All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 夕焼けは赤黒く部屋を染めていた。
 窓際に置かれたベッドの白いシーツが赤く染まっている様子はまるで、鮮血のようでクレフは思わず顔を歪める。そして、窓から外を眺めている海の全身も赤く染まっていた。戦場で赤く染まる身体は死との契約そのものだ。
 唇を引き結び必死で何かと闘っている彼女の姿は、クレフの不安を掻きたてる。
それでも、とクレフは自分を律した。
 異世界で友人を失い、不安で潰されそうになっているのはウミではないか。その彼女に、自身の不安をぶつけてどうするのだ。
 今は、ウミの不安を悲しみを少しでも和らげてやらなければ。

「ウミ。」

 静かに声を荒げる事のないように。
 それでも、海の視線は窓の外から部屋の床へと動いたにすぎない。
クレフは歩み寄る事すら躊躇うかのように、ウミに近付く。彼女は窓の横に纏められた窓掛の布をギュッと握りしめていた。


「…すまなかった、ウミ。私がもっと早く、事実に気付いていれば「違うわ…。」」

 俯いてしまったとばかり思っていた海がクレフの言葉を遮った。
「悪いのは、私よ…。」
 布を握る海の手は震えていた。小刻みに身体を震わせハラハラと涙を零させた。
「…調子に乗って、フェリオを焚き付けたのは私よ。今度の事だって、何とかなるなんて、お気楽な事を言ったのも私だわ。」
「ウミ…「だって、どうしようもないじゃない。! 
 自分に出来る事をするしかなかったんだもの、結末がどうなるかなんて考えもしてなかった。
 あ、んな…、事になるんだったら止めたのになんて、私…」。」
 捲し立てる海の身体を強引に引き寄せ、クレフは彼女を抱き締める腕に力を込めた。抵抗もせずに、胸に頭を預ける肢体が弱々しく感じて、クレフの心を掻き乱す。
「私が悪かった。」
「違う、わたし、が…。」
「そうじゃない。
 私も悪くない、お前も悪くはない。皆、フェリオとフウの幸せを願っていただけだ、そうだろう?」
 海の肩を覆うしなやかな髪を撫でつけ、クレフは海を抱き寄せた。
男として逞しいとは言い難い身体だが、そんな自分よりも海は細い。そして儚く思える。

 心優しく友を大切に思うあまりに、強気な態度や言葉を口にしてしまう。守ってやりたい、守らなければとクレフは思う。

「誰も、罪悪感を抱く必要などない。
 起こってしまった事を悔やんでも仕方のない事だ。私は自分を責めはしない。だから、ウミ、お前も自分を責めてはいけない。」

 彼女がまま、心優しい女性でいられるように。愛おしい彼女が、安らかな笑みを浮かべていられるように。

「クレフ…。」
 泣き濡れた瑠璃がひたとクレフを見つめる。両掌でもって、クレフは小さな顔を包み込む。涙に濡れた頬すらも綺麗だと思う。
「お前は私が誰よりも幸せになって欲しいと願う者だ。だから、責めないでくれ、お前自身を。」
「だって、私、風に、風が…。」
 泣き崩れる海の身体を抱いて、クレフは祈るように目を閉じる。

セフィーロの魔力は満ちる気配はない。

 フェリオが契約を拒み続けているのだろう事は容易に想像がつく。我が身ひとつならば、諦めもつくかもしれない。
 けれど、彼処にはフウがいる。
 精獣が住まう異空間は、魔力を持たない人間が生きていける場所ではない。彼女がひとり残されるということは生存の可能性は無に等しい。
 そして、フウをセフィーロに戻すならば、などというこざかしい取引など精獣は受け入れはしないだろう。力を持たない者に、彼等は厳しいのだ。
 二人の友人を失えば得られる、ひとときの芳醇など欲しくもない。

「クレフ、お願い…。」
 
 か細い声と共に、海の指先がクレフの袖を握り込む。
 怯えたように小刻みに震えている海に、クレフは眉を落とした。彼女の両腕はクレフの背中を掻き抱いた。
 ギュッと力を込めた腕は、言葉にならない彼女の想いなんだろう。

「離れない、で、」

 己の全てを預けてくる愛おしい女性の顎を捕らえて唇を重ねる。彼女の閉じられた瞼から流れ続ける涙は、甘い口付けは与えてはくれない。胸を締め付けるような苦しさと、同じだけの愛おしいさがクレフを捕らえる。
 涙の痕を追い、クレフは頬に唇を滑らせた。悲しい想いなどさせたくはないのに、涙する海はこんなにも綺麗で、心が掻き乱される。

「私もきっと、離さない…。」

 たとえ貴方が連れ去られたとしても。

 フェリオから決して手離す事のなかった風の想いを通して、海が抱えている不安の原因に、クレフは初めて気が付いた。


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