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 碧の髪が、風に揺れているのが見えた。
 腕を組み、樹に寄りかかっている青年の姿を見つけた海は、両手で鞄を抱き締めながら走り寄った。
「フェリオ。どうしたの?こんなところで。」
 彼は、口元に人差し指を当ててからその指先で校舎を示した。
「え?」
 海は示された方を見て、そこは親友がよく使う練習室であることに気が付いた。
 そして、微かに聞こえるピアノの調べ。途切れることのない旋律が海の耳に届く。
 海は細い指で、長い髪を耳に掛けると、その旋律に耳を傾けた。
「風ね…。綺麗な曲…。」
 防音効果のある音楽室からは、本当なら音など聞こえはしないのだろう。
 海は、少しだけ開けられた窓に、ピアノを弾く親友の彼に対する想いを見た気がした。

『自分はここにいて、いつでも貴方を想っている。』

 隣の青年も、そのことがわかっているのか、窓を見ながら愛しそうに目を細める。
 海は、その様子にプウと頬を膨らませた。
「もう…。当てられちゃうわ…。」
「何か言ったか?ウミ。」
「…ううん。なんでも…。ねえ、フェリオ聞きたい事があるんだけど。」
 ん?と顔を向けた異世界の住人に、海は以前から思っていた事を問いかけた。
「私が連れてって、て言ったらセフィーロに行けるものなの?」
「俺には無理だな。自分一人運ぶので精一杯の魔力だし。けど、なんでセフィーロなんかに行きたいんだ?」
「だって、全然来ないじゃない!」
 疑問符を頭に浮かべて、海を見たフェリオに怒ったように言葉を返す。
「クレフの事よ!だって、一度ぐらい見に来たっていいじゃない。今どうしてるかとか、元気でいるのかとか私だって気になるわよ!あの時は凄く無理してもらったし、私の事なんか気にもならないかもしれないけど…!」
「いや、クレフは良くウミの話をするよ。元気なのかとか、どうしているかとか。」
「本当!?」
 飛びかかるかと思う勢いで、バッと顔を近づけた海に、フェリオはぎょっとした顔をする。
「あ…ああ。俺がレイアースに行ったときは必ず海がどうしているかって言うな。」
「それって、光や風の事も聞くって言うオチじゃないでしょうね?」
 フェリオは、指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。「…それも、聞くな。」
「もう、やっぱり。」
『がっかり』と前屈みになると、彼女の長い髪もそれに従った。
 海の気性のように、彼女の髪も忙しい。
(高ぶる気持ちが、ウミの魔法の源だったな。)
 フェリオは以前の戦いと、最後まで彼女を守ろうとした魔導師の事を思った。
「俺はどういっても下っ端だからな。自由もきく。でもクレフは最高位の魔導師だ。制約も多いし背負っているものは俺なんかと比べ物にならない。いつも難しい顔をしているが…。」
 そこまで言ってフェリオは言葉を途切れさせた。
 海も旋律が途切れていることに気付く。
「レッスン終わったのかしら。だったら、もうすぐ来るわね。」
 海は、長い髪をかきあげ悪戯っぽくフェリオを見た。くすくすっと笑うと、フェリオの腕にスルリと自分のものを絡める。
「こうしてたら、風は妬くかしら。」
「おいおいウミ。」
「冗談よ。ちょっと、拗ねてみてるだけ。なんだか…ね。」
 俯いた海の横顔に、フェリオは続きを話し始める。
「…クレフは海の話を聞く時、酷く優しい顔をする。」
「え…。」
 その言葉に、海は驚いてフェリオを見上げた。フェリオの表情は優しい。 「嘘…。」
「嘘じゃない。きっと、あいつもこちらに来たいとは思っているさ。堅物だから自由がきかないだけだと俺は思う。」

 親友に頻繁に会いに来る異世界の住人を見ると、問い掛けずにいられない事。そしてその答え。
『クレフも私に会いたいと思ってくれているの?』

 海の瞳は揺れ、彼女の髪も動揺する心のように風に揺れる。頬は夕日を映す海原のよう。
 そして、立ち尽くす彼女にフェリオはこう問い掛けた。
「ウミは、クレフに会いたいんだろう?」

 渡り廊下から、中庭に出た風が近付き声を掛ける。
 海はバッとフェリオから腕を放した。
「ご一緒だったんですね。…海さんどうかなさいましたか?お顔が…。」
「何でもないわ。じゃあ、私は用事があるからこれで。ごゆっくり。」
 足早に走り去る海の様子に風は怪訝な顔で問い掛ける。
「フェリオ、何かあったんですか?」
「いいや…。」
 フェリオは口元に拳を当てクスリと笑った。

 あの堅物の魔導師は、何と言うだろう。
 この話とあのウミの表情を伝えたら…。
「こりゃ見物だ。」
 子供の様な笑顔を見せるフェリオに風も微笑む。
「何を企んでいらっしゃいますの?」
「好きな相手とは一緒にいるべきだ。と思っただけだ。」
 そして、風の耳元で囁いた。「俺達みたいにな。」



〜fin



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