気にその頬を赤く染めた。
「あの、ありがとうクレフ。でも、これは持っていて欲しいの。」
 そう言うと、海は再度クレフの掌に手袋を置いた。
 不思議そうにそれを見つめて、何故と問うクレフに、海は悪戯な笑顔を見せてこう言った。

「今度の事で良くわかったの。私、結構嫉妬深いのかも…また必要になるかもしれないから置いておくわ。」


〜fin



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