All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 言葉もなく自分を見つめる友人に、光は困ったように首を傾げた。
「…って、変かな? 私。変だったら、変って言ってくれてもいいよ?
  多分、こういう気持ちで人を好きになったのは初めてだし、あの、あのね…私!」
 両手を握りしめ、熱弁を振るおうとした光の後頭部を、海は背後から羽交い締めにする。そして、片手で光のくせのある赤毛を何度も撫でつける。

「まいっちゃうわよね。」

 そうして、小さな溜息が綺麗な唇からこぼれ落ちた。
「どうして、それで嬉しくなっちゃうんだか。ホント、参るわ」
 海の腕の隙間から、光の頭の上に『?』マークが花盛りになっているのが見える。
 ぎゅうと抱き締められている小柄な光の身体は身動き出来ず、視線だけがわたわたと周囲を見回した。
 海は苦笑いをしている。クレフもそうなのではないだろうか。他の術師達は反応に困っているように見える。

 そして、風はポロリと涙を流した。

 それは、今以上に光を慌てさせる事になる。海に頭を抱えられたまま、あわわと口を震わせた。
「ふ、風ちゃん!? 
 私、わた、わたし、泣かせちゃったの!? 海ちゃん、ど、どうしよう、私…。」
 オロオロと助けを求めた光の頭を解放したものの、海はそのままくるりと回転させた光をギュツと抱き締める。海よりも背の低い光は、海の胸元にすっぽりと頭を埋める事になり、奇妙な照れくささに頬を赤らめた。
 ふんわりと柔らかい胸にもくすぐったさを感じる。
 ああもう!と吐息のような声が海から漏れるのが耳に入る。
「もう、なんでこんなに愛おしいんだろ! 光、アンタ一体何で出来てるの!?」
「な、なんでって…。」
 
 えと、えと…頭を巡らせてみたが、答えは出ない。

「なんで出来てるんだろ。アミノ酸と蛋白質?」
 学部の特徴が出ている光の答えに、海は抱きしめる腕の力を強くした。
「そんな事言ってるんじゃないの! あんたって子はホントにもう。」
 腰に手を回されたまま、海の頬を擦り寄せられ、光の眉は八の字に下がる。何度も頬擦りされれば、海の長い髪がフワフワと揺れ、光を擽った。
「もう、海ちゃん。何の事だかわかんないよ。」

「光さんは、本当にお強いのですね。」

 目尻に浮かぶ涙を指先で押さえ、風は笑みを浮かべる。
「もう二度と会う事の出来ない方の幻を見せられて、私はとてもそんな言葉を告げる事など出来ませんわ。
 私なら、きっとそのまま囚われてしまいます。…嘘だと、幻だとわかっていても…。」

「それは、昔の私。」

 甘やかな芳香がエメロードの存在を告げる。
 術師達は脚を引き、跪いた。流れるようなドレスの裾は微風に揺られる如く彼女を引き立てた。

「けれど、フウ。貴方はそのような事になるはずがありません。」
 零れる笑みは、その場にいる彼女と人々を隔てるものでもあるかのように浮き出して見せた。
「貴方は、試練を越えてフェリオの元に帰って来たのですもの。」 
「そうだよ!」
 未だに、海の腕に捕らえられながら光も声を張った。
「だから、本当に謝らなければいけないのは、私かもしれないって思ってたんだよ?
 フェリオが大変な時なのに、私、あの試練を感謝してるから…。こんな事がなかったら、私ずっとモヤモヤしてて、でも、胸の中にあるモヤモヤの正体だって気付く事が出来なかったから。」

「もう、愛しい! アンタ偉い!」
 ギュッと海は光を抱きすくめる。『海ちゃん、苦しい〜〜』と両手両足をバタつかせる少女を、エメロードも柔らかな笑みで見つめる。眇める碧の瞳は温かな光に満ちていた。
 そうして、エメロードはじっと自分を見つめるクレフに視線を向けた。瞳の色を模したような輝石を頭に拝した美しい金の波が、たゆとうように揺れた。
 
