All You Need Is Love.[rayearth OVA] 少女達を送り届けたクレフが、エメロード姫の執務室に向かう途中で呼び止められる。怪訝な表情で振り返ったクレフに深くお辞儀をしたのは、最初に光達がこの地に訪れた際に対面した老いた術師だった。 「精獣使い殿はお目覚めになりませなんだか。」 酷くがっかりした声にクレフはただ驚く。 実は、最初に彼が出迎えに現れた事に対しても動揺をおぼえていた。 彼らは穏健派という評価を得た術者であり、古よりの取決めを遵守している。それに囚われないフェリオに対し、普段から良い感情を抱いてはいない様子に見えた。 型破りが過ぎるフェリオが一概に正しいとは言い換えるが、その決まり事のみに囚われセフィーロを現状へと導いた要因は彼等にもある。頑なに今までの事を続けようとする姿勢には、クレフも思うところはあった。 それでも、この非常時には個人的な感情を抑える事にしたらしいとクレフは思い直し、穏やかな口調で言葉を返す。 「まだ、万策尽きたという訳ではない。」 その通りという様にゆっくりと頷く様は、穏やかな人物という評価に相応しいものにも思えたが、実直な性質であるフェリオなどとつき合いのある分、腹の底で何を考えているのかわからない…という印象も受ける。 そして、術師はクレフの疑念を増長させるような言葉を口にした。 「ところで、導師様。あの紅い髪の少女が精獣使い殿の思い人でいらっしゃいますのですね。」 彼の言い方に奇妙な感覚を覚えてクレフは返事に詰まる。 答えからいけば、それは『否』だった。 紅い髪の少女は光であり、フェリオの恋人は風。この男の言い方をすれば金色の髪の少女という事になる。しかし、それをこの老術師に告げるのは何故か躊躇われた。 「お前が何故そのような事を知りたがる?」 クレフの返答に、術師の瞳が僅かに細められた。しかし、すぐに首を垂れ(申し訳ございません)と告げた。 「出過ぎた事をお聞きしてしまいました。 異界の方々を初めて拝見したもので、興味本位でございました。他意はございません。」 そして、また深く頭を下げ、足早にその場を立ち去った。 嫌悪というには浅い不審がクレフの心を騒めかせる。 術師の行動に、自分が敏感に反応してしまうのは、やはりザガートへの所業が深く根差している。 自分はまだ、彼等を完全に信用してはいないのだ。 ザガートを死に追いやり、結果的にイーグルの策略道り事を運ばせる切欠になったのは、彼等術師達の間に根強く残っている、古くからの仕来りであったという事実が、凝りのように自分の胸に残っているのだろう。 もう過ぎた事だ。 ふるっと頭を振ると、忘れようと務めた。 今更何をどう言ったところで、犠牲になったものは戻ってはこないし、至ってしまったという現実に、全く自分が無関係だったのかと問われるとそれは嘘だ。 止めることは出来たはずなのだ。しかし、自分はそれを見逃してしまった。 東京へ赴き結界を張ったのも、そこから生まれた贖罪の気持ちに違いなく。いつも何かが起こってから、後悔を持って物事を為しているような気がして、クレフは苦虫を潰したような表情になった。 「どうしたのですか?クレフ。」 鈴のような声に名を呼ばれ、クレフは顔を上げた。 佇むエメロード姫の姿が見え、なかなか現れない自分を気にして出てきて下さったのだろうと、クレフは慌てて彼女の横に早足で駆け寄った。 そんなに時間が経っていたのかと言う内心の焦りは、長めの纏に足をとらせすこしだけ転びそうになる。 自分を見つめる姫君が、驚いたように目を見開いたのは、滅多に走る事もない導師の姿が珍しかったからに違いない。フェリオなどに、廊下を走るなと注意をしていたのは彼自身だったのだから。 