All You Need Is Love.[rayearth OVA]


  出された煎茶を両手でお行儀よく持って飲み干すと、海はさてと呟いた。

「行くわよ!」

 風は、今自分の湯飲みにお茶を注いだところで、光は洗い物を流しに持っていたばかり。
「もう、行くの?」
 目をパチクリさせて自分を見た光に、こほんと咳払いをして海が立ち上がる。
「もう行くの。」

 此処は、海の部屋。
 セフィーロから戻ってきた三人は、取りあえず自宅に戻り、荷物を持って此処へ集まった。
暫く友達の家に泊まると言って来たので、2、3日外泊しても大丈夫だろうし、クレフが連絡用にと小さな通路を残して置いてくれた。
 そして、食事を済ませた三人は自分達の母校へ向かうつもりだったのだ。
「でも、食事をして急に動くのは身体によくありませんわ。」
「あのね。風。一刻を争うってのは貴方が一番よく知ってるでしょ?」
 風は、微笑むとお茶を一口喉に通す。
「ですからこそ、万全で向かいたいのですわ。いざという時に、体調が不備では困りますから。さ、海さんもお座りになって下さい。」
「私も洗い物済まして来ちゃうから待っててね。」
 パタパタと光も台所に消える。もう、と溜息をついて海はもう一度席についた。
「ねぇ、風がモコナに会ったのは、フェリオと再会した時だったわよね?」
 海の問い掛けに風はコクリと頷いた。
「でも、あの後直ぐに光さんや海さんがいらっしゃいましたが、モコナさんにはお会い出来なかったんでしたわ。」
 今度は海がコクリと頷く。そして、肘をつき形の良い顎を乗せてから、もう一方の手で湯飲みを風に差し出した。
「もう一杯頂戴。
 …どういう条件で、出てくるのかしら?あのフワフワ。」
 さあ。と言いながら、風は急須を持ってお茶を注ぐ。そして、ちらりと台所を見てから、光のものにもお茶を注いだ。
「セフィーロの方がいらっしゃった時に、姿をお見せになるのでしょうか?」
「だったら、フェリオが来る度に桜の木に出没していた事になるわよ?そんなにポコポコ出てたら、私達だけじゃなくて他の人が目撃したっておかしくないわ。
 だって、私達はもうモコナに選ばれた者じゃあなくなっているはずだもの。
 …ねぇ風。貴方、モコナに会った時何か特別な事を考えていた?」
 海の台詞に、風は驚いた顔してから頬を染める。

 『ああ、愚問ね。』

 海は自分の問い掛けをそう感じた。
 それだけで風が何を考えて其処にいたかなど聞かなくてもわかるし、そもそも、フェリオと再会した時に風が、彼の事を考えていなかった…なんてことあり得ない。
 海は、クスリと笑った。
「フェリオの事、考えてた?」
 頬を赤く染めたままコクリと風は頷く。そして、彼女は海の視線に戸惑うように、お茶を口に運んだ。ふむ…海もそう呟くと、お茶を飲む。
 そして、テーブルに置いたクッキーの袋を開けて頬張ると、海は再度、風に問い掛けた。 「光が初めて見たのは、私達が離ればなれになりたくないと願った時だったわよね。風、貴方もフェリオに会いたいと願っていた…とかなの?」
 海の言葉は、風の心臓の鼓動が早くなる。

 真剣な話なのだ。別に惚気話をしている訳ではないのに何処か恥ずかしくて、風は視線を彷徨わせてしまう。

「はい。久しぶりにこちらへ戻って参りまして、桜を見ておりましたらふっとフェリオの顔が浮かんで…もう一度お会いしたいと…。」
「…んで、フェリオも風に会いたくて会いたくて、魔法まで覚えて、調度こっちへ来ようと思ってて、風とばったり劇的に再会を果たしたと…。」
 からかうような海の口調に、風は完全に真っ赤になった。海はそんな風の表情を見ながら、決意が強固になるのを感じた。

『絶対に許さない。』
 セフィーロで、泣き顔の彼女を見ていた時からずっと感じていた。
 遠く離れていた二人がどんな思いで自分達の恋を形作ってきたのか、細かなところまで知っているわけではない。それでも、悩んでいた風の姿も目にしていたし、自分の気持ちを抑えていたフェリオの事も知っていた。
 今、自分がクレフと再会し同じような関係になって、フェリオと風の大変さが身に滲みて感じるようになった。
『こりゃあ、半端ないわ。』というのが正直な気持ちだ。
それでも、二人は笑っていたのに。

誰がその幸せを取り上げる権利があるというのだ。

 本人同士の気持ちの問題なら、そりゃあ仕方が無い。幾らでも憂さ晴らしにつき合ったっていい。けれど、これは理不尽すぎる。  そして、実際、他人事でもない。…と海は柳眉を上げた。
 クレフにその厄災が降り掛からなかったのは、幸運でしかない、そう思えた。
 レイアースと呼ばれたこの星全体を覆う魔法を駆使できた彼だ。持ちうる魔力は計り知れないのではないだろうか。
 今は、フェリオの魔力も拮抗しているようだというクレフの言葉は、海に危惧の気持ちを抱かせる。
 精獣とやらにたまたま目を付けられなかった、それだけなのかもしれない。
 そして、事態がそう変化した時、風の様に冷静でいられるかどうかの自信も海には無かった。その気持ちが、行動を急がせるのかもしれない。

 親友を想う、その気持ちに拍車を掛けるように。

 焦れる…とはこういう気持ちね。海は、自分の中にある感情をそう位置づけた。
 やはり、何かしていないと落ち着かない。海は手元のお菓子を無造作に口に放り込む。
 それまでお茶碗を手に俯いていた風が、ふいに顔を上げる。

「モコナさんにお会い出来るのでしょうか…。」

 風の呟きに、海は握りしめていたクッキーの袋を彼女に向けた。
食べろといわんばかりに、袋の口を大きく開いて風の目の前で揺らしてみせる。
 目を瞬かせていた風が袋からクッキーを取り出し一口囓るのを見守ってから、海は『会えるわ』と断言した。そして、こう続けた。

「ううん。会うのよ。桜の木を全部揺らしてでも、私は探すわよ。」

 その言葉に風は再び笑みを浮かべる。
「ですが、そんなにお食べになると太りますわよ?」
「いいの。これから肉体労働にいそしむんだから、終わったらご褒美にハーゲンダッツのアイスを食べるわよ。」
 何処の店舗で、どのフレーバーを何個食べるのか、ハタマタ、コンビニで大人買いをするのかを海が力説するのをクスクスと風が笑う。そこに、水仕事を終えた光が、ハンカチで手を拭きながら入ってきた。
 食べ続ける海を吃驚したような顔で見つめた。
「海ちゃん、別腹?」
「なんとなく別腹。光終わったの?」
「うん。」
 コクリと頷き、そして笑った。「行こう。海ちゃん、風ちゃん。」


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