All You Need Is Love.[rayearth OVA]


 光はあてがわれた部屋で少しは休んでみようと、ベッドに横になってみたが、頭に浮かんだ色々な出来事がそれを妨げた。両手で顔を覆って無理やり視界を暗くしてみても、余計に様々な出来事が浮かんだ。

 眠ったままのフェリオ。苦渋に満ちた表情のクレフ。辛そうな海の顔。
どうしたら、風の悲しみを止められる?


 えらそうな事を言って、セフィーロについてきた自分に成せる事があまりにも無くて光は溜息を付いた。
 此処へきて、自分は何をした。
 ランティスの面影を探して、それを見つけられずにショックをうけて、風の力になりたいと思っていながら、悲しみのなかですらフェリオの事をしっかりと見ていた風に比べて、ただ、力になりたいと願うだけなんて。

「ただの足手まといよりたちが悪い…。」


 自己嫌悪が大きく鎌首を持ち上げてきたのに嫌気がさして、光はベッドから跳ね起きると戸口に向かった。
 両隣は、風と海の客室になっていたが、海はノックをしても返答が無く、風の部屋を訪ねる気持ちにはなれなかった。
 足のむくまま、廊下を歩いていると、大きな扉の前で警備をしている兵士の姿が目に入った。
 彼は、光の姿を見つけると慌てたように左右を見てから光の元に走りよってくる。
「…あの…?」
 そして、泣きそうな顔で光の顔を見つめた。
「私に…何か用なのか?」
 その表情が余りにも悲しそうで、光も顔を曇らせた。
「すみません。貴方が…フェリオ様の想い人だと…長老さま方がお話していらっしゃるのをたまたま聞いてしまって…。」
「フェリオの…?あ!」

 最初にこの城に来た時、そう言うやりとりがあった事を光は思い出した。クレフがそれを否定しなかったので彼らは、自分をそうだと思い込んでいるのだ。

「あの…あのね。私は…。」
 光は困った顔で、否定の言葉を探した。しかし、それを妨げるように兵士は光の手を自分の両手て包むように握る。
「申し訳ありません。」
 そう言うと兵士は深く頭を下げた。
 そのまま頭を上げようとしない兵士に、何をどう問いかけたらいいのかわからず、光も動けない。
「すみません。」
 もう一度兵士の口から出た謝罪の言葉に、光は彼に握られていない手でそっと彼の髪を触った。
 ハッと兵士は顔を上げる。
「…あの、どうして私に謝るんだ?それは、フェリオの事?」
「はい。」
 兵士は泣きそうな表情のままで光の顔を見つめる。
「自分がもっと早くフェリオ様の側へ向かっていれば…。そう思うと情けなくて、あの時も、フェリオ様は貴方の事をお話されていたのに…。」
「私の話?」
 兵士は光の顔を見ながら大きく何度も頷いた。
 言ってしまってから、光は自分の間違いに気が付く。

 私…ではなくフェリオの想い人が『貴方』だ。それは、風の事なのについうっかりとまた返事をしてしまっていた。
 このままでは、自分はフェリオの想い人という事になってしまう。

「あの、あのね。ごめんなさ…私は違うの。」
 今度こそ訂正しようとした光の言葉を、兵士はおおげさな程に首を横に振って止めさせた。
「いいえ、それは貴方の事です。運命に逆らう力を持った大切な人…とフェリオ様が仰っておられました。
 自分の強さは、貴方に教わったと。お倒れになる直前まで、そう私にお話下さったんです。
 私は…。」
 そう言って顔を上げた兵士の瞳に涙が浮かんでいて、光はそれ以上言葉が紡げなかった。
「私は、あの方に憧れていました。
 私達などよりも遥かに上の地位の方でしたが気取ったところがなくて… それでも、何より強くて…それが、どうしてこんな事に…。貴方にもどう詫びたらいいかと…。」
 その様子があまりにも辛そうで光はもう一度兵士の髪に手を触れた。
「…そんなの貴方のせいじゃないよ。フェリオだって、貴方が悪いなんて絶対思ってないよ。」
「しかし…。」
「そんなに自分を責めるより…本当にフェリオのこと大事なら一緒に考えよう。私も何も出来ないけど、フェリオを目覚めさせる事考えようよ。」
 ね。と笑顔を見せた光に、兵士も微かに表情を緩めた。
「ありがとうございます。」
 今度は感謝の言葉と共に頭を下げる。そして、光の手を放すと何度も頭を下げながら、名残惜しそうに自分の持ち場に戻っていく。

