All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 グリップからガードに至るまで、全ての部分に炎を模した装飾が施されている長剣。幅が広く、厚みもある剣は、従来はその重みで相手を打ち据える為のものだ。
 全てに、真正面からぶつかっていく彼女に相応しい形と言えば、そうなるかもしれない。

 細身で先端の鋭く尖った刺突用の片手剣。剣全体に流れるような美しい装飾が施された、優美な印象を受ける剣。
 しかし、その細い刃は両刃で、見かけによらず鋭い攻撃性を持っている。美しい外見と、激しい攻撃性。それもまた、持ち主に相応しい形とも思えた。

 それは一見槍に見える。
 長身の刃を含めた長さは2メートル近い。華美な装飾は何ひとつ施されていない姿は、それでいて凛とした気品を放っていた。
 先陣を切って切り込んでいくようなものではないが、綺麗に整えられた長い両刃は、決して力不足を誇示するものではない。あくまでも、受け身を装いながら、決して屈することのない剣。それもまた、持ち主に相応しかった。

 レイアースからセフィーロへ再び降り立った少女達がクレフに示したものは、三種類の異なる剣だった。
 三種三様の剣は、しかし触れる事などせずともクレフを圧する力を放っている。持ち主である彼女達は、少しの違和感も感じていないようではあるのだが、こうして対峙したクレフやその他の術師達なども、言葉を失うほどの有様だった。
 
「…これほどの魔力が、セフィーロにもたらされる事があれば…」

 意した訳ではない老術師の呟きは、大小の差こそあれ全ての人々の心に浮かんでいた。

「そんなに凄いもの…なのか?」
 光は改めて、己の手のある剣に視線を向ける。
 試練を経て、彼女に手元に来たのは数日前のはずなのに、生まれた時から手にしていたようにしっくりと馴染む。剣など握った事もない細腕に、羽根のように軽い。
 それは、海や風も同じようで、それぞれの剣に視線を向けている。
「お前は何も感じないのだな?」
「…魔力がないから、なのかな、それって。」
 可愛らしい少女は、三つ編みを振りながら小首を傾げる。その仕草と、剣から漂う魔力の差は術師達を戸惑わせた。
「恐らく違うはずだ。」
 クレフは、少しだけ緊張した表情を崩して、光に向かう。
「こうしていても、力はセフィーロを根にしているようには思えない。光の心を媒体として、レイアースを守護するもの達の力が流れ込んでいるのだ。
 多分…。」
 そう言い、クレフが伸ばした指先に光の剣が触れる事はなかった。
 
「まぁ…。」
 光の横にいた風も驚きの声を上げた。
 剣は、その一瞬だけ煙のようだった。クレフの指を避けるようにぐにゃりとその姿を歪めて、雲散し接触していない部分だけ元の姿を保つ。
 まるで、幻か。陽炎にも見えた。
 しかし、光に握られている柄には、僅かにも揺るぎはなく、彼女の両手にしっかりと掴まれている。

「嘘…。」
 思わず伸ばした海の指にも、クレフと同じ反応。煙を指先にまとわりつかせて思わず絶句する。
「これじゃあ、こっちの世界じゃ何にも切れないんじゃないの?」
 恐らく自分の剣も同じだろうと推測して、海はそう呟く。同じ事を考えたのだろう。風と光も見つめ合い、苦く笑った。
 力が必要だというのなら、切れなくても問題ないわよね。続けてそう言った海に、クレフは再び否定の為に首を振る。
 
「切れるさ。ウミ」
 
 え?

