All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 騎士然とした金髪碧眼の男が膝を落とした。
深く頭を垂れる様子に光は慌てて、両手を前に押し出して振る。
「あ、あの私、そんな事してもらわなくても…っ!!」
 成人男性に傅かれる経験など全くもって有り得なかった光にとって、それは恐れ多い事だ。他人を跪かせるほどに己が立派だと思った事もない。
 映画やテレビの画面で見る御姫様は、嬉しそうに頬を染めて騎士を見つめているものだったが、実際されてみるとこれほど気恥ずかしいものも無いのだと知った。
 同じ事をされても、気後れする様子など微塵も無いエメロード姫やクレフは、やはり多くの人間に傅かれる身分なのだと納得する。
 多分…馴れなのだろう。

  「これは儀礼のようなもの。そう畏まって下さらなくてもいい。」

 男はスッと立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべる。
 色に合わせているのか青を基調とした落ち着いた色の衣装。黒い纏と高い上背はランティスを思わせた。
 見下ろされ威圧感があるはずなのに、男の雰囲気はあくまでも柔和な感じを受ける。尻尾のように長い髪が項で括られ背中に落ちているのは、フェリオの髪型と良く似ていた。
 セフィーロの習慣か流行りなのだろうか?
 全体的に優しげに見える男だったが、纏から見え隠れしている鞘には剣が収められているのだろうし、その大きさや長さが光に重い気配を感じさせた。
 ついつい凝視してしまったせいか、いつしか男の表情は困ったものに変わっていた。高座からふたりの様子を見ていたエメロードが助け船を出す様に声を掛ける。

「彼はラファーガ。昔、私の親衛隊長を担っていた者です。」

 品の良い微笑みを浮かべたエメロードは、それでも可笑しくて仕方がないと言うように、笑みを零した。
 彼女とラファーガを順に見遣った光は、同調するように微笑むだろうクレフがエメロードの横に立ったまま、ラファーガを見つめている事に少しだけ違和感を覚える。

「彼はレイアース侵攻に際しては私から離反していたのです。その判断が正しかった事、ヒカルは良く知っているでしょう?
 ラファーガ、彼女はセフィーロとレイアースを救って下さった方ですわ。」

 エメロードの言葉を受け、ラファーガは今一度深く光に跪く。
「姫はあのように言って下さっているが、私では何も出来なかった。何の力にもならなかったという方が事実だ。ヒカル、我が国を救って下さって本当に感謝している。
 今私に出来る事ならば、何なりと申しつけて欲しい。」
「ちょ、ちょっと待って。私ひとりで何とかした訳じゃないし、海ちゃんや風ちゃんやクレフやフェリオやランティスに…。」

 ランティスの名を口にして少しだけ眉を顰めた。瞼を落とし、面影を追うような素振りを見せながら光はラファーガに笑顔を向ける。

「本当に、ランティスには助けて貰った。だから、そんな風に言われると困ってしまうんだ。」
 そうして、本当に困った表情になって光はラファーガに深々と頭を下げる。
「こちらの事は何もわからないので、よろしくお願いします!」
 紅潮させた真剣な顔を向けられ、ラファーガもわかりましたと笑顔を返す。顔合わせはこれで終了となるところだろうが、ふいに聞こえた声はラファーガの表情を一変させた。

「姉上、私も同行させて頂いていいでしょうか?」

 すっとエメロードの背後から現れたイーグルが、ゆっくりと光の側へと進む。足音すらたてること無い優雅な仕草だが、ラファーガの表情は明らかな険しさを帯びていた。

「イーグル…様。」

 ギリリと歯を噛む音が聞こえそうなほどラファーガは顔を歪める。明らかな嫌悪と警戒に、咄嗟に取り繕おうとした光をイーグルが制した。
「ありがとう、ヒカル。けれど、私がセフィーロにとって忌むべき存在なのは本当です。彼の態度が正しいのですよ。」
 そんな事は無い、と言いかけ、淀む。
 海にも忠告されたではないか、自分と同じ事を他人が考えている訳でないと。

 イーグルにはイーグルの事情があり、ラファーガにはラファーガの事情がある。だからと言って、単純に折り合えるものではないはずだ。
 その事情すら知り得ない自分ではお話にすらならないだろう。
 