 一人残された光は、もう一度自分が訂正し損ねた事を悟った。
 このままでは、自分はフェリオの想い人になってしまう。
 光は大きな、肩から落ちるような溜息を付いた。
 自分は何をやっているのだろう。おまけにこんなところを風に見られたら、彼女はなんと思うだろうか。
 …そう考えていると、肩に手をおかれた。
 振り返ると…

「風ちゃん!」

 涙は止まっていたが、赤い目をした風が自分の後ろに立っていた。
「…見てたの?」
 恐る恐るそう聞くと、風はコクリと頷いた。
 あまりの気まずさに、光は視線を漂わせてしまう。
「あの…ごめんね。私、そんなつもりじゃなかったんだけど…。」
 慌てた光の様子を見て、風は柔らかく微笑んだ。
「いいえ、光さんがお答えくださって良かったかもしれませんわ。」
「え、でも…。」
「私では、あの方の憔悴感をどうしてあげることも出来なかったのかもしれませんわ。私自身がこんな様子なんて、がっかりさせてしまうかもしれませんし…。」
 光は、彼女のお下げが左右に大きくゆれるほど否定のために頭を振る。
「そんな事ないよ。絶対そんな事無い。だって…。」
 光は、勢いのまま言葉を紡ぎそして俯いた。
「風ちゃん、辛いだろうにちゃんとフェリオの事見てたもの。
 私、風ちゃんと同じ場所でフェリオの事を見ていたけど、オーブの事だってわからなかった。…なんだか、えらそうな事を言ってクレフについてきたけど、何の役にも立ってない…。」
「光さんがいて下さって、私はとても心強いですわ。」
 風はそう言うと微笑みながら、光の顔を見つめる。光は驚きを隠せないまま親友の顔を見つめ返した。

 本当なら自分が風を慰めてあげなければならないはず。どうして自分が彼女に慰められているのだろうか?

「私は、風ちゃんの力になりたいよ?」
 そう告げた言葉が、やけに空虚に響く。

『心強い…?』誰が?

 眼鏡の奥の澄んだ瞳に、自分の負の感情ですら全て受け入れて、自分を見つめ返すその翡翠。取り乱す事など無い穏やかな口調。彼女の内心が、表面とまるで違っていることはわかっていた。

なのに…。

 きっとあの兵士は、自分などより彼女を見て心強さを増す。
どんなに辛くても、唇から笑みを消さない彼女の強さにどれほど感動するのだろうか。自分のあんな薄っぺらな説得などよりも、風の姿の方がよっぽど…。
「駄目だよ、風ちゃん。」
 光は、またふるふると頭を振って風を見た。
「やっぱり、フェリオの大事な人は風ちゃんだって訂正すべきだよ。」
 今度は、風の瞳が見開かれそして困ったような表情を浮かべる。
「はい。…でも、それは後からではいけませんでしょうか?」
「え?」
「私、クレフさんとお話をしたいと思って部屋を出て参りました。こうしている間にもフェリオの魔力が尽きてしまう事だって起こりうると思うと、もうじっとしていられなくて…。」
「ホントに風ちゃん…凄いよ。そうだよね。時間がないんだから、早く行動しなくちゃね。」
 頬に手を当て風は微かに唇を噛み締める。
「…だた、色々な方法はクレフさん方もお試しにはなったと思います。それを考えると、手だてがあるのか…と。いけませんわね。最初からこんな事を考えていては…。」
「こういう時には、下手に考えるんじゃなくて、行動してみようよ。
 風ちゃん前にそう言ってくれたじゃないか。」
 努めて笑顔を見せた光に風も微笑む。そして、そうでしたでしょうか?と返事をした。光はそうだよ忘れたの?。と答えて、思い出したようにこう続けた。
「そう言えば、海ちゃん部屋にはいなかったんだ。クレフのところに行ったのかもしれない。」


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