スタスタと通い慣れた廊下を行く。
 海の蒼くて長い髪は、まるで凛々しい彼女のマントのように付き従っていた。
 そして彼女の脚は、天井まであろうかと言う大き豪華な扉の前で止まる。
 すぅっと大きく息を吸うと、扉を数回叩いた。
「クレフ。いいかしら?」
 はっきりと、そして凛とした声が廊下に響く。
「ウミ?」
 少しだけ訝しい声がして、扉は開いた。
 そこから覗いた導師の表情は、驚きに縁取られていた。
「…今日は、来ないと言っていたのではないのか?」
「ええ、来ないつもりだった。」
 じっと自分を見つめる海の瞳があまりにも深く真剣で、クレフは息を飲む。
 していた約束をいきなり反古にされて、腑に落ちない思いでいたのだが、彼女の瞳を見つめているとその 事実を問い詰める気持ちにはなれなかった。そして彼女は不思議な言葉を口にする。
「でも、私は気持ちに嘘が付けないから来ることにしたの。」
「なんの事だ。」
 彼女の言わんとしている事も、その行為もクレフにとっては納得のいくものは一つとしてない。
「これを持って来たの。」
 海はそう言うと片方だけの手袋をクレフに渡す。
「私決闘を申し込むわ。」


決闘


「一体何があったんですの?」
 海を送っていったフェリオが帰ってきたのを見て、風はこう問い掛けた。苦い顔をしながらフェリオが笑う。
「決闘。」
 暫く瞬きを繰り返してから、風はやっと言葉を発した。
「……海さんが?どなたとですか?」
 その言葉には返事をせず、フェリオは(先週セフィーロに来ただろう)と問いかけた。
 頷く風に、フェリオは海がクレフの離宮に行った事を伝えた。
「離宮ですか?」
 見たこともないものを想像しろと言っても無理がある、フェリオは補足のために言葉を足した。 「まぁ、別宅みたいなものかな…城の中にある部屋とは別の場所。もちろん城内ではあるんだが…。」
「それが…どうしたんですの?」
「海は先週そこに行ったそうだ。」



「仕事が一段落ついたので、久しぶりに離宮に戻ろうと思うのだが、海はどうする?」
「離宮って何?。」
 セフィーロに来たそうそうにクレフに持ちかけられた話は面白そうで、海は興味を引かれた。 「まぁ、私の個人の屋敷だ。仕事が忙しいとほとんど帰らないんだが、たまには帰ってみようと思ってな。」
 椅子から、ガバッと立ち上がると海は行くわと声を張った。
「そうか。」
 自分の返事に嬉しそうに微笑むクレフを見ていると、それだけで満ち足りた気分になれる。海はそう思った。今日は、楽しい一日になりそうだ…と。

 あの時までは…。

 城の外庭に立てられた離宮は、それだけで立派なもの。
 ただ、玄関に少しだけくもの巣が張っていたりするのを見ると、クレフの言うとおり殆ど使ってはいないようだ。
「こっちだ。ウミ。」
 クレフに手招きをされて、玄関ではなく、その横に回る。
 庭園を見た途端、ウミは息を飲んだ。
 小さな水色の花弁を持った花が咲き乱れている。同じ青でも、個々によって違う花々は、微妙な味わいの色味をつくっている。
 そして、決して狭くない庭が一面埋め尽くされている様子はどんな絵はがきよりも美しかった。
「綺麗!蒼い色のお花って、地球ではすごく珍しいって言われているのよ。すごいわ!」
「そろそろ、花が咲いている頃だと思ったが調度良かったようだ。」
 海は、花の中に座り込むとクレフの方を振り返る。
「このお花を少し摘んでいってもいい?」
「ああ。」
 その様子に、まるで彼女が精霊のようだと思いながらクレフは微笑んだ。
『彼女をここに連れてきて良かった。』
 居間に腰掛けて、外で花を摘む少女を眺めていると。パタパタと走り寄ってきた。
「花瓶とかないの?このテーブルに飾りたいわ。」
 そんな気の利いたものがあっただろうか?と首を捻ってからクレフは指をさした。
「あっちにある厨房にならあるかもしれないが、随分使っていないから埃が酷いかもしれん。」
「平気よ!」
 闊達な少女は花を抱えたまま走り去る。

「あの時の花飾って置いてくれたんだ。」
 海は、テーブルの上に蒼い花が飾ってあるのを見てそう言う。
「ああ、折角お前が摘んでくれた花だからな。…確かに、厨房に向かった後のお前の様子はおかしかったが、決闘と関係があるのか?」

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