「何故とは問いません。けれど、以前とは違い、今の貴方と同行出来るほど私は出来た男ではない。」
「…ですよね。」
 同意は得られなくとも、ラファーガも光を惟ばかってか、言葉は幾分柔らかくはなっている。
 フッと息を吐くと、イーグルは背後を振り返った。
 そこには彼の分身であるエメロード姫がいる。以前彼女に仕え、今も忠義の気持ちを無くしてはいないだろうラファーガなら、エメロードの言葉には頷くかもしれない。
 けれど、声を発したのはクレフの方だった。

「…確かに貴公が危ぶむのもわかるが、今回に限り彼が同行する事を納得しては頂けないだろうか。
 私からもお願いする。」

 しかし、ラファーガは首を横に振った。
「礼を欠く事は充分承知した上で申し上げるが、貴方も信用出来ない。
 精獣使い殿を嵌める為に私を利用なさった事聞き及んでいる。導師ともあろうお方が、そんな姑息な手を友人に使うなどと信じがたい。」
 きっぱりと言い切るラファーガに、今度はクレフが大きな息を吐く。と、同時に愚痴が声になった。
「…だから、私では無理だと言ったんだ。」
 一連の遣り取りは、光の知らない事実がそこにあり、クレフとラファーガの間にフェリオを挟んで軋轢があるのだと教えてくれた。
 にしても、クレフが段上にいてこうしてラファーガが控えているということは、彼等の間にはれっきとした格差、身分の差が存在するのだろう。謙譲語を使用している事からも、それは確かなはず。
 つまり、ラファーガは、否と思えば目上でも堂々と意見する誠実な人柄なのだろう。
「イーグル、今回の事、私から許可することは出来ません。
 此度のことで、改めて貴方を敵視する者達も多くいるのです。混乱を避ける為にも貴方の行動を制限した方がいいと私は判断致します。
 ですが、」
 ふっと言葉を切り、エメロードは光に微笑み掛けた。
「…これはヒカルが同行者を決めれば良いこと。そうでしょう、ヒカル。」
 
 全員の目が一斉に己に向けられ、光は目を瞬かせる。

「え?私、が決める、の?」
 困惑する光に、ふわりとエメロードが笑う。
「そうですわ。ラファーガ、イーグルそしてクレフ、異存はありませんわね。」
 無言で頷くクレフとラファーガに対して、イーグルは大きく溜息をつきエメロードに視線を戻す。
 あくまでもにこやかに、表情を崩す事のない姉を見つめて眉を顰めた。
「全く、貴女という方はいつの間にこんなに賢しくなられたのですか?」
「あら、心外ですわ。
 そうですね、イーグル。貴方もいつの間にこんなに愚直になりました?
 直接は何の関係もない事に首を突っ込むほどに。」
 クスクスッと笑い、エメロードは再度光に問い掛ける。どうしますか?と問われ、光は真っ直ぐに顔を上げる。
「私は、イーグルと一緒でも良い。
 ラファーガには迷惑を掛けてしまうかもしれないけれど、私はイーグルの事信じてみたいんだ。」
 いいかなと、躊躇いがちに掛けられた言葉に、ラファーガは小さく首を縦に振る。
「異存はないと申し上げた。私は貴女に従うのみだ。」
 そしてふっと表情を緩くする。光の前に跪き、深く頭を垂れた。
「精獣使い殿は私の友人でもある。彼の(異世界の女神)を紹介してもらうというのも、私と彼との古い約束でもあった。どうか、彼とその女神と為に私の力を尽くさせて頂きたい。」
 光もしゃがみ込み、ラファーガの両手を取った。
「風ちゃんの事も知ってるんだね。ありがとう、私もふたりの事大好きなんだ。だから、ふたりを助ける手助けをしてください。
よろしくお願いします。」
 微笑む光をやさしく見遣り、しかしラファーガは彼女を庇うようにイーグルを睨み付ける。
「万が一貴様がヒカルに奸計をしようとするのなら、私も容赦しない。」
 やれやれと肩を竦めてイーグルは笑った。
「周り中敵だらけですね。ま、仕方ありませんけど。」
「そんな事ないよ。」
 クスクスッと笑い、光は壁際で大人しくしていたヒカリを腕に抱き込んでイーグルの顔に近づける。
「ヒカリはイーグルの事嫌いじゃないって言ってる。」
「そうですか、それは光栄ですね。」
 フッフッと鼻息を荒くした精獣にイーグルは顰めたままの顔を寄せた。


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