Valentine


 夕暮れの教室。
 手元には、手のひらに乗る程の小箱。
 綺麗にラッピングされたそれは、今日の為に用意したもの。
 人差し指でリボンにそっと触れると風は溜息を付いた。

彼は来れないと言ったのだから…。



「今から一ヶ月後?」
「はい。こちらでは二月十四日になりますわ。」
「確か三十日が一ヶ月だったな。じゃあ無理だ。」
 フェリオは顎に手を当て思案してから、困った顔でそう言った。
「お…仕事ですか?」
「エメロード姫に言われて…。でもその日に何かあるのか?」
 酷く悲しそうな顔をした風に、フェリオはそう尋ねた。
 こちらの世界の住人ならすぐに気が付くであろう日は[バレンタイン]。
 恋人達が、チョコレートの様に甘い時間を過ごす日。
「え…いいえ特に何も。無理を申し上げてすみません。今お茶でもお持ちしますね。」
「あ、あ?すまない。」
 ぱたぱたと廊下に出ていった風を見ながら、フェリオは眉を寄せた。
 彼女はとても優しい。人が困るような顔は絶対にしない女性だ。それが、あんな悲しい顔を自分に見せるのはおかしい。一ヶ月後にどんな意味があるのだろうか。
「フェリオ、来てたんだ?」
 光の声にフェリオが顔を上げる。部屋を覗き込んでいるのは、光と海。 よっとフェリオが片手を挙げて挨拶をする。
「相変らずマメに来てるわねぇ。」
「ほっとけ…。」
 顔を赤くしてプイと横を向いたフェリオは、思いついたように二人の方を向いた。
「お前達に聞きたいんだが…。」



 動けない風の目尻に涙が浮ぶ。
 彼が悪いわけでは無いし、元々彼の世界の行事でも無い。
 それでも、胸の傷みは止まらない。来て欲しいと願う思いも。
 風は手元の小箱を見つめた。
「馬鹿ですわね。私…。それでも用意してしまうなんて…。」
「それは…俺が貰っていいものだろう?」
 ふいに聞こえてきた声と、人影。耳に付けられた指輪に夕日が反射する。
 微笑みを浮かべるフェリオの姿に風の双眸から涙が溢れた。
 驚きに言葉が出ない。
「ヒカルが今日は特別な人に贈り物をする日だと言ってた。ウミにはこない奴は馬鹿だって言われたよ。」
 ポロポロと落ちる風の涙をフェリオは指で受止めた。両手で頬を包むようにして、風を見つめる。
 彼女の涙は止まらない。
「フェリオさん。」
 やっと出た言葉にフェリオが笑う。
「フェリオで…いい…。」
 二つの影は一つに重なり、長く床に伸びた。

Happy Valentine


〜fin



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