All You Need Is Love.[rayearth OVA]


「ぷぷ〜!」

 そう言って、頬を膨らませたのは海だった。
「いらっしゃいませんわね。」
「そうだね。」
 風と光は顔を見合わせて溜息を付く。
 母校に残る桜の木。それこそ、足を棒にして歩き回ったにも係わらず、白くふわふわした生物を見つけることは出来なかった。
 同じ学校の大学部に通っているとは言え、中等部の敷地で何時間うろうろするのは、不審者に間違われかねない。警備員の目を盗む様に歩くのも、気を遣う。
 疲労感が三人を捕らえ初めていた。
「まったく!風とモコナが会ったのが偶然だったとでも言うの!?」
 海は腕組をして仁王立ち。鼻息も荒く桜に木々を睨み付けた。在校生達が不思議なモノを見つけたように目の見開き、仲間どうしでコソコソと会話しながら通り過ぎて行く。
「見せ物じゃないわよ。」
 そう呟いた海の言葉に、光と風はくすくすと笑う。
「だって、海ちゃん目立つんだもん。仕方ないよ。」
 光は、そう言いながら改めて辺りを見回す。
 完全に復興と遂げた学校は、僅かに残った桜並木以外は、真新しいものだ。
 自分の母校とはいえ、卒業してしまえばそうそう来る事も無い。こうやって見ていても、懐かしいという感覚はあまり浮かんでこなかった。寧ろ、自分が通っていた高等部の方が一層想い出深かったとも思う。

「あの日はね…。」

 光はそう呟いて、一番近くにあった樹に背を預けた。
「こうやって、海ちゃんや風ちゃんを待っていたんだ。一週間後にお別れしなきゃいけないって思うと、胸の中が詰まってきて…そうだ。」
 ぴょんと、跳ね起きて海や風を手招きする。
「何?光。」
「お願いしてみよう。あの時みたいに、桜の妖精に。」



 手を重ねて、瞼を閉じる。
 辺りの喧騒が少しずつ小さくなっていく。
 目を閉じているのだから、廻りは真っ暗。ドキドキと自分の心臓の音が聞こえた。
 落ち着いてって何度か呟いて、心に浮かぶ言葉をゆっくりと唇にのせてみる。

「会いたいの…。」
   白くてふわふわした塊。
 運命を引き寄せたあの時のように、もう一度願ってみる。

 でも、今度は背負うものは大切な人。

 風ちゃんにとっては、フェリオ。海ちゃんにとっては、クレフ。
 そして私は、二人の親友の為に。

 二つの世界なんて大きなものでは無くて、ちっちゃくて、ちっぽけで、でもとても大切なもの。本当に本当に守りたいと願うもの。

「モコナ…お願い…。」

 ふわっと何かが手の上に飛び込んで来た。

「モコナ!」
「モコナさん!」

 海と風の声に即されるように慌てて目を開けると、すりっと頬に柔らかなものが押し付けられた。目の前が淡い桜色に染められている。

「モコナ!」

 光の呼びかけに答えるように、くるりと向きを変える。長い耳、細長い目、大きく開いた口から一言。
「ぷぷー!!」 「来てくれたんだね!」
 光は両手で、そのふわふわを抱きしめた。その通りとでも言うように、長い耳をバタバタと忙しなく動かし、ぷぷぷ〜!と声を上げた。
「ぷぷぷ、ぷぷ、ぷぷっぷぷ〜ぷぷ、ぷぷ、ぷ、ぷぷっぷぷぷ。」
 光に抱きしめなられながら、両手(前足?)を振り回して必死で訴えてくる。
「え?何、モコナ?」
 光が問いかけると光の方を向き、海が何?というとそっちを向く。
 とにかく、振る振ると身体を捻り、多彩な(ぷ)を口から迸らせながら必死に話し続ける。懸命な様子は健気の一言に尽きたけれど、結果として唾を飛び散らせて光と海に存分に吹き付けた挙句、何もわからないという状態が続いている。
「ちょ、ちょっと待って、」 「モコナ、落ち着いて!」  光と海の言葉に、モコナはやっと動きを止め小首を傾げる。 「モコナさんは、何をおっしゃっていらっしゃるのでしょうか?」
 少しだけ離れていた風が、二人にハンカチを手渡しながら苦笑する。
 お礼を言って受け取り自分の顔を拭いてから、海は改めて周囲を見回した。道行く学生達は、自分達に特別に興味を持った様子もなく通り過ぎていく。
 どうやらまた、モコナの姿は自分達にしか見えていないようだ。
(それは、それで、奇妙なんだろうけどね。)あの時の事を思い海はクスリと笑った。