「…では、参りましょう。フェリオのところへ。」
 
 緩いラインを示していたエメロードの瞳は強い意志を示すように、眦を上げた。
 その様子に、クレフは息を飲む。瞳がクレフを射抜き、捕らえていた。
 儚い姫君の姿ではないそれは、この国を治める者として相応しいものではあったのだが、同時に良く似た面差しをクレフに思い出させる。
 彼女の弟であり、彼女の分身でもあった男。それは、先だっての資料庫での悪夢に似た現実を裏付けとして、確かなものである実感をクレフの脳裏に刻み込む。

 そんなはずがあるものか。

 否定の言葉を繰り返すクレフは、ギュッと強く杖を握った。イーグルを発端とした存亡のシナリオはとっくの昔に潰えたはずで。それは、徐々に国力を取り戻しつつあるセフィーロの確かな姿であったはずだ。

「クレフ。畏れることはありませんわ。」
 鈴の音に似た声は、凛と響くと、クレフはハッと貌を上げた。
「望んだものが、望んだとおりの姿になりはしないとしても、希望が希望としての強さを持つ限り、私達を導いてくれるに違いありません。諦めない強さは、彼女達と共にありますもの。」
「姫…。」
 未だ動けずにいるクレフの前を、優雅な足取りでエメロードが通り過ぎていく。海の腕から抜け出した光が、その後を追い、肩を並べて歩き始めれば、風と海もゆっくりと歩き始める。

「ありがとう、エメロード姫。私の言葉を上手く風ちゃんに伝えてくれて。心の中で思っている事を伝えるの、凄く難しいから。」

 嬉しそうに笑う光に、エメロードもにこと微笑んだ。綺麗な笑みに、一瞬で光の頬は赤く染まる。

 エメロード姫って、本当素敵なんだよね。

「ヒカルは、言葉に頼る必要などありませんわ。貴方は全身で伝えたい事を教えて下さっています。それに比べて言葉など、些細なものです。
貴女は本当に、素敵な女性ですね。」
 連ねられる褒め言葉に、光の頬は林檎にも似た鮮やかな色に変わっていた。
 えとえと…。言葉を探して、狼狽える光に風は、口元を掌で隠して目尻を緩める。クスクスと笑うのは海。
 そして、彼女は振り返り、立ち竦んだままのクレフを見つめた。
  

「ほら、行くわよ!」

 ウインクして見せた海に苦笑を浮かべて、クレフもまたゆっくりとローブの裾を引く。しかし、数歩の後に脚を止め、術者達を振り返った。
「お前達は此処に残れ。我らに何事か起こったのちは、この国の民の為に一番良き道を選んでくれ。」
 膝を折り、姫君に敬意を表していた術師達は、遺言にも似たクレフの言葉にざわめく。精獣使い殿の魔力を失う事はセフィーロにとって、大きな痛手には違いないが、そこまでの大事だと認識してはいなかった。
「導師…!」
 それの真意を問おうと口を開いただろう神官達に、クレフはやはり苦い笑いを返した。
「すまない、少々気弱になっているようだ。」
「精獣使い殿が昏倒なさってから、奔走されていらっしゃいました。お疲れも出ているのでしょう。
 きっと、異世界の少女達が彼を救って下さるに違いありません。」
 年老いた神官がそうクレフに告げ、呟きを唇に残した。

「あの、金色の髪の少女が精獣使い殿の…。」

「何か?」
 聞き漏らしたクレフの問いには、神官は首を横に振る。なんでもありませんと続ければ、クレフはそれ以上追求もせず姫君達の後を追って、フェリオの眠る部屋へと脚を運んだ。
 残された神官達は、一部の者を除きそれぞれの役目へと散っていく。年数名の年老いた神官だけが、クレフの背中を見つめたまま、佇んでいた。


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