All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 扉を開閉する音が、密やかに聞こえ、海の意識が浮上する。扉に背を向けて眠っていて、目で確認する事は出来ないけれど、導師の私室である此処を開ける事が出来るのは(クレフ)だけ。
 その上、衣擦れの音も静かで自分の眠りを妨げる事の無いようにとの気遣いだろう。光の願いを聞き届ける為にと赴いてくれてから、随分と時間も経っているばずで、自身も疲れているなずなのにと海は思う。
  
 そう、海が心より愛しいと感じる男は、そういう配慮をする人物だ。

 セフィーロから地球に降り立った際も、人知れず、何を誇るでもなく人々を守り続けていた。事態に巻き込まれ、何も分からず、それでいて不平不満ばかりを口にしていた自分に対しても、我慢強く接し、導いてくれた。
 彼がいなかったら自分達はどうなっていたのだろうか。考えた事は一度や二度ではない。それは、今、彼を失ってしまったらという思考に辿り着く。
 臓腑を直接掴まれるような不快感に海は身体を震わせた。

 「ウミ?」

 クレフが動きを止めた事に気付き、海は努めて笑顔を浮かべてから寝返りを打つ。ローブを脱ぎかけたクレフが様子を伺っているのが見え、海はその笑顔に気合を込める。
「もう会議が終わったのね、どうだった?」
「ああ、大丈夫だ。」
 ふっと、気を抜いた笑みを浮かべたクレフが言葉を返し、海もふふと笑う。
身体を覆っているシーツを顔半分まで隠したままでいれば、柔らかな指先が前髪を苛った。汗の滲んだ額に、クレフが僅かに眉を歪めたのがわかる。

「熱は無いわ。でも、汚れているから触れられるのは嫌。」
「そうか、だが無理をさせたのは私だからな。」
 心配はさせてくれと告げる瞳は優しくて、海の左胸が痛む。

 失うなんて…。

 セフィーロは世界を支える為の魔力を減少させ滅びに向かっているのは知っている。クレフ達もそれを回避する為にどれほどに尽力しているのか、具体的な事を知らずともわかっていた。
 だからこそ、ウミにはわかる。
 今回は(フェリオ)だっただけだ。いずれ(クレフ)の順番になるのだろう。安易に神官を捧げようと考えた人達が次を考えないはずがないのだ。
 ギュッと握ったシーツに少なくない後悔を包んで、海はクレフに問い掛けた。
 
「光はどうしてるの?」
「ああ、話を聞きたいからと(牢)へ赴いたはずだ。」
「ろ、牢って!?」
 思わぬ言葉に、海はベッドから勢いよく起き上がりクレフへと身を乗り出した。
「問題は無いだろう。騎士と精獣が護衛についている。ああ…イーグルも共に向かうと言っていたか…。」
「そ、それなら平気ねって…、平気、ええ?どうなの!?どうなの!?
 それに、イーグルも、どうして…。」
「ヒカルと行きたいという彼の申し出を彼女が受け入れた。」
 光が望まれたなら断れない性格である事は、彼女の親友である海にはよくわかっている。わからないのはイーグルの行動だ。
 彼がこちらに対して好意的になっているのは感じても、何故そうなったのかは全くわからない。そもそも理解出来ないと言った方が正しい。
 
「…イーグルは大丈夫だ。」

 柔らかな声で言い切るクレフに、海は目を瞬かせる。
「クレフ、貴方…何か知っているのね?」
 問い掛けに、クレフは首を縦に振った。

 ◆ ◆ ◆ 

 牢屋というものは、薄暗くてじめじめしているものだと思っていた。
それが時代劇のイメージで、近代的な刑務所は綺麗で清潔な場所らしいことも知識では知っていた。

 けれど、セフィーロの牢屋(?)は光の想像を超えている。
貝殻の内側を見ると虹色に見えるのと良く似た壁が、大きな空間の壁一面を覆っていた。その中に、沢山の人がいる。壁のような区切りがある訳でもないのに、人々は一定の空間のみを把握し行動しているようだ。

 目に見えない壁なのだろか?

