All You Need Is Love.[rayearth OVA]


「じゃあ、何…?私達は余計な事をしたって言うの?」
 俯いたまま、消え入るようなか細さで呟いた海の言葉に、イーグルは首を横に振る。
 クレフに一礼すると、海の横に跪き彼女を見上げた。
「違います、誤解がないように申し上げますが、フェリオが目覚めたのは、レイアースの魔神を呼び込んだからではありません。」
 ハッと顔を上げる海に、しかしイーグルの笑顔は苦かった。
「彼を完全な状態で眠らせる事自体が我々には出来なかった、それだけの事です。」
「そんなこと…だって、フェリオは眠っていたわ。風の声にだって、最初は目を覚まさなかった。」
「あの時は、彼女に危険が迫ってはいませんでした。獣も、彼女を襲うフリをしただけです。そうしないと、彼の眠りを妨げてしまう。
 けれど、最初から大きな誤算がありました。フェリオの魔力が、我々が思う以上に増大していたんですよ。」
「つまり、フェリオ自身の精獣と契約した上に、ランティスの精獣と契約を交わしても、魔力は限界には及ばなかったという事か?」
 イーグルに話を合わせるというよりも、周囲の人間、特に海に対して言葉を加えた。三人の会話を通じて成される状況説明に、部屋にいる人間はみな聞き入る。
 海に向けられていた顔がクレフに向けられ、そして頷いた。
けれど、クレフは眉を顰め、イーグルに向かう。
「確かにフェリオの魔力もそれなりには強かったが、良くて同じ精獣使いと同等、とてもランティスに及ぶものではなかった。
 近頃は修業の成果か、確かに魔力が強まったとは思う。だが…。」
 ランティスの精獣を御したとすれば、彼の魔力を遥に上回ったという事になる。それは流石に信じがたいとクレフが思う。
 素養が全く無かったとは言わない。彼の身内にはかなり強大な魔力を持つものがいたと聞いた事はあるが、それだとてクレフが直接目にした訳でもなく、かなり前に亡くなっている。
「原因は異世界の少女です。」

 そう断言したイーグルの言葉に、クレフに頭を殴られたような衝撃を受ける。そして、全て理解させた。
「何で…風がどうして悪いの!?」
「それは間違いです。決して彼女が悪い訳ではありません。
 フェリオが彼女との逢瀬を望み二度、瀕死の状態に陥った。そのことが、彼の魔力を異常なほど増大させる結果になってしまった、それだけです。」
「わからないわ、なんで、それが…「ウミ。」」
 彼女が知れば、衝撃を受ける事はわかっていた。 けれど、愛しいと思う女性は安穏に逃げる事など望まないのだという事もクレフは理解している。
 海の服を握りしめている手の上に、クレフは己の掌を乗せた。僅かに傾けた海の瞳には大きな涙を湛えていた。
 何故…とクレフは思う。どうして、海に、そして異世界の少女達にこんな辛い出来事が起こってしまうのだろうかと。
「魔力は鍛錬を積み重ね、それに比例して増していくものなのだ。  そして、お前の世界にある(風船)というものを思い出して欲しい。
 最初は小さな袋だったものが空気を入れると少しずつ膨らんでいく。そして、一度限界を超えた袋は容量を一気に増し、それを限界値として益々大きくなる。わかるか、ウミ。風船がフェリオの許容範囲、魔力が空気だ。ある時期、袋を満たしていた魔力が限界では決してない。  見誤っていたのは、私も同じだ。」
 クレフを見ていた瞳がみるみる見開かれる。目尻に堪った涙が頬を伝った。震える唇が、言葉を紡ぐ。
「だから、風のせい…?」
「彼女の存在がなければフェリオは異世界に向かう事もなく、魔力の限界を凌駕する機会は訪れない。精獣に目を付けられる事も、当然ありません。
 例え、術師等が同じ様にフェリオを人柱にと企んだとしても目醒める事もなかった…これが事実です。」
 イーグルの言葉に、海は声も出ない。

 フェリオがレイアースに降り立ち、風と恋に落ちた瞬間に、彼の消滅という運命が回り始めたというのか。

「私…もう。ごめんなさい…。」
 席を立ち、海は扉へ走る。鍵を開けるとそのまま廊下に飛び出した。
「ウミ…!」
 クレフの声も彼女を引き留められない。
「私の話はここまでです。エメロードが呼んでいますから、そろそろ戻らないと…。」
 イーグルはそう告げて、部屋を後にする。
 様々な個人の憶測にざわめき始めた人々を一瞥して、クレフも後を追って廊下へと出る。海の姿は既になく、大きな溜息をついた。
「誰が画策しなくてとも、向かう先は同じだったのか…。」
「所謂、時間の問題…と言う奴ですね。」
 同意したイーグルに、不審な事もある。クレフはそう言葉を掛ける。
「お前がフェリオを気に掛ける理由がわからない。レイアースでただの駒として扱っていた人間に対し、お前が罪悪感を持つとも思えないからな。」
「それは言いがかりです。罪悪感くらいは多少は持ち合わせていますよ。」
 クスリとイーグルは笑った。
「でも、貴方ならもう察していらっしゃると思いますが?」
 纏を翻し、イーグルは廊下を光の部屋へ向かって歩き出す。それを見やって、クレフは感慨深い思いに捕らわれた。
「成程…そういう事か。」



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