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 フェリオは疲れはてて、自室に帰り何もしないまま、ベッドに身体を投げ出す。
「まだ食事もしてないか…。」
 口に出してはみるものの、それ以上何かしようという気がまるで起きなかった。

 なのに。
 身体は酷く疲れているのに、意識だけはやけに冴えていく。
 眠れない。
 仰向けになって天井を見つめながら、額に掛かる髪をかき上げた。自分の指を見つめて、ひとつの想いに行き着く。

『会いたい。』

 頬に触れると指に掛かる柔らかな髪。
 絡めてくる細い指は、白くて頼りなげなのに、自分を見つめる瞳のしっかりとした眼差しはいったいどうしてなのだろう。
 抱き寄せると折れてしまうのではないかと思う身体の何処にこんなにも確かな想いが宿るのだろうか。

 耳に手をやり、そこにあるモノの冷たい感触になお意識は冴えた。
「フウ…。」  フェリオは、瞼を閉じて、愛しい顔を思い浮かべた。



『会いたい。』
 今日は一体どうしたのだろう。
 風はレポートを書く手を止めた。これで何度目だろうか。集中出来ないのだ。
 彼の顔だけが頭に浮かんでくる。
「これのせい…なんて事はないですわよね。」
 窓際に飾られた雛人形を見つめて風は小首を傾げた。
 お内裏様とお雛様が仲良くならんだそれに、心が揺らされているのだろうか。

 暫く会ってはいない。
 彼も忙しい身の上であろう事は容易に想像出来たし、こちらから連絡するすべなど無い。

 包まれると、彼のことしか考えられなくなる腕。
 微笑むと途端に子供っぽくなる笑顔。
 なのに、真剣な時はどんな宝石よりも綺麗だと思える琥珀の瞳。
 信じているから離れていても大丈夫なんて、私にはとても言えない。…風はそう思った。

 側にいたい。この人形達のように。

 風は、ほうと溜息を付いて立ち上がる。思っても仕方ない事を考えている。
「でも、想いは止められない…ですわね。」
 夜風にでも当たって、頭を冷やすつもりで風は窓に手を掛けた。
 火照った頬に夜風は心地よかったが、肌寒さを感じて、身体を震わせた。
 静まり返った住宅街には、風の音しかしない。
 この世界に一人きり…。
 そんな事を思った時、突風が吹いた。バラバラに落ちそうになった人形達を慌てておさえる。
(貴方達だけでも離れては駄目)
 再び窓辺に人形を飾ろうとした風は、道路に立つ青年を見つけた。俯いている青年は、何か考え事をしているようだったが、ついと顔を上げる。
「フェリオ…。」



「フウ!?」  駆け寄ってきた風をフェリオが抱きしめた。力強い腕の中に風は身体を預ける。
 フェリオは片手を風の肩に回すと、彼女の存在を確かめるようにそっと髪を撫でた。
「どうしても会いたくなって、ただ、お前の側に行くだけのつもりだった。…不思議な事があるものだな…。」
「願いをかなえてくれたのかもしれませんね。」
 風はフェリオには聞こえないようにそう呟くと、彼の腕の中で目を閉じた。



〜fin



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