 首を捻っていた光に、ラファーガがそっと耳打ちをする。
「結界です。魔力によって迷宮に似た疑似空間をつくり人々を孤立し隔離しているのですよ。」
「そう…なんだ?」
 折角の講釈も、光にはチンプンカンプンで何だか申し訳なくなる。しょんぼりとしていれば、どうぞと呼ばれた。
 そこには、あの兵士が項垂れるようにして椅子に座っていた。

「私はお話の邪魔でしょうから別室で待機しておりますが、危険を感じた場合は直ぐにお知らせください。」
 そうして小さな道具を光の手に握らせると、イーグルの待つ部屋へと戻っていった。本当は一緒にいて貰った方が心強くもあったが、彼はイーグルからも目を離したくないようすだったので我慢することにした。
「行こう、ヒカリ。」
 名を呼べば、光の側にぴたりと貼り付く。大丈夫だと告げるように、彼は尾で光の脚を叩いた。
 コクリと頷き、兵士に近付いた光に気づき彼もまた顔を上げる。
光を見上げた途端に蒼白になる顔は酷く疲れていて、瞳にも力はなく目には青紫の隈が出来ていた。

「違ったんですね、誤算でした。貴女じゃなかったなんて…。」
 自嘲の笑みを浮かべる相手に、光は顔を歪めた。
「…どうしてなんだ? フェリオが嫌いだったの?だから、あんな事したのか?」
 矢継ぎ早の質問に、彼は一瞬目を丸くして苦笑する。
「何言ってるんですか、尊敬してますよ。
 彼ほどの力があったらどれほど良かったか…。僕にそれほどの力があれば『柱』に志願してますよ…。」

 兵士の言葉に光は息を飲んだ。内容が光の考えの範囲を越えていたからに他ならない。尊敬しているのに、その相手を死なせたいと願うなど、光には考えられなかった。
 けれど、光の反応など気に掛ける事もなく兵士は言葉を連ねていく。

「けれど、どんなに強く願っても、どんなに望んでも僕にはそんな力は生まれない。決して僕が手にする事なんかできはしないんだ。
 弱い…ただの人間なんだから…。
 でも、精獣使い様には、それだけの力がおありでした。その力を使う事、そして人々の役に立てる事は、大きな力を持つ人間の義務ですよ。だって、その為に力を持っているんだから…」
「違う…。」
 
 ぐっと拳を強く握りしめ、光は兵士を真っ直ぐに見つめた。緋石の輝きに圧され、兵士は言葉を詰まらせた。

「持つもの義務とか、責任とか、そんなの関係ない…。
 貴方だってこの世界に住んでる。此処で生きているのに、どうして自分は関係ないっていう言い方をするんだ?」
 光の口調も、その言い方も、彼女の小柄な体格からしても決して威圧的な様子はない。無いにも係わらず兵士は詰まらせた言葉を荒くして返した。
「関係ないなんて思っている訳では…、僕はただ力を持っていないだけだと…!」
 しかし、光は無言で首を横に振る。

(お前は、力に…。)ランティスの言葉が彼女の中で甦る。
 
 たった一人で、全てを守れる人間などいない。
 出来ると思うのはただの奢りであり、幻想だ。けれど、何の力もないと告げる人もまた別の意味での奢りなのだと光は思う。

「貴方はすべてをひとの、フェリオのせいにして逃げてるだけだ。
 自分は出来ない、自分は違う、背負うべき責任は自分以外の人間にあって自分じゃない。
 でもそれは、絶対に違うよ。」
「だったら、僕はどうすればいいと貴女は言うんですか!
 魔力なんて持てない、持つ素養のない人間はどうすればいいと…それとも無力な人間は、力のある者の負担にならないように黙って死んでいけとでも言うんですか!?」
 憤りのまま掴みかかろうとする兵士の表情に、光は顔を歪める。恐怖ではないそれに、一瞬躊躇った兵士の腰にヒカリがのしかかり彼は床へと倒れ込んだ。
 ヒカリの前脚に抑えつけられたまま、ガリと床を爪で掻きむしる兵士を視界に落として、光はポツリと呟いた、
「貴方は、貴方も…セフィーロの異変で大事な人を亡くしたんだね…。
 私も知ってる。同じ目をした人。」

 悲しそうな瞳で私を見ていた人。

「私はまだわからない事がいっぱいで、貴方に返事をすることは出来ないけれど、自分の願いを自分で叶えたいと、そう思っているだけなんだ。」
 ピクリと震えて動きを止めた兵士にごめんなさいと告げ、光はヒカリを呼んだ。
 精獣は警戒心を露わにし牙を剥き、低いうなり声を上げながら兵士にかけていた体重を戻す。
 動かない相手を一瞥し、光に寄り添った。



〜To Be Continued



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