 ぱちぱちと海が瞬きをする間に、クレフの唇が声にならない呟きを乗せれば、彼の周囲が白く染まった。
 魔法なのだと気付いた時は、鋭い刃をもった氷塊が海の真正面に浮いていた。
「え!?」
 流石に焦った声が海の口を突いて出る。ドライアイスが溶けているような白い煙は、少しづつ床に沈殿していき、ひんやりとした冷たさを素足に感じさせた。
 クレフの杖を持たない反対側の腕が、衣擦れの音を聞き取ったかどうかという僅かな動きを示せば、留まっていた氷達は、意志を持ったように、急激に動き出した。全ての氷塊が鋭い刃を一点に揃え、降り注ぐよりも早く、流れ始める。海に向かって飛び込む凶器に、その場にいた全員が息を飲んだ。

「きゃ!!」

 咄嗟の事に悲鳴を上げ、海は手にした剣を両手で握りしめて楯のように正面に突き出した。ギュッと瞼を瞑って、動かない。動けない。
「駄目、海ちゃん、避けなきゃ…!!」
 光は叫びながら、動かない海の身体に体当たりをしてその場をどかそうと身体を傾け、そして目を見開いた。
 海の構えた刃に飛び込んでいく氷達は、その刃に触れた途端粉々に散って四散してしまう。
 その痕跡すら残す事なく消えていく氷達に、皆言葉は無い。

「え? 何?どうなっているの?」

 目を閉じている間に、何もかもなくっていた海は、剣だけを構えた自分が少し気恥ずかしくなり、きょろきょろと周囲を見回す。
 瞠目したままの光や風に視線で助言を求めけれど、ふたりとも驚きの余り口をポカンと開けたままで答えは返らず、最後はクレフを見つめた。

「驚かせてすまなかったな、海。」
「い、いいけど、説明してよね。」
 目尻を染めて、拗ねている海の機嫌を取るようにクレフはすまんすまんと言葉を続ける。
「剣は皆、お前達の心と繋がっている。恐らく、レイアースの守護者達の力が流れ込んでいるという点を除いて、心そのものなんだろう。」
「だから…何?」
「お前達が、傷つけたくないと思っているモノを、その刃は決して傷つけないだろうという事だ。推測だが、恐らく間違ってはいないだろう。
 だからこそ、まるで自分の身体のように、その剣を振るう事が出来る。そうなのではないか?」
 クレフはそう告げ、三人の顔を見つめた。コクリと頷いた光は、そして風に向き直る。微笑む光の瞳には、強い力が宿っていた。

「行こう風ちゃん、そして、フェリオを助けよう。」

 風は頷く代わりに光に頭を下げる。キョトンとした光に、風は(申し訳ありません)と謝罪の言葉を口にした。そうして、揺らした視線を足元に落として、唇に手を当てる。

 この場面で、風が自分に謝るのだろうか?

 彼女の意図するところが光には綺麗さっぱりわからない。瞬きを繰り返して、暫く考え込んでみたものの、浮かばない答えに風を見る。
「どうして、謝るの?」
「私は、レイアースの試練で『フェリオ』にお会いしました。きっと、光さんは『ランティス』さんにお会いになったのではありませんか?」
 一瞬言葉を詰まらせてから、風は顔を上げて光を見つめた。
「フェリオの為に、光さんをお辛い目に会わせてしまったのではないかと、私…「違う、風ちゃん」」
 
 にっこりと、それは花は咲くように光は笑った。
まるで、いままさに、眩い陽光をその身に受け蕾を綻ばせた花のように。
 
「風ちゃんの言う通り、私ランティスに会った。涙もいっぱい出たよ。ああ、私こんなにランティスに会いたかったんだって、よくわかった。」
 けれど、光は微笑み続ける。
「たった一晩だったけど、私、本当にランティスの事が好きだったんだって、あの試練の中でやっとわかったの。
 今まで、ランティスの事を考えると胸がギュッと痛くなって、ただ辛くてでも自分の気持ちなんてよくわからないってそう思ってた。
 でも、好きだった。やっと、自分の気持ちがわかって、そうしたら辛いだけじゃない事がやっとわかったの。」

 庇ってくれた事。忠告してくれた事。助けてくれた事。
 そして、命をかけて信じてくれた事。

 全ての想い出は、暖かかった。浮かぶだけで、ほんわりとした灯りがともるように。

「私、ランティスを好きになって本当に良かった。一生忘れない、この気持ちは。」


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