「大変遅くなり、申し訳ありませんでした。」 「いいえ。」 柔らかな笑みを浮かべたまま、彼女は首を横に振る。長い金糸のような髪がさらりと揺れた。少しばかりの違和感にクレフは首を傾げた。 「私を捜していらっしゃたのではないのですか?」 「いいえ、違いますわ。」 エメロードは、珍しく困った様な表情を浮かべてクレフを見た。 「何かございましたか?」 「…大事は無いと思うのですが…少し気になって。」 エメロードは心底困っているという様子ではない。しかし、何かに困惑しているように、辺りを見回した。 (やはりいないわ。)小さくそう呟き、長い睫毛を伏せる。 「姫…?」 ああ、とクレフの方を見るとクスリと笑った。 「ごめんなさい。こちらの事です。異世界の少女達は無事に?」 「はい。」 「素敵な方々ですわね。フェリオや貴方が魅せられたのも道理です。」 エメロードの言葉に、(これこそ最も無い事だが)クレフは頬を染めた。沈着冷静な導師を動揺させる少女の存在は、この城に仕える者が見れば、驚愕するに違いなかった。 「ヒカルと仰る方に、ランティスは助力したそうですね。」 エメロードは可愛らしい様子だった少女を思い浮かべて微笑んだ。 他人に無関心な素振りを見せ、想い人であったザガートと比べて愛想も無く苦手を感じる男だったが、あの少女になら確かに彼は手を差し伸べたのかもしれない。 自分も思わず手を差し伸べてしまったではないか…。 「彼女を助けたと聞いた時には私も驚きましたが、最後まで彼女らとセフィーロ為に尽くしてくれました。…まさか、あれの契約していた精獣が、このような事態を引き起こすとは思ってもおりませんでしたが…。」 最後に自身でもある剣を少女達へと引き継がせたフェリオと強引に契約を結ぶなど、クレフは因果という意図を思わずにはいられない。自らの命を託す程の友好関係がランティスとフェリオの間にあったとするのなら、それは既に皮肉の域に達している。 「ランティスと精獣を最初に引き合わせたのも私でしたわね。イーグルの思惑にも気付かずに…。」 エメロードは、そういうと眉を潜め俯く。憂いを帯びた翡翠の瞳が睫毛に隠される。 「私の心が弱かった為に、皆に苦労を掛けてしまいました。」 クレフはゆっくりと首を横に振る。 「いいえ、我ら民にも充分非はあります。」 イーグルと別れていた間の彼女は美しく、その美しさを民も欲した。 華奢で、触れれば消えてしまいそうなほど危うく脆い美くしさ。恐らくは弱さと直結したものだったのだろう。儚さ故に、散り行く故に、人々はそれを美しいと感じ、なおそれを愛し、守ろうとした。 「姫が…光のみを求めてしまわれたのには、私達にも罪があります。そうする事で輝きが増すものだと、皆勘違いをしていたのですから…。」 「本来ひとつであるべきだった私とイーグルは、別れてから少しづつ正気を失っていったのかもしれません。 長い年月を重ねて、あの子の心が愛しいという感情を失って破滅を願い、私も負という感情を失ってザガートの死を受け入れる事すら出来なかった。調和を失った愚かな行為でしたわ。 こんな私達の為に本当に辛い思いをさせてしまった者には、申し訳ないと思っています。アルシオーネもアスコットもランティスも…。」 「…死した者は、蘇りはしません。それを仰るのなら、異国の民を助けるなどと言い、次元の狭間に封じて死なせてしまった私も同罪です。」 クレフの言葉を聞き終えると、エメロードは再び口元に笑みを浮かべた。 「もう、お互いに懺悔はお仕舞いにいたしましょう。口に出してどなたかに許してもらおうと思うのも、愚かな行為ですものね。」 「姫は、本当にお強くなられた。」 そう言うと、クレフも柔らかな笑みをその顔に浮かべた。 content/ next |