擬態の限界 「どうした、何の騒ぎだ!」 聞き慣れた声に、風が兵士の腕をはね除ける。逃げる様に縋り付いてくる彼女を腕に留めて、フェリオは兵士を睨み付けた。 彼の鋭い視線に怯んだのか、兵士は視線を泳がせた。左右に目を揺らし、唇が開いては閉じる。言い訳をするつもりなのだろうと、思うがフェリオにはそれを聞き入れるつもりなど無い。 風が大丈夫だと告げていたから、行動を起こさなかったまでのこと。彼女に害をおよぼす可能性がある何者も、風の側に寄せるつもりなどない。 それは一国を預かる者としての見解ではなく、彼女を庇護したいと願う恋人としての感情だ。 「…フェリオ。」 名を呼ばれ、もの言いたげな風の瞳に気付くと彼女はランティスへ視線を送った。つられて見た彼が、何かを顎で示す仕草と近付く足音に、続けようとした言葉は留める。俯き気味ではあるが、こちらを見ている兵士から風を隠すように抱き寄せた。 「いざこざは困りますね。」 パンパンと手を叩いて、イーグルは崩さない笑みのまま若い兵士とフェリオ達の間に割った。 「他国とのいざこざは軍法会議。理由の如何によっては強制送還ですよ〜。」 間延びした声とは裏腹に、告げてくる内容は手厳しい。兵士は一瞬で顔色を変えた。完全に俯いてしまった顔からは、もう感情は読みとれないけれど、握った拳は震えていた。 それでもグッと唇を噛みしめて、彼は顔を上げフェリオを見る。険しい表情を目の当たりにして何を言い出すのかと、居合わせた人間は皆注目したが、肝心の兵士は深く頭を下げただけだった。 ボソボソと声がしたものの、聞き咎める者はいない。 「後は僕が預かりましょう。ランティス、貴方は残って頂けますか?」 イーグルに一瞬不服そうな顔をしたものの、無言で頷いた。 自室のソファーに風を座らせて、フェリオは横に腰を下ろす。 恐怖よりも戸惑いを多くのせた彼女の表情を見るにつけても不満で、光や海から強引に連れ帰ってしまった形になっていた。 不満そうな二人の表情と困ったような風の顔を思えば、独りよがりだった事は間違いないだろう。 「怒っていらっしゃいますか?」 伺ってくる仕草が、風を怯えさせているような気がして、フェリオは彼女から目を反らした。 「怒ってなんかいない。」 「私が軽率でした。」 しょんぼりとした風の声。どんどんと沸いてくる罪悪感がフェリオを責める。顔が見えていないのだから、想像の中にいる風は既に眉を歪めて涙しそうな表情だ。 そんなつもりは無い。ただ、心配で、手放したくなくて…。 「フェリオ…。」 「だから、俺は怒ってなんかいない…!「なら、良かったですわ。」」 胸元に指先を宛、風はほっと息を吐いた。上げた顔は柔らかく笑みを浮かべている。 「でも、心配をお掛けしてしまって申し訳ありません。ランティスさんにも悪い事をしてしまいましたわ。」 「あいつは一刻も早くヒカルと遊びたいんだろ。ほっときゃいいんだよ。」 まあ、と笑う風に、安堵の息が出たのは内緒だ。 そして、緩やかな笑みを浮かべる風を見ていると込み上げてくるモノがあった。 「フウに何かしたら、俺はそいつを許さない。」 思わず口を付いて出た言葉に、風が翡翠の瞳を大きく見開く。そして、目尻を赤く染め上げてから、顔を隠そうと両手で覆った。 「ありがとうございます。あの、とても嬉しいのですが、面と向かっておっしゃられると少し恥ずかしくて…。」 どんどんと上昇していく体温を持て余し、風はギュッと目を瞑った。 彼は余り自覚が無いようだが、元々端正な顔をしている。普段は、それを意識させない程度に態度を崩しているのだけれど、真剣な表情は王子様然としてた。だからこそ、見慣れないせいもあり目のやり場に困ってしまう。 さっき見惚れてしまったと知れれば、それもまた恥ずかしい。本当に格好の良い王子様なのだ、彼は。 (自覚が無いのが一番困りますわ。) 「なんだよ、俺は本気だぞ?」 拗ねた声が、風の気持ちを察していない事がわかる。風は何とか気持ちを抑えて、フェリオの方に身体を向けた。 琥珀の瞳がパッと明るくなるのが見えて、口元が綻んでしまう。 「笑ってるな?」 「ち、違いますわ。」 慌てて首を振るものの、拗ねが入り込んでいるフェリオの瞳は怪訝そうに細められた。もう、と風は肩を竦めた。 「少しだけ目を閉じてくださいませ。」 きっと顔から火が出るだろと風は思う。けれど、何だよと文句を言い腕組みをして態とらしく瞼を落として見せるフェリオは全く気付いていない。 本当に妙なところで鈍感だ。 「先程はありがとうございました。助けて頂いて、とても格好良かったですわ。」 お礼の言葉を一通り述べた後、風は意を決してフェリオの頬に唇を近づける。軽いリップ音とともに、口付けを残した。 「素敵な王子様に、お礼です。」 バッと頬に手を当てて、真っ赤になったフェリオ顔が自分を凝視するから語尾はただただ細くなる。 「恥ずかしいので、察してくださいまし。」 両手でギュッとスカートの端を握り俯いてしまった風が再び動き出したのは、お返しのキスが頬に落とされて後だった。 〜To Be Continued
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