「レクサス達の事を教えてくれている!」

 ふいに声を上げた光に、海と風は(え?そうなの?)と聞き返したものの、光はえへへと困った表情に変わった。
「…な気がしただけ。」
「もう…。」
 海は、小指で頬を軽く弾く仕草をしながら、腰に手を当てる。
「ウインダムさん達とお話しはできないのでしょうか?」
「そうね。モコナと合えたのは嬉しいけど、それじゃあ目的は果たせないものね。」
 海は頬を叩いていた指をモコナの額の宝玉を軽く押した。そのまま、指先でぐりぐりと円を描く様に押し続ける。
「此処とか…光ったりしたのよね?」
 そうされるとくすぐったいのか、モコナは光の腕の中でバタバタと身を捩った。
「いじめちゃ駄目だよ、海ちゃん。」
「もう、違うわよ。ね、モコナ。私達、セレス達にお願い事があるの。
 話たいの、わかる?」
「ぷ?」
 首を傾げてみせた海と同じ様に、モコナも首を曲げる。
「物まねをしてくださいって言ってるんじゃないわよ。」
 こらっと、海は掌でモコナの頭をぐりぐりっと撫でるつけた。
 横で見ていた風が、そっとモコナの手を伸ばす。フワフワとした頬を掌で包み、顔を覗き込んだ。

「モコナさん、私を…私の大切な方を助けてはいただけませんか?。」

 風の言葉が終わるか、終わらないかのうちにモコナの宝玉が一気に光を集める。三人の周りを光が完全に囲んでしまうと、その空間は別のものに変わった。
 どちらかと言えば、暗い。
 しかし、両手で抱えられるほどの大きさの光玉が浮かんで、周囲を照らしていた。
 肌を撫でる空気も冷たくもなく暖かくもなくと言ったもの。
足元にしっかりとした大地の感覚がなく、浮遊している状態なのが唯一不安定ではあった。

「これ…最初にレクサスと話をした空間だよね。」

 光はそう言って腕の中のモコナをキュッと抱き締めた。

『久しぶりだな。少女達よ。』

 頭に響いてくる懐かしい声。ああ、レクサス。間違えようがない。
 光は柔らかな笑みを浮かべて、周囲を見つめた。

『もう一度話が出来るとは思ってもいなかった。』
「私は会えると思っていたわ。セレス。」

 自信満々に答えたのは海。苦笑する気配がして三人は笑った。

『元気そうで、我も嬉しいぞ。』
「ウンダムさんもお元気そうで何よりですわ。健やかでいらっしゃいましたか?」

 笑みを浮かべた風の様子には、ウインダムは顰めた声を返した。
『セフィーロの若者に何かあったか?』

 唐突な問いかけに、風は息を飲む。
「どうしてご存じなんですか?」
『あの若者は、異世界より訪れる度にわれらの結界を越えて行く。一度、直接会話を交わした事もあるが、聞いた事は無かったか?。』

 風はふるりと首を横に振ってから、胸の前で両手をギュッと握りしめた。
「フェリオは、今セフィーロで眠っています。
 限界以上の魔力を必要とする精獣と契約を交わしてしまい、目覚める事が出来なくなってしまったと。最後には全ての魔力を失って…。」
 そこまで言葉を紡ぎ、しかし風には続ける事が出来なかった。
 死という言葉を自分が口に出してしまう事が怖い。知らずに浮かぶ涙に、光が言葉を続けた。
「だから…だから、レクサス達の力を借りに来たんだ。
 契約している精獣の力を上回る力を持つ者ならば、フェリオの契約を一時的に無効にすることが出来るって、クレフが…!」

『そうか…。』
 考え込むような間の後に、レクサスの声が響いた。
『セフィーロを取り巻く空間に、異変が感じられたのはそのせいもあるのだろうな。』
「そんな事がわかるの?セレス。」
 驚き発せられた海の言葉には、すぐに返事がかえされる。
『セフィーロと我は繋がっている。レイアースの環境がセフィーロに影響を及ぼすように、セフィーロの環境もまたレイアースへと変化を伝える。
 今、セフィーロに異変が起ころうとしているのを感じる。』

「じゃあ…。」
 力を貸してもらえるのではないかと、声を上げた光には否定の言葉が告げられた。
「どうして!?」
「そうよ!なんてケチくさいのよ!」  抗議の声を上げた海と光に対して、苦笑に近い雰囲気が感じられるのは、決して間違いではないだろう。

『そもそも、我はレイアースを守護するもの。所詮、単体でこの地を離れる事など出来はしない。』

 言われてみれば、確かにそうだと、風はギュッと唇を噛み締めた。万策は尽きた…そういう事なのだろうか。
 眠り続けるフェリオを看取れと、そう告げられているのだろうか?

『少女達よ。しかし、試練を受け入れるというのなら、我が力貸し与える事は出来るだろう。』

 はっと顔を上げた風を見て、海はのふっくらとした頬を尚更に膨らませ、両手を肩まで上げてやれやれと首を振ってみせた。
「また、試練?」
 しかし、その刹那、挑むような笑みを浮かべた。
「やってやろうじゃないの。ね、光、風。」
「勿論だよ。海ちゃん。」
「はい、お願い致します。」
 二人の肯定に、海も大きく頷き、両手を胸元で組み自信満々に宣言する。
「まかせてよ、セレス。私達は、難なく試練なんて通り抜けてみせるわよ。」
 一瞬緩んだ空気は、感覚からいくと海の言葉に『苦笑』したというところだろうか。
 光はそれをとても嬉しく感じた。  レイアースを守護する者達は、何処か人間臭く暖かい。見下ろしている神という感覚が薄いのは、選ばれし者達と共に戦う運命を持つものだからなのかもしれない。
 (そうかな、ねぇ、モコナ。)
 話し掛けようとした刹那、ふいにその感覚が一変する。

 『ぷう』モコナの声を最後に柔らかなものは三人の周りから消えた。
「モコナ!?」
「どうしたの?」
 光の驚愕に満ちた声に、海は慌てて問いかける。
「モコナが消えちゃった…。ギュッて抱いてたのに…。」
「それは…。」
 会話の途中で風の声が途切れた。光が周囲を見回しても、二人の姿を見つける事が出来ない。そして、肌が冷たく凍えていく感覚。

 一度、そう、たった一度だけ味わった事のある感じ。

「これ…ランティスが創っていた…そう、結界…?」
 光は、ぎゅっと拳を握りしめて、片方は胸の上にもう片方は顔の前に置いて瞼を閉じた。何処か人間本来の感覚を狂わせるようなものが、その中に含まれている。

『惑わされちゃ駄目だ。』
 光は強く思う。そう、これはもう試練の始まりなのだ。そして、必ずと胸に決めている。
 この『試練』を勝利して、力をセフィーロに持ち帰るのだと。
「海ちゃん、風ちゃん、頑張ろう。」光は小さく呟